第3話 身長と謝罪。

文字数 1,748文字

 美化委員会の会議の日がやってきた。


 「大っ嫌い」の日から約1か月が経っている。話すようになってから「大っ嫌い」のことは忘れていたが、この日はふと、あの日の情景から温度、シオンの笑顔まで詳細に思い出されてきて、またもやもやしてきた。最近見かける笑顔には優しさを感じるが「大っ嫌い」の笑顔からはいまだに何もわからない。


 帰りのホームルームが終われば会議だ。ホームルームが終わり、生徒たちは部活や委員会、帰宅などそれぞれの用事へと席を立つ中、キコは下を向いたまま立てないでいた。


「中村さん、どうしたの?会議の時間だよ」

「あ、ほんとだ。ごめん、ぼーっとしてた。行かなきゃね」


 会議が開かれる教室に二人で向かっているとき、キコはふと、シオンを見て、


(あ、私より背が高いんだな)


という、当り前のことが気になってしまった。キコは平均的な女子の身長だ。シオンは特別高いというほどでもないが、平均よりは上背のあるすらっとした男子生徒である。


「何か用?中村さん」


 じっと見ていたことに、キコは自分でも気づいていなかった。声をかけられて慌ててしまったが、急に顔をそむけるのもおかしい気がして、とっさに今思っていたことを口にした。


「あ、いや、意外と背が高いんだなーってさ」

「…そうかな、普通の部類だと思うよ」

「へーそうなのか。あんまり男子の身長のことなんて考えたことなくてさ」

「僕も女子の身長なんて考えたことないよ。まあ中村さんも女子の中では普通の方じゃないかな。姉さんと同じくらいかも」

「あ、お姉さんいるんだね。私は」

「弟、とか」

「よくわかったね!」

「…なんとなく」


(いつも通りに話せたと思うけど)


 自分でも分かるくらいにキコの声は固かった。シオンにはバレていませんようにと祈るキコであった。


 会議のあとも、二人で教室に向かった。


 この時だ。「大っ嫌い」と笑顔で言い放たれたのは。


 今日は梅雨の晴れ間が広がった日。あの日のような、よく晴れた放課後だった。教室の目の前でキコは止まってしまった。またここで、「大っ嫌い」といわれそうな気がして。シオンは止まったままのキコの横顔を見つめていた。


「大っ嫌いだ」


 キコはびくっとした。あ、やっぱりまた、と。


「先月、僕、中村さんにそう言ったよね」

「……う、うん」

「次の日の朝、普通に挨拶してくれたよね。なんで?」

「なん、で?なんでってなんでだ…あーうん分かんない。分かんないけど多分、私が渡辺君を不快にしたことは確かなんだろうし、嫌われてるから余計な事しないのも、私から無視するのも違うかなーって。せっかく一緒のクラスで美化委員会で。来年は別のクラスかもしれないけど、この一年は仲良く、までいかなくともさ、険悪な仲で過ごしたくなかったんだと思う。お父さんにさ、どんなにむかつく奴でも挨拶だけはしとけ、って育てられたしね」


 自分でも何を言っているか分からないまま、キコは一気に話した。シオンはいつものよくわからないニコニコ顔で黙っていた。


 どのくらい沈黙していたのか分からない。


 0.1秒かもしれないし、30分かも、1時間かもしれなかった。


 キコは早く立ち去りたかったけれど、足が動かなかった。今の言葉で、また不快にさせたのだろうか。今日まで和やかに会話できていたと思うし、傷つけるようなことは言ってないと思うのに、自信がなくて怖かった。そもそも、いつも笑みを浮かべているし、怒ったり厭そうにしているところも見たことがなく、どれにどう反応しているかよくわからないのだ。


「そうか」

「…うん。ごめん」

「なんで謝るの」

「え、あー…」

「中村さんは何も悪くないよ。でも、良くもないかな」


 シオンが何を言ってるのか理解できなかったし、キコも自分が悪いことをした覚えはないのに、罪悪感でいっぱいだった。ただ、この気持ちは覚えがある気がした。両親がケンカしてた時に感じていたような気持ちだ。


「…明日も普通に挨拶するよ、大っ嫌いって言われても」

「…そう」


 キコはあの日と同じように、もやもやした夜を過ごした。小さいころから、私はすぐもやもやするな。そう思いながらうつらうつら、寝たような、寝てないような夜を過ごした。


 言葉通り、次の日の朝には「おはよう中村さん」「おはよう渡辺君」と挨拶をかわした。
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登場人物紹介

中村キコ

高校1年生。猫が好き。

渡辺シオン

キコと同じクラスの生徒。猫が好き?

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