第3話

文字数 15,715文字



WILD CHAIN参
自由という敵

 もし、過ちを犯す自由がないのならば、自由を持つ価値はない。

              ガンジー



































 第三条【自由という敵】



























 がしゃん・・・

 貴氏、菜里、功黄によって捕えられてしまった叶南は、牢屋に入れられた。

 それも、強力な鍵がついている牢屋に。

 扉を閉める時に、その鍵に触れた者にしか開けることが出来ないため、今まで誰一人として出られた者はいない。

 「あーあ。捕まっちゃった」

 牢屋に入れられても、叶南はいつものようにお茶らけていて、そんな叶南を見て、貴氏たちはため息を吐く。

 「何か言う事はあるか」

 そう貴氏に聞かれると、叶南はうーんと悩んだフリをして、にぱっと笑った。

 「こっちからみる景色も、意外と悪くないねー」

 「・・・・・・」

 呆れたのか、三人は叶南を残して去って行く。

 「ねえ貴氏」

 一人の名前を呼びとめると、貴氏は叶南の方に身体を反転させる。

 そこには、胡坐をかいて、両手を後ろについてのんびりしている叶南がいる。

 「君はそういう人間だったね」

 「だったら何だ。そこで反省でもしてろ」

 去って行く貴氏の背中を少し眺めたあと、叶南はごろん、と身体を横にした。

 「うん。寝心地も悪くないな」







 翌日、時咲たちはある準備を進めていた。

 「紅蓮を連れてこい」

 「はい」

 普段使われている裁判室を開けて、そこで紅蓮たちの裁判を行う心算なのだ。

 準備は着々と進んでいて、飛騨も舞悠も、特に何もしていなく、時咲に至っては煙草を吸ってその準備を見ていた。

 準備が整うと、紅蓮を審判の箱から連れ出してきて、法廷へと座らせる。

 「・・・・・・」

 今この場にいるのは、時咲たち三人に、紅蓮の四人と、この裁判が見られるようにと設置されたモニターだ。

 どうしてこの法廷に人を入れないのかというと、色々と大人の事情があるようで、都合の良いこととか悪いこととか、そういったことを上手く丸めこみたいのだ。

 時咲が煙草を吸い終えるまで待つと、ぐりぐりと飛騨の掌で火を消して、紅蓮の前まえ歩いてくる。

 紅蓮が座っている場所に手をついて、微笑みかける。

 「これから、紅蓮、渋沢、それに隼人に関しての裁判を行う」

 ああ、叶南についてはまた後で、と言うと、時咲たちは紅蓮の正面に立つ。

 飛騨は左斜め後ろ、舞悠は右斜め後ろ。

 「裁判とは、どういうことですか」

 どういった罪があって裁判をするのかと聞けば、後ろにいる舞悠が答える。

 「君たちは、悪魔を不正に利用して、裁判を誤魔化した可能性がある。つまり、嘘の判決を出したってことね」

 「そんなことしていません」

 クスクスと笑いながら、舞悠は続ける。

 「君の証言は必要ないんだよ?悪魔が裁判を邪魔したことは明白。その悪魔は、君のご友人の隼人のもの。真実はそれだけ」

 「・・・ご友人?」

 引っかかるところが少し違ってしまったが、紅蓮はあまりにも理不尽なこの裁判に、異議を申し立てる。

 「そこまで言うのなら、もう一度きちんと調べたうえで、私をこの場に呼んでいただけますか」

 そう言って立ち上がろうとしたが、いつの間にか近くにいた飛騨が、紅蓮の肩を掴んで、ぐっと椅子に押し戻した。

 そしてまた定位置に戻ると、目の前の時咲は、また煙草を吸おうとしていた。

 「ここは禁煙です」

 「・・・まったく。喫煙者は肩身が狭いのなんのって」

 舌打ちをしながら、時咲は煙草に火はつけず、咥えたまま動かしていた。

 「あなた方が言う証拠というのは、あくまでそちらが提示してきたものであって、確実なものではありません。よって、証拠として認めることはできません」

 「おいおい、勘違いするなよ、紅蓮」

 ぐっと紅蓮の前髪を掴むと、時咲は紅蓮を見下ろしながら力を強める。

 「お前は今、立場が違うんだよ。判決を下すのは俺達だ。お前じゃない」

 ガッ、と手を放されると、生え際のあたりがジンジンとする。

 「お前等逆賊に、判決を下す」

 なんとしてでも葬り去りたいのか、時咲に一切の迷いはないようだ。

 急に寒気を感じた紅蓮がふと顔をあげると、そこには、何体かの悪魔がいた。

 「!?」

 「安心しろ。俺達が飼ってる悪魔だ」

 こそっと、紅蓮に耳打ちをした時咲たちは、モニターを切った。

 後でどうしたと聞かれても、悪魔のせいにしてしまえば良いのだから。

 裁判所が悪魔を飼い慣らしている、という噂も聞いたことはあったが、こうして見るのは初めてのことだ。

 「悪魔を裁く立場の人間が、悪魔を飼い慣らしているとはな」

 「それを言うなら、お前んとこの隼人だって同じだろ?違うか?」

 「あいつは、望んで悪魔を飼っているわけではない」

 「ああ、そうだったな。あいつは確か、生まれたときに赤い目を持たずに産まれてきた、とんだ落ちこぼれだもんな」

 この裁判所に置いて、悪魔を持っていても赦されるのは、隼人のような千石家の一族、それと悪魔使いのみ。

 人工的に飼い慣らすことは難しいとされている上に、上層機関がそれを隠していたとなると、大問題だ。

 幾ら飼い慣らしたとはいっても、そんじょそこらのペットとはわけが違うのだ。

 時咲は、悪魔に向かって告げる。

 「ここにいる紅蓮を、喰っちまえ」

 「!!!!」







 数体の悪魔が、一斉に紅蓮に向かってくる。

 実体のない悪魔が、実体のある人間を直接喰えるのかは知らないが、危険な状態だ。

 逃げようと椅子から立ちあがった紅蓮だが、飛騨と舞悠によって動きを封じられてしまい、逃げることが出来なくなってしまった。

 このままでは、そう思ったとき、勢いよく扉が開いて、はあはあと息を切らせている男が登場した。

 「待て待て待てーーーーーい!!!紅蓮を放せ!」

 「あ?渋沢?」

 「紅蓮!大丈夫か!?」

 「おい、こいつ叶南と一緒にいたんじゃねぇのか。なんでこんなとこにいんだよ」

 「え、俺に聞かないでよ」

 勝手に閉まった扉はさておき、突如現れた渋沢は全身ボロボロで、至るところに葉っぱや土がついており、髪もぼさぼさだ。

 渋沢が現れたことで、特別慌てた様子はなかったが、時咲は苛立ったように舌打ちをし、八つ当たりされている舞悠は、困ったように笑う。

 「渋沢、お前」

 「叶南が逃がしてくれたんだ!紅蓮!今すぐ助けに行くからな!」

 とう!とヒーローのように飛んだ渋沢だったが、自分がどの程度の高さからジャンプしたのか分からなかったのか、着地してそのまま蹲ってしまった。

 その姿を見て、不憫に思ったのは紅蓮だけではなかった。

 捻挫はしなかったようだが、じーんと痺れてしまった足を摩りながら、渋沢は紅蓮の方に向かおうとする。

 「お前ら、こいつもついでに食え」

 「ひえええええ!!!!」

 「何しにきたんだお前」

 結局、何も状況は変わらなかったどころか、もっと悪くなったようにも見える。

 紅蓮と渋沢が二人して悪魔に喰われそうになっているのだから。

 海にいる魚は、目を瞑って寝ることは出来ない。

 次に起きたときには、目の前に口を開けた魚に喰われる瞬間かもしれないと聞いたことがあるが、今まさにそんな感じだ。

 こうして至近距離で見てみると、牙も大きいなあ、とか、そんな悠長なことを考えている場合ではないが、走馬灯のようにゆっくりと時が流れているようだ。

 「あほか」

 「はあ!?何があほだよ!てか誰だよアホなんて言ったの!!!」

 はた、と目をぱちくりさせた渋沢だったが、自分が喰われていないことを知った。

 もうダメかと思い、気付けば花畑を想像していた渋沢だったが、まだ死んではいなかった。

 ついでに言うと、紅蓮も生きていた。

 「隼人ぉぉぉぉぉお・・!!!!なんでてめぇがここにいるんだぁ?!どうやって抜けだしてきた!?」

 「あー、知らなかった?俺って結構人気ものでさぁ、なんだかんだでいっつも生き延びちゃうんだよねえ」

 紅蓮と渋沢の前にいたのは、悪魔を追い払った隼人だった。

 別に人気者だから逃げられたわけではなく、渋沢が時咲たちのところに殴り込みに行って、叶南と一緒に追いかけられている最中、隼人の元には聖が来ていた。

 「おい、そこで何してる?」

 「俺もそいつをいたぶらせてくれ」

 男たちにちょっと嘘をついて、拷問部屋に入ると、男たちを眠らせた。

 「いてててて」

 隼人を解放し、二人は部屋から出た。

 解放したときの隼人は、とてもじゃないが平常心で見ていられるような姿ではなく、無意識に目を逸らしていた。

 だが、隼人はターバンを元の位置に戻すと、いつものようにクツクツと笑った。

 「なんだ。拷問を受けすぎて、おかしくなったか」

 「いや、まさかお前に借りを作る日が来るとは思わなかったよ」

 「なら、きっちり返してもらおう」

 それから、隼人はコソコソと隠れながら様子を窺い、今に至る。

 「なんとまぁ、まさかこんなところに悪魔がいたとはねえ」

 「ふん。三人揃うとは、都合が良い。三人揃って喰われてろ」

 「そうは問屋が卸さねえ、ってな」

 腕や足からは血が出ているし、焦げ痕も火傷も、他にも何をされたかなんて考えたくもないほどの傷を負っている身体で、隼人はターバンを首元に下ろした。

 目がカッと赤くなると、隼人は目をごしごしと数回摩る。

 「全開解放」

 隼人がそう言うと、目からは悪魔たちが次々に出てきた。

 だが、いつもとは違って、悪魔たちは隼人と繋がっていなかった。

 逃げないのかと思っていると、繋がっていないように見えたが、隼人の目から出てきた悪魔たちには文字で出来た手錠がついていた。

 きっと契約の何かが書いてあるのだろうが、何が書いてあるのかは分からない。

 「・・・!」

 ―キシシシ・・・身体はもうボロボロだろう?それで俺達をこんなに自由にさせて、死ぬかもしれねぇぜ?

 ―ヒヒヒヒ、愉しみだなぁ。あいつらなんだ?

 ―この手錠さえなけりゃあ、俺達がお前を喰ってやるのになあ・・・。

 ―ギャハハハハハハハ!!!!愉快だ愉快!!もっと暴れてぇぜ!!

 ぐるぐるを部屋の中を浮遊する悪魔たちは、共食いを始めた。

 「・・・・・・」

 「時咲、どうする?あの悪魔じゃあ、隼人の悪魔には敵わないんじゃない?」

 「・・・・・・ああ、そうだな」

 これまで、悪魔たちだけの戦いを見ていた時咲は、飛騨と舞悠に告げて動き出す。

 それを横目で見ながらも、隼人は何もしなかった。

 それよりも、今の隼人は、悪魔たちを制御しなければいけなくて、もう体力もギリギリのところで立っていた。

 身体のあちこちが痛いが、弱音を吐くだけの暇があるならと、隼人は悪魔の方に意識を集中する。

 「紅蓮紅蓮」

 「なんだ」

 「隼人、大丈夫かな?なんか、すごく痛そうなんだけど」

 背中だけを見ていても分かるほど、隼人の身体には無数の傷跡がある。

 腕にある、抉られたような痕はなんだろうとか、渋沢はまるで自分がされたかのように、顔を顰めていた。

 「悪魔が出てきたとなると、俺達はどうにも出来ない。だからこそ、隼人を信じるしかないんだ」

 「・・・・・・」

 紅蓮の言葉を聞いて、渋沢は黙って頷いた。

 一方、部屋の端の三か所に着くと、時咲たちは両手を前に翳し、札を浮かべて何やら唱え出した。

 札同士が糸のようなもので繋がると、その中にいた悪魔たちの動きが、急激に悪くなる。

 ―おいおい、どうなってんだ?

 ―身体が思う様に動かせねぇぞ。おい隼人、どうにかしろ。

 ―ヒヒヒヒ、くだらねぇ時間稼ぎをするもんだな。

 全ての悪魔に効いているわけではなく、隼人の悪魔の動きだけ悪くなっている。

 飼い慣らされているからなのか、時咲たちの悪魔は変わらずすいすいと移動する。

 ―ヒヒヒヒ、俺たちを喰おうなんて、無謀なこと考えやがるな。

 ―あの呪術が邪魔だ。俺たちが自由に動けないぞ。

 そうは言われても、隼人にもあの三人の呪術を解く術なんてないのだ。

 ―隼人、心臓を食わせろ。

 そんな声が、聞こえてきた。

 ―なに、全部は喰わねえさ。俺たちだって、今消滅する心算はねえんだ。ただ、お前の心臓を喰えば、俺達にとって活力になる。そうすれば、呪術よりも上回ることが出来るかもしれねぇぜ。

 何を言ってるのかと思った隼人だが、迷っていた。

 それでこの状況を打破出来るならとも思ってると、時咲たちの悪魔が再び動き出した。

 一気に紅蓮と渋沢の方へ行って、二人に襲いかかるが、動きが鈍くなっている隼人の悪魔では追いつけなかった。

 「・・・!!!!」

 こんなにも動けなくなるとは思っていなくて、隼人は悪魔に伝えようとした。

 自分の心臓を喰う様に、と。

 だが、不思議なことに、死のうと思ってもそう簡単には死ねないらしくて。

 「まったく。俺だってもう若くないんだからね」

 「叶南!?あれ?捕まったんじゃないの!?」

 紅蓮と渋沢を襲った悪魔は、叶南によって払いのけられてしまった。

 「ほらよ」といって、叶南から渡されたのは、監視され始めたころに没収されていた、十字架のネックレスと十字架のヘアバンド。

 これがあれば、大抵の悪魔は近づくことが出来なくなる。

 「おいおい、なんでお前がここにいんだ?ああ?あいつらに牢屋に入れとけって言ったはずなんだけどなあ?」

 この状況に一番腹を立てていたのは、時咲だった。

 そんな時咲に対して、叶南は人差し指を出してちっちっち、とする。

 「牢屋にはいたよ?ちゃんと捕まってたからね?」

 「だからー、なんでそのお前がここにいんだってんだよ・・・!!!」

 時咲たちの悪魔が、隼人に向かって襲いかかるが、その時、隼人の中で、何かがいつもとは違っていた。

 ―なんだ、これ?

 ―意識が、ふわふわする。

 ―俺の中に、何かがいる感じだ。

 隼人の意思とは関係なく、この状況がそうしたのか、それとも産まれ持ったものなのか、隼人の波長は自然と悪魔と重なってしまった。

 それゆえ、まるで自分が自分でない感覚になり、両手を広げて悪魔たちを集めると、ぎゅっぎゅっと丸めた。

 それを思い切り広げれば、悪魔たちの身体は一つになっていて、隼人はその中心で意識のないまま動いていた。

 「何これ。俺たちもピンチって感じ?」

 「おいおい。嘘だろ」

 「・・・・・・」

 これには、さすがの時咲たちも驚いていて、飼い慣らしている悪魔では出来ない所業に、なんとか抵抗するしかなかった。

 そんな悪魔を少しでも弱らせようと、時咲たちは必死に動きを封じる呪術を仕掛けるが、まったく効かない。

 それどころか、三人を繋げていた糸に躊躇なく触れると、ぶちっと引き千切った。

 「!!!悪魔がこれに触ることなんて・・・!!!」

 次の瞬間には目の間に迫っていた悪魔の手から逃れるべく、舞悠は身体を回転させてなんとか逃げた。

 隼人が悪魔を動かしているのか、それとも悪魔が隼人を動かしているのか。

 とにかく、隼人と悪魔の動きはシンクロしていて、どうすれば良いのか分からない。

 「なに・・・!?」

 隼人の悪魔が手を伸ばすと、時咲たちの悪魔を数体一気に両手で掴みあげると、ぶちぶち、と悪魔の身体を引き裂いた。

 まるで人間のように、悪魔の身体からは紫色の液体が飛び散った。

 「あ・・・」

 それを目の当たりにし、渋沢は思わず声を失ってしまう。

 引き裂いた悪魔たちからは、人間でいう悲鳴のような声も聞こえてきて、耳鳴りのようにキーンと響く。

 思わず耳を押さえていると、紅蓮も同じように肩耳だけだが塞いでいた。

 引き裂かれた悪魔は、巨大化した悪魔によって顔から喰われていった。

 以前、悪魔同士の共食いを見た紅蓮も、今日の光景には吐き気を覚えた。

 聞いたことのないような、ぼきぼき、という骨を砕くような音に加え、人間のように泣き叫ぶ悪魔たち。

 じゅるるる、と体液まで吸い取ると、別の悪魔に狙いを定めて腕を伸ばす。

 惨劇とはまさにこのことだ。

 時咲たちの悪魔を喰い尽くしたころ、お腹がでっぷりと出た悪魔が、こんなことを言った。

 ―そろそろ、こいつの心臓を喰いたい。

 ―ああ、悪魔は喰い飽きたな。

 ―少しでいいから食わせろ。

 そんな悪魔の問いかけに対し、隼人は目をゆっくり開けると、焦点の合っていない目のまま、口を動かした。

 ―喰いたきゃ、喰え。

 「隼人!?」

 ―あ、声が漏れてたか。まあいいか。

 ―俺、血が飲みたい。

 ―俺は脳髄を喰いたい。

 「隼人!!!しっかりしろよ!何してんだよ!!・・・!!!紅蓮!どうしよう!」

 「・・・・・・」

 「ったく。隼人の奴、まさか理性なくしてんじゃねえだろうな」







 こぽ・・・こぽ・・・

 ここは、何処だ?俺は確か、時咲たちをぶっ飛ばそうと思って・・・。

 こんな感覚は、以前にもあった。

 自分が何処にいたのか、何をしようとしていたのか、断片的な記憶。

 海の底を漂っているようで、けど息はちゃんと出来て。

 ああ、そうか。きっと悪魔を解放し過ぎて、肉体が現実逃避したんだ。

 止めようとは何度も思った。

 いつか争いもなくて、喧嘩もなくて、そんな平和な世界がおとずれたとき、悪魔使いも自分達も、きっと必要なくなる時代がきて、それがきっと本当に意味での平和であって。

 千石家は特別な一族として、これまでに色んな恩恵を受けてきた。

 けど、それが時に嫌でもあった。

 こんな目、欲しいと言われればくれてやりたいと思った。

 「千石家として、しっかりと悪魔と生きて行くんだぞ」

 しっかり悪魔と生きて行く?

 ふざけるな。俺は悪魔となんか生きて行く心算はないし、すぐにでも目をくりぬいてやろうと思ってた。

 昔、実際にこの赤い目をくりぬいてやろうと思った時があった。

 自分でくりぬくにはどうしたら良いんだと考えた末、思い切って釘抜きで引っこ抜くことにした。

 だが、出来なかった。

 怖かったからとか、躊躇したとか、そういう理由ではなくて、思い切り目に差し込もうとしたその時、身体が動かなくなっていた。

 恐怖からではなく、悪魔によって止められていたのだ。

 筋トレもしていたし、力ではそこらへんの奴には負けない自信はあったが、それでも動かすことが出来なかった。

 なんなんだよ。いい加減にしろよ。

 いつだって俺の身体を好き勝手に動かして、俺はもう俺じゃないのに、俺として生きていかないといけないなんて。

 ふざけんじゃねえっての。

 お前等、何様だよ。

 「おおおおおおおおお!!!!」

 は、と気付いたときには、もう目の前に渋沢がいて、隼人の両頬を思いっきり叩いていた。

 どうやら、隼人、と叫んでいたようだ。

 しゅうう、と悪魔たちは個々に姿を戻して行き、隼人の目に戻って行く。

 渋沢にぶにゅっと、未だに頬を挟まれたままの隼人は、「にゃめろ」と言っていた。

 慌てて渋沢は手をどけると、元に戻ったらしい隼人を見て、安心したように、ばしばしと隼人の背中を叩いた。

 「痛ェ痛ェ!!やめろっつーんだよ!マジで重症なんだかんな!俺!」

 「あ、ごめんごめん」

 ぴた、と動きを止めたところで、紅蓮たちは時咲たちに囲まれてしまった。

 「ふん。悪魔さえいなくなれば」

 「恐ろしい奴だねー、まったく」

 「・・・・・・」

 隼人の悪魔がいなくなった途端、時咲たちは陣形を取っていた。

 それは紅蓮たちの周りに作られた結界となり、すでに体力など残っていない隼人にとっては、身体が引き裂かれるような痛みを伴った。

 さすがというべきなのだろうか、時咲たちは悪魔の扱いだけでなく、人間に対してもある程度の制御をかけられるらしい。

 ただ一人、叶南だけは時咲たちの呪術の中には入っていなかった。

 「叶南、お前も後でじっくりと潰してやるから」

 「えー、止めてよー。君たちに負けるなんて、正直俺のプライドが許さないよ」

 へらへらと笑っている叶南だったが、飛騨がひゅっと腕を動かすと、叶南の方に光の銃弾のようなものが飛んできた。

 それは壁をたやすく壊したが、叶南には当たらなかった。

 叶南が避けたからではなく、飛騨の攻撃に向かって、別方向から何かが飛んできたからだ。

 「おいおい、お前らまで、俺達とやり合おうってんじゃねえよな?」

 「ははは。笑っちゃうね。俺達は最高機関に携わる人間だよ?」

 部屋の天井から下りてきた影は、三つ。

 「支部長たちがお揃いで、何の用だ?」

 紅蓮たちを封じ込めるために、部屋の中央へと移動していた時咲たちをさらに囲むようにして、四人は立っている。

 「ああ、そうか。叶南が牢屋から出て来れたのは、そういうカラクリか」

 時咲の言葉に、叶南は舌をぺろっと出す。

 「カラクリなんて大したもんじゃないよ。ただ、ワザと捕まる為に俺の居場所をわかるようにしておいただけ。牢屋の鍵はもともとかかってなかったし」

 時咲たちに呼ばれて、貴氏たちは叶南を探し始めた。

 だがそれは、叶南が自分の居場所を突き止められるようにしておいたから、すぐに見つけることが出来たのだ。

 各支部長は、連絡が取れるようにと、小型の発信器をつけている。

 本気で逃げようと思ったのなら、それを壊せば済んだことなのだが、叶南はそうしなかった。

 わざと三人に捕まって、渋沢の逃避の時間を稼いだのと、自分が捕まったことによって時咲たちを油断させたかったのだ。

 「貴氏には、あんたらが隼人のだと言い張った悪魔のことに関しての報告書も貰ったし。まあ、こいつも口は悪いし顔も怖いけど、腐っちゃいねえってこった」

 そう言いながら、叶南は親指を立てて貴氏の方を指差した。

 それを見て、時咲はふん、と鼻で笑う。

 「お前たちにそんな絆があったとはな。意外だ」

 「絆ぁ?馬鹿言うなよ。俺たちにんなもんあるわけねぇだろ」

 「叶南、口調を戻せ。まだ上司だ」

 ついつい口調が素に戻っていた叶南に、貴氏が注意をする。

 ああ、そうだったと適当に流すと、叶南たち四人は、時咲、飛騨、舞悠の三人の腕を拘束するための陣を作る。

 「お前等なんかに出来るか」

 「やってみないと分かんないでしょー?俺たちはあんたらっていうデカイ蓑に隠れてたんだからさ」

 ぼうっと、叶南たち四人はそれぞれ肩腕を出すと、みな一様に腕に何か鎖のようなものを巻いていて、それらが光る。

 貴氏は黒く光り、菜里は白く、功黄は青く、そして叶南は赤く光ると、鎖は天井に向かって長く伸び、互いに絡まって行く。

 絡み合った鎖は、時咲たちに向かって勢いよく落ちて行くと、時咲たちはそれを阻止しようとするが、受け止めきれずに身体を避けて回避した。

 それによって解放された紅蓮たちは、初めて見る支部長たちの戦いに圧倒されていた。

 「へー、支部長ってみんな暇してる奴らかと思ってたら、そうでもなかったんだな」

 「隼人、そんなこと言ったら失礼だよ!まあ、俺もそう思ってたけど。けど、それは叶南しか見てなかったからだし!」

 「支部長なのにただ菓子食ってるだけだと思ってた」

 「おい、お前ら聞こえてるから」

 確かに自分はそういう姿しか見せていなかったと、叶南はちょっと悲しくなる。

 仕事も隼人たちに任せていたし、こういう状況になること自体、そうそうない。

 こんな風に、支部長が四人とも揃うことなんて、叶南が会議に出ない限り、有り得ない光景でもある。

 「あ」

 その時、時咲達と叶南達の死闘なんてなんのその。

 渋沢は、壁をすうっと通り抜けて現れた、一体の悪魔を見つけた。

 「確保―!!!!!」

 いきなり渋沢が動きだし、紅蓮や隼人だけでなく、その場にいた全員がびくっとしてしまったが、渋沢は悪魔を追いかけた。

 傍から見ていれば、何やら面白い鬼ごっこをしているのだが、こうして目に見えているのは、きっと悪魔を扱える人間が多くいるからかもしれない。

 だが、悪魔に触れることが出来ない渋沢は、頭をぶつけたり、脛をぶつけたりと、自滅を繰り返していた。

 「ったく」

 ひょいっと、いつの間にか陣を崩していた叶南が、その腕で悪魔を捕まえた。

 「なんだお前?」

 この面子に圧倒されたのか、その悪魔は、裁判を邪魔したり、部屋を汚したり、色々とイタズラをしていたことを白状した。

 自白をした悪魔を時咲たちに渡せば、もう何も言う事が出来なくなってしまった。

 聖でも呼んで地獄に連れて行ってもらおうとしていると、部屋の扉が重たくぎぎぎ、と開いた。

 「あ・・・」







 「何をしてるんだい?」

 扉が開き、そこから現れた一人の男に、隼人以外の人間は、みな片膝をついた。

 下を向き、右手で拳をつくり、床につく。

 右目はしっかりと見えるのだが、左目は髪の毛に隠れていてよく見えない。

 というか、髪のせいで顔半分が見えないが、さらさらとした髪質は、首あたりまである。

 「・・・・・・」

 隼人は、その人物のことを知らないわけではなかった。

 だが、隼人は裁判所とは関わりのない立場にあるため、こうした行動をしなくても良い。

 「時咲、飛騨、舞悠。君たちには、話を聞かないといけないようだね」

 すうっと、視線を時咲たちから叶南に向け、その後紅蓮、隼人へと移す。

 まだ時咲たちも、紅蓮も叶南たちでさえ、男に対する姿勢を保ったままで、唯一目が合っているのは隼人だけだ。

 だからなのか、隼人の方を見ながら柔らかく笑ったかと思うと、真面目な顔つきになり、こう告げた。

 「今回の件については、私から深く詫びる」

 そう言うと、隼人に向かって頭を下げた。

 その後、時咲たちは解任され、裁判所からの追放を余儀なくされた。

 隼人に頭を下げた男は、すぐに姿を消してしまった。







 「いやー、それにしても、まさか貴氏があんなに協力してくれるとは思ってなかったよー。これまで俺が頑張ってきた姿を見てきたからかなー」

 「そんなわけないだろう。俺はただ、俺の正義に従っただけだ」

 「ふーん。あんなこと言ってるよ、どう思う?菜里」

 「知らないわよ。仲睦まじい喧嘩なら他所でやって頂戴」

 すたすたと、菜里は去って行ってしまい、功黄もぺこっと頭をさげると歩いて行ってしまった。

 貴氏も仕事に戻ろうとしたのだが、叶南が肩に腕を回してきたため、思わず足を止めてしまった。

 「助けられたのは確かだからな。御礼くれい言っておくよ。ありがと」

 「・・・気色悪い。別に礼を言わせたくてやったわけじゃない。とにかく放れろ」

 にたぁっと笑うと、叶南はすぐに貴氏から放れた。

 ようやくこれで仕事の戻れると思った貴氏だったが、思わぬ人に声をかけられた。

 「あれ、どうかしましたか」

 「・・・・・・」

 それは、先程の男。

 叶南はにへらっと笑って近づいていくが、貴氏はその場で頭を下げるしか出来なかった。

 こういうところが、叶南は他とは変わっていると言われるのだろう。

 「久しぶりだね、二人とも」

 「戻ってきていたんですねー。相変わらず歳を取らないお顔で」

 「ふふ、君もね」

 いや、貴氏からしてみれば、どちらも怪物並に歳を取っていないように思うが。

 「それにしても、どうして辞めちゃったんですか?全盛期だったと記憶してるんですけどねぇ?」

 「君も分かるだろう。こういう巨大な組織から距離を置いた方が、見えてくる景色っていうのがあるんだ」

 「けど、引退する必要はなかったんじゃないですか?裁判所の創設者でもあったわけだし、休暇、っていう便利なものがあるのに、わざわざ休暇を踏み倒してまで引退するなんて、余程のことがあったってことしか、俺には分かりませんよ」

 「それよりさ」

 「あれ?」

 叶南の質問なんて聞こえないフリをして、男はささっと話題を変えた。

 こういうところは、さすがの叶南でも強引にレールを戻せないらしく、困ったように笑っている。

 男は叶南と貴氏の腕を掴むと、その笑顔からは想像出来ないほど強い力で引っ張る。

 「ちょっと君たちに話があるんだ」

 「「え?」」







 「隼人大丈夫?死んだ?」

 「勝手に人を殺すなっての」

 男が来て決着がついた途端、隼人は全身の力が抜けたように、ふらっと倒れてしまった。

 悪魔の使いすぎなのか、それとも拷問によるものなのか、いや、きっとそれら二つの相乗効果によるものだろう。

 とにかく、隼人は深い眠りについていた。

 治療をしようと隼人の服を破いてみると、というより、元から破けてはいたが、あまりにも多くの痛々しい傷があった。

 「これは火傷。多分、熱せられた鉄か何かで直接当てられたんだな。こっちの火傷は、多分電気か何かだな。一番見ていて痛そうなのは、この腕の傷跡だな。聖の話だと、周りに血の着いた釘が落ちてたっていうから、きっとそれを腕に打ちこまれたんだな」

 「ちょっとちょっとちょっと!!!紅蓮!そういう怖いこと言うの止めてよおおおおおおお!!!!聞いてるだけでなんか身体のあちこちが痛くなってくるよおおおおお!!」

 「だがどういうわけか、傷は塞がりつつある」

 「え?」

 単に自己治癒力の高い人間なのかもしれないが、だからといって、ここまで早くは治らないだろう。

 となると、きっとこれは悪魔が関係していると考えるしかない。

 時折、まだ目が覚めていない隼人だが、胸の部分をぎゅっと掴み、吐き気に襲われているようなときもあった。

 だが、それと同時に、傷跡がどんどん治っていっているのも確かだ。

 「悪魔って、人間の身体を治癒するの?」

 「さあな。ただ、隼人の場合は契約して隼人という宿主の身体を借りてるから、治らないと悪魔にも支障をきたすのかもしれない」

 「そっかー。まだまだわかんないことだらけだね」

 隼人が起きたら何を作ってあげようとか考えていた渋沢は、巨大なカツ丼を作ることにした。

 そして、一度目が覚めた隼人に、カツ丼をよそって持ってきたところ、また目が閉じていたのだ。

 「隼人大丈夫?死んだ?」

 「勝手に人を殺すなっての」

 顔をひょこっと覗かせると、隼人は足で渋沢の膝を蹴飛ばした。

 「ひえー、起きて早々、よくそんなにがっつけるもんだね」

 「うるせぇよ。こっちはまともに食事なんざ貰えなかったんだからな」

 渋沢の料理を、ガツガツと食べ始めた隼人を見て、渋沢も紅蓮も、ひとまず安心した。

 そこへ、聖がやってきた。

 「あ、聖。隼人の見舞い?さっき起きたところなんだー」

 「・・・・・・」

 「よっ」

 聖は、もう回復している隼人を見て、少し残念そうにしながら、隼人に持ってきたのだろう見舞いのメロンを渋沢に渡した。

 まあ座ってよ、と渋沢に言われたが、聖は仕事があるからと言ってすぐに帰ろうとした。

 その時、隼人が聖の背中を蹴飛ばし、反射的に片足を出してなんとか踏みとどまった聖は、後ろでニヤニヤしてるだろう隼人の方を見る。

 そこには、思った通りニヤニヤと笑っている隼人がいて、口をモゴモゴさせていた。

 「心配したか?」

 「誰が」

 ククク、と喉を鳴らして愉しそうに笑う隼人は、口の中に入れていたカツをごくんと飲みこみ、ぺろっと舌で口の端を舐めとる。

 「そんなに俺のこと心配だったかー。まあ、俺がいなくなったら、寂しくて寂しくてしょうがねえんだろうけどなー。もしかして、泣いたか?」

 「心配してない。寂しくない。泣いてない。あれだけ拷問を受けておきながら、よくそんなにへらへら出来るもんだな」

 「俺、心広いんだわ」

 「そういう問題じゃない」

 仲良く言い合っている二人を見て、渋沢は紅蓮の隣に座り紅茶を飲んだ。

 「仲良しだね」

 「それはいいが、渋沢」

 「なに?」

 「俺達には仕事が残ってるんだぞ」

 「・・・・・・」

 聖がようやく帰り、隼人はまたゆっくりとご飯の続きをしようと振り返った。

 「うおっ!!!」

 振り向いた瞬間、渋沢が隼人の腹に突っ込んできて、思わずさっき口に入れたものを出しそうになってしまった。

 「おまっ、なにしてくれてんだよ!」

 「隼人おおおおお!!!!!俺の一大事だよ!!助けてよおおおおお!!!!」

 「はあ!?」

 「隼人」

 「何だよ!?」

 まだ自分の腹に巻き付き、なかなか放れない渋沢に苦戦していると、今度は紅蓮が話かけてきた。

 「お前は拷問を受けて、さぞかし大変だっただろう」

 「お、おう・・・?」

 「だがな、俺たちも仕事を増やされて、それはもう大変だったんだ。大変なんてもんじゃない」

 そう言うと、紅蓮はドサッ、と書類の山をテーブルの上に置いた。

 それを見て、隼人は顔を引き攣らせ、まるでチョモランマに今から登るような気持ちに陥るのだった。







 あれから一週間ほど経った頃。

 「あー・・・もうダメ。俺また倒れそう」

 紅蓮と渋沢の仕事を手伝っていた隼人は、額に冷たいタオルを置いて横になっていた。

 バタン、と紅蓮が部屋から出てきたかと思うと、その顔もどよーんとしていた。

 さらに、渋沢もよたよたとした足取りで部屋から出てくると、床に倒れ込んだ。

 「これ、何カ月分の仕事だよ」

 「俺しばらく寝ていい?寝ていいよね?」

 三人とも、目の下にくっきりとクマを作っており、疲れきっている様子だ。

 そんな三人のことなど露知らず、急に元気な声が聞こえてきて、それがさらに疲れを増幅させた。

 「久しぶりだねー!生きてるー?」

 「・・・お前さ、そういう質問しながら入ってくるの止めてくんない?」

 「三人とも死んでるねー。すごい顔してるよー。それに、なんか空気も重いしー」

 部屋の中に入ってきたのは、この空気とはまったくかけ離れた空気を持っている、叶南だった。

 「重いのはお前のせいだ」

 ちっ、と舌打ちをしながら身体を起こし、隼人が首をコキコキしていると、叶南はふふふ、と不気味に笑った。

 「そんなこと言っていいのかなー?俺、こう見えても出世したんだよー?」

 「「「はあ!?」」」

 「あれ?やっぱり缶詰だった諸君の耳には届いてなかったんだね」

 いつものようにケラケラと笑っている叶南。

 今の三人の精神状況で言うと、今ここで殴ってしまいたい衝動でもあったが、そこはグッと我慢した。

 「俺ねぇ、参謀になったんだよー」

 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 紅蓮達は互いの顔を見合わせる。

 「「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」」」







 叶南の話によると、相談をされたらしい。

 時咲たちがいなくなってことによって、ぽっかりと空席になってしまった三席。

 総責任者と副責任者、そして参謀。

 総責任者には貴氏が就任し、叶南は参謀になると、珍しく自主的に言ったそうだ。

 理由は、一番楽そうで、それでいて給料が高いから、ということらしい。

 現在のところ、副責任者は不在となっており、さらには貴氏と叶南が抜けたことによって、北監獄支部長と、南監獄支部長の椅子も空いてしまっている状態。

 「そこでねー」

 そう言ったところで、紅蓮たちは声を揃えて答えた。

 「「「断る」」」

 「・・・まだ何も言ってないんだけどなー。それに俺、上司だよ?参謀だよ?」

 「知るか。んなもん辞退するに決まってんだろ。あ、けど紅蓮は適任だと思うぜ?」

 自分に面倒なことが回ってこなければそれでいいと、隼人は紅蓮を推薦した。

 「てかよ、他にもいんだろ?そいつらにやらせりゃあいいじゃねえか」

 頬杖をつき、隼人は鎖骨あたりをかきながら、ダルそうに言う。

 それを聞くと、叶南は首を横に振った。

 「聖にも頼んだんだけどねー、断られちゃったよー」

 「へえ・・・。意外だな」

 「そう?聖は単に、紅蓮や隼人がならないのに、自分がそういう役職になるのはおかしいって思ってるだけだよ」

 「?なんでだ?別に構やしねぇだろう」

 「ねえ、俺の話は出ないの?支部長って暇そうだから、俺なってもいいかも」

 叶南の仕事ぶりしか見ていないからか、何か勘違いをした渋沢が、自分のことを指さしてニコニコ笑った。

 それを誰よりも先に阻止したのは、結局は自分に仕事が回ってくると分かっている、隼人だった。

 「マジで止めて。頼むから止めて」

 「う、うん。なんかごめん」

 ゴゴゴ、と迫りくる隼人の気迫に押され、渋沢は支部長になるのを諦めた。

 「ま、いいや。とりあえず、しばらくは菜里と功黄の二人に任せるとして、徐々に決めて行くよ」

 「てかお前、参謀の仕事どうせしねぇんだから、どの役職に就いたって同じだろ」

 「分かってないな―」

 ちっちっち、と人差し指を隼人の顔の前に出して、横に動かす。

 「どうせ役職に就くなら、上に就いた方がお前等だって動きやすいだろ?俺が支部長で留まってるより、ずーーーーーーーっと自由に出来ると思うぜ?」

 「あー・・・それと引き換えに俺に仕事をさせないってんなら、最高なんだけどな」

 「あれ、心読まれた?」

 「お前のことだからな。そんなこったろうと思ったよ」

 へへへ、と笑って誤魔化す叶南だが、時咲たちが上にいた頃よりは、少しは、いやずっとずっと楽に動き回れるだろう。

 紅蓮にしても渋沢にしても、勿論隼人もだが、貴氏とはそれほど接点をもっていない。

 話で聞くと、叶南と喧嘩をするような人だから、きっとそれなりにまともな人なんだろう、という感じだ。

 以前隼人が貴氏と叶南が喧嘩をしている現場に遭遇したが、特に悪い人のようには感じなかった。

 「あ、そろそろ行かないと」

 「何何?叶南、珍しく会議でも出るの?」

 はた、と叶南が部屋を出て行こうとしたのを見て、渋沢がなぜか喰いついた。

 そんな渋沢の頭にぽん、と手を置くと、叶南ははあああ、と大きなため息を吐いた。

 「それがね、副責任者が見つかるまでの間、俺が代わりに貴氏と二人で今後の話し合いをするんだってさ・・・」

 じゃあね、と言って去って行く叶南の背中は、本当に叶南かと疑いたくなるほど、とても沈んでいた。

 どんよりとした叶南の背中を眺めながらも、特に励ますこともせず、三人は仕事を終えた疲れもあり、昼寝をした。







 「はあっ・・・!ごほっ!!」

 じゃー、と水道の流れる音だけが、深夜の部屋に微かに響く。

 「・・・っっつぅっ・・・!!!」

 手の甲で口元を拭うが、吐き気は収まらない。

 心臓あたりがモヤモヤして、貧血のようにざざざ、と脳内は思考を遮る。

 侵食がかなり進んでいるのか、身体は蝕まれている感覚は、疑いようがない。

 ―ちょっと、無茶したかな。

 蛇口を閉めて、そのまま膝をつくと、身体を反転させて尻を床につける。

 「はあっ・・・はあっ・・・」

 天井を見上げながら、目をゆっくりと瞑る。

 ―私を愛して。

 「・・・?」

 何か聞こえた気がして、隼人はすうっと目を開けた。

 普段聞いている悪魔の声とは違ったそれは、隼人の頭の中に流れる。

 ―私を愛して。私と契約をして。

 「・・・・・誰だ?」

 ―私を愛して。私と契約をして。あなたの中に入りたい。私を愛して。私を・・・。




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