第1話
文字数 14,439文字
WILD CHAIN参
悪魔の偽証
登場人物
紅蓮
渋沢
隼人
叶南
聖
時咲
飛騨
舞悠
終わり良ければすべて良し。
シェークスピア
第一条【悪魔の偽証】
此処は、とある世界。ある時代のある場所で起こった出来事。
今日もまた、罪を償うべき罪人へ、『神』ではなく、『人』からの鉄槌が下される。
人間の皮を被った悪魔が、地上で罪を犯す。
その罪を裁くのが、此処、『無天神裁判所』である。ここで最高裁判官を担っているのは、『紅蓮』という裁判長。赤茶色で長めの髪を、後ろで一つに縛っていて、目は若干死んでいるようにも見える。
紅蓮が法廷を後にして、一番落ち着く部屋へと向かう。
裁判所の一角、誰も行かないような薄暗い廊下を抜けると、そこには真新しい部屋がある。
裁判所自体は古くから建っているが、三年に一度、大掛かりな修復が行われるため、それほど古びた様子は無い。
部屋に入るなり、一人の男がソファでごろごろ横になって昼寝をしていた。
黒髪の頭にターバンを巻き、右目には眼帯をしていてピアスもしている。シックな黒のシャツを着ている。
「あ、紅蓮おかえりー。なんだ。また隼人寝てるの?よく寝るね―」
そう言って奥の部屋から出てきた、もう一人の男は、黄土色で、ワックスか何かで立たせたような髪型をしていて、ヘアピンをつけた男がいた。
「渋沢、俺も寝るから。こいつが起きても絶対に俺の部屋に入るなと伝えろ」
「うん。わかった」
紅蓮は自室へと入っていくと、全身の力が抜けたようにベッドに倒れ込んだ・
どのくらい時間が経ったか分からないが、ふと、騒がしい声が聞こえてきて、紅蓮は目を覚ました。
むくっと身体を起こして時計を見ると、三時間ほど寝ていたことが分かった。
部屋を出ると、寝ていたはずの隼人は起きていて、渋沢は何やら叫んでいるし、見たことのある男たちもいた。
「どうしてあなた方が?」
「これは紅蓮裁判長。実は、裁判の時に邪魔をしている悪魔がおりまして、それがこちらにいる千石のものではないかと」
「だーかーらー、俺んじゃねえって言ってんだろ?なんべん言えばわかんだよ!」
この裁判所の総責任者でもある時咲、副責任者である飛騨、そして参謀の舞悠。
時咲は太陽を示す赤く長い髪を後ろで一つに縛っていて、飛騨は大地を示す黄土色の短髪で、舞悠は大空を示す水色の髪で、おでこに布を巻いており、顔の右横の髪は髪留めでしばってあり、左側だけ後ろが長いという、変な髪型をしている。
総責任者でもある時咲が、紅蓮の前に立ち、こう述べた。
「千石隼人はこちらで連行する。紅蓮裁判長。あなたは我々の監視のもと、本部にて生活をしていただきます。それからそこにいる渋沢裁判長には、支部での下宿を命じます」
「ちょっと待ってください」
「以上です」
言う事だけいうと、飛騨と舞悠の二人で隼人の腕を掴み、そのまま連れて行ってしまった。
残された紅蓮と渋沢は、ひとまずソファに座って腕組をする。
「どういうことだよ!?隼人なわけないのに!!」
「悪魔が邪魔をしたことは間違いないんだろう。隼人じゃないことは確かだろうが、それを証明する手立てはない」
納得いかない渋沢は、一人で時咲たちのところに乗り込もうなどと言いだしたため、紅蓮がなんとか止める。
「落ちつけ。例え隼人の存在が邪魔だったとしても、そう簡単に始末は出来ないはずだ。とにかく、俺達は言われた通りにしよう」
「隼人大丈夫かな?面会出来るかな?」
「無理だろうな。あいつらに連れて行かれたんだからな」
だからといって、感情任せに乗り込んだところで、勝てる見込みもない。
部屋から仕事に必要な最低限のものだけをまとめると、紅蓮は本部の方へ、渋沢は下宿先へと向かった。
「あれ、聖?」
「渋沢か。どうした」
下宿先には、顔見知りの聖がいた。
それだけで、渋沢はホッと一安心すると、聖に先程起こったことを説明した。
「なるほどな」
「隼人じゃねえって言ったのに!あいつら、全然聞いてくれないんだ!!」
「・・・まあ、悪魔が本当に隼人のだったかどうかなんて、あいつらには関係ないんだからな」
「え?」
荷物を部屋に置いて片づけもしないまま、渋沢は聖の部屋に転がり込んでいた。
殺風景な聖の部屋には、隼人よりは少ないが、それでも充分すぎるほどの本が沢山並んでいる。
「悪魔がどこからきたか、誰の悪魔か、そんなこと区別つけるのは困難だ」
聖の話によると、以前から紅蓮たち三人を離れさせるにはどうしたらよいか、という話があったという。
しかし、叶南が上手く話を逸らしたり、上層部を丸めこんでいたため、実際に実行されることはなかった。
時咲たちは、そんな紅蓮たちが目障りだったのかもしれない。
「あの三人は呪術を使うと聞いてる。悪魔の動きを封じ込めるためのな」
「じゅ、じゅじゅつ?」
言いにくい単語に、渋沢は何度じゅじゅじゅ、と言ったか分からない。
とにかく、普通の裁判官や裁判長などでは、歯が立たないことだけが理解出来た。
「これからどうなるんだろう・・・」
渋沢が心配そうに呟くと、胡坐をかいていた聖は立ちあがって、本棚から何か取り出すと、渋沢に渡した。
「お前はお前の仕事をしろ。紅蓮だってそうする。隼人のことは、大丈夫だって信じて待つしかないだろ」
「・・・なにこれ」
「寝ている俺の顔に落書きをした隼人が、翌日起きた俺に説教されても平然とたこ焼きを食べてる写真だ」
「・・・なにそれ」
聖から渡された写真には、確かに隼人がたこやきを食べて頬を膨らませ、口の周りには少しソースがついている。
いや、こんなものを渡されたところで、渋沢も困ってしまったが、棚の上に飾ることにした。
「毎日祈るよ」
「まだ死んではいないからな」
聖の部屋を出て、渋沢は持ってきた荷物を簡単に机の上に並べると、聖に貰った写真を本当に棚の上に飾った。
そしてしばらく眺めたあと、なんとなく変な感じがして、結局鞄の中に入れた。
「さて、君はここに入ってもらおうか」
時咲たちに連れて来られたのは、拷問部屋だった。
「おーおー、おっかねぇ場所に連れてきやがって」
部屋の中へ入るように背中を押されると、隼人は裸足のまま入った。
閉じられた扉に、鍵はついていない。
「すぐに執行人たちがくる。待っていろ」
「・・・・・・」
あちこちを見渡していると、隼人の目に住まう悪魔たちが囁いてきた。
―おい、俺達が逃がしてやろうか。
―お前の心臓食わせろ。そしたら、ここから簡単に出られるぞ。
「黙ってろ。それに、この部屋はお前らでも無理だよ」
―ああ?どういうことだ?
隼人の言うとおり、この拷問部屋は悪魔たちでさえも簡単には出られないようになっていた。
その理由は簡単で、時咲たちによって呪術をかけられており、悪魔たちは部屋の中にある拷問器具にも、檻にも、天井にも触れられないようになっている。
開けられるとしたら、唯一の入り口でもあり出口でもあるあの扉を開けるしか方法はないのだ。
「ったく。悪趣味極まりねぇっての」
ぶつぶつと文句を言っていると、時咲の言ったとおり、数人のマスクを被った男たちが中へと入ってきた。
「お手柔らかに頼むぜ?」
「・・・始めるぞ」
その頃、紅蓮は本部で仕事を押し付けられていた。
どんどんと積み上げられていく書類の山に、思わずため息が出る。
ずっと監視されているのも嫌だが、やってもやっても減らない仕事は、もっと嫌だ。
「紅蓮裁判長」
「なんだ」
「一時間後に裁判が行われますので、そちらの準備もお願いします」
「・・・わかった」
ちらっと横目で時計を見た後、紅蓮はぎい、と椅子の背もたれに体重を乗せた。
どこからこんなに仕事を持ってきたのかと聞きたくなるくらいに、向こうの部屋にいたときよりも仕事が増えている。
もしかして全員分の仕事をやらせるつもりじゃないだろうなと、紅蓮は立ちあがってコーヒーを飲もうとしたが、すでに温くなってしまっていた。
「・・・・・・」
仕方ないとそれを口にすると、窓際に向かって歩き、逃げないようにと鉄格子をはめられてしまったその窓から外を見る。
逃げようと思っても、この高さから逃げられるはずないのだが。
何にせよ、今は隼人を無理にでも助けようとするより、やるべきことをするしかないのだと。
時咲たちが何をたくらんでいるのか、分かったところでどうしようもないが、いずれは決着をつけなければいけないだろう。
コト、とテーブルの上にカップを置くと、紅蓮は裁判資料に目を通す。
「・・・・・・」
コンコン・・・
「はーい」
ぐるぐると椅子を回して遊んでいた人物はドアを叩いた人が勝手に入ってくると思っていた。
だが、少し待ってもなかなか入ってこないため、特に出ようともせずにのんびりとしていると、急にドアが開いた。
「・・・・・・人に部屋に入ってきて、その住人に向かっていきなり拘束しようと銃を向けるなんて、無礼にも程があるよね?」
部屋の住人、叶南の前には、マスクを被った男たちが取り囲んでいた。
窓から差し込んでいた光も、男たちによって遮られてしまう。
「叶南支部長、少し、お話を窺いたいのですが、ついてきていただけますか?」
「それ、断ることは出来る?」
「拒否されました場合、強引に連れて行くことになりますが」
「ははは。それじゃあ、俺に許可を取る意味がないでしょ?まあいいよ。丁度暇してたからね」
両手の掌を男たちに向けながら、叶南はスッと立ち上がると、男たちに完全ガードされながら部屋を出て行く。
狭く暗い部屋に連れて来られると、叶南はそこにある安そうなパイプ椅子に腰かける。
「さて、聞きたい事ってなにかな?早くしてくれる?」
椅子に座るなり、足を組んで頬杖をつき、組んだ足をプラプラさせていると、男の一人が叶南が座っていた椅子を蹴飛ばした。
尻もちをつきそうになった叶南だが、すぐに立ちあがってバランスを取ったため、転ばずに済んだ。
「紅蓮、渋沢、そして千石隼人について、詳しく聞きたい」
「・・・残念だけど、君たちが望んでいるような答えは持って無いと思うよ」
「あなたをここから追い出したくはありません。大人しく知っていることを全て話していただけませんか」
今度は一つだけあったデスクの上に腰を置くと、同じように足を組んで、腕も組みながら話す叶南に、男たちは詰め寄る。
こんなに男たちに囲まれても嬉しくないというのに。
それに、知っていることと言っても、大したことは本当に知らないのだから。
「本当に知らないよ。てかさ、君たちは俺とあいつらの関係をなんだと思ってるわけ?俺、一応あいつらの上司だからね?三人とも学校をちゃんと卒業してここに来たでしょ?なんの問題があるわけ?俺はあいつらの過去になんか興味ないし、君たちとも喧嘩するつもりなんて甚だないんだけどなぁ」
そう言ってニコッと男に笑いかけると、男たちは互いの顔を見合わせる。
そして、叶南に向かって拳を・・・。
「ぐはっ・・・!!!」
拷問部屋に連れて来られた隼人は、両腕を壁に固定され、男たちに暴力を振るわれていた。
とはいっても、これはほんの肩慣らしといったところだろう。
隼人が口の中に溜まった血をペッと吐き出すと、今度は逆さ吊りにして、天井の方まで隼人の身体をあげる。
そしてその真下には、水がたっぷり入った桶を用意し、ガラガラと隼人を桶の中に頭から入れて行く。
「・・・!!!」
ぼこぼこ、と隼人の肺に入っていたであろう酸素が、次々に泡となって水面に現れる。
隼人は必死にもがき、息を止めて耐えようとするが、なかなか身体は引き上がらず、ついには全ての酸素を吐き出してしまう。
徐々に意識が薄れて行くと、ここでようやく身体が水から出され、肺一杯に酸素を吸い込む。
「ごほっ・・・ごほ!!」
「さっさと吐いたらどうだ?お前がやったんだろう?」
「はあ、はあ・・・!!んなわけ、ねぇって・・・!!言ってんだろうが!クソ野郎!」
「・・・下げろ」
そしてまた、何の準備もないまま、隼人は桶の中へと入らされる。
髪が濡れたとか、ターバンがずれるとか、洋服までびしょびしょになるとか、余裕があればそういうことを考えるのだろうが。
再び意識が飛びそうになったとき、上へと身体があがり、自然と空気が入る。
「素直に吐けば、すぐに終わる」
「・・・っ。わっかんねぇ、野郎だな。はぁッ・・・だから、俺じゃねえって・・!」
水責めも拷問を受けながらも、隼人の脳内では悪魔たちが話しかけてくる。
―キシシシシシ。このままこいつが死んだらどうする?
―ヒヒヒヒ、どうするって、喰うしかねえだろ?
―けど、こいつが死んだら契約上、俺達も消えることになるぞ。それは困る。
―ケケケケ、それは困るな。もうちょっと生きててもらわねぇとな。
―五月蠅い。お前等、黙ってろ。
「げほっ・・・!!っはぁっ!!」
肺に水が入り込んできて、隼人は咳込む。
だがすぐにまた、水の中へと入れられ、まともに酸素を取り込むことも出来ない。
―本当にこのまま死ぬかもな。
―ヒヒヒヒ。そしたら、そこまでの男だったってことだな。
―俺が死ぬときは、てめぇらも道連れだ。
「げほっ・・!!げほ・・・はぁッ」
「まあ、良い暇つぶしにはなるな」
小さく舌打ちをし、男を睨みつけると、男は隼人の髪の毛を強く掴みあげると、舐めるように隼人の顔を見る。
「それにしてもまあ、悪魔を飼ってるっていうから、どんなにゴツイ野郎かと思ってたら、なんだ。結構男前だな」
「ああ?てめぇ、そのなりでソッチ系じゃねえだろうな?勘弁しろよ?俺はそっち趣味じゃねえからよ」
「いたぶるのは好きなんだ。特に、お前みたいな男前の顔が歪むところなんかな」
「はっ。男前は歪んでも男前なんだよ」
「いつまでそんな口を聞けると思ってる?」
すると、男は隼人に顔を近づけてきて、逆さになっている隼人の顎から喉仏、そして鎖骨までを舌先で舐めとった。
その感触に、思わずぞわっとした隼人だったが、すぐに視界から男は消え、水だけの世界になった。
「どうした、その痣」
紅蓮が裁判を終え、部屋に帰ろうとしたとき、目の前には見覚えのある背中があった。
そして声をかけてみたところ、振り返ったその顔には、似合わない程の大きな痣が目のところにあった。
「あー、これー?まったく俺の顔に痣を遺すなんて、あの野郎覚えてろよ」
最後の方に少し素が入ってしまったが、叶南はいつも通りニコニコとしている。
「お前はどうなんだ?紅蓮」
「・・・本部で監視下のもと、普段の三倍以上の仕事をしている」
「それは嫌だな」
叶南は、痣のことを、ちょっと上とやり合っただけ、と紅蓮に説明した。
そして部屋に戻っていくと、紅蓮は本部へと帰って行く。
叶南が上層部に何か言ったり、喧嘩を売ってくることはあるが、今日のように痣を作るようなことは、今まではなかった。
部屋に戻った紅蓮は、しばらくしてから叶南の痣の真意を知ることになった。
それは、翌日の裁判が終わったときのこと。
「紅蓮」
「聖か。どうした?」
「昨日のこと、聞いたか?」
「?」
聖から聞いた話によると、叶南が紅蓮たちのことについて事情聴取をされたとか。
本当に知らなかったのか、それともシラを切っただけなのか、それは定かではないが、とにかく叶南はそれで痣を作ってきたのだ。
「・・・なるほどな」
「それに加え、謹慎中らしい」
「謹慎?」
叶南は部屋から出ることを禁止され、謹慎中の身となったが、謹慎にしたのは叶南にとって嬉しいことかもしれない。
なぜなら、堂々と仕事をさぼっていても、誰にも文句を言われないからだ。
「そうか。・・・渋沢はどうだ?」
「まあ、なんとか仕事してるって感じかな。俺にも監視がついてるみたいだから、あんまり一緒に行動は取れないけど」
「悪かったな。あいつはメンタルが強くないから、塞ぎこんでるかと思ってたんだ」
「・・・塞ぎこんでるには、塞ぎこんでるかな」
詳しく聞いてみようとしたが、紅蓮の監視によって話を遮られてしまった。
まあ、渋沢のことは聖に任せようと、紅蓮は部屋に戻った。
「・・・ふう。世話の焼ける」
「聖!叶南のこと、聞いたか!?あれ、本当なのか!?俺達のせいで!!」
下宿に着くなり、渋沢が聖に声をかけてきた。
それを見るなり、渋沢と聖の監視たちが二人のもとへとやってきた。
「接触はおやめ下さい」
「・・・俺はただの門番だ。監視は止めてほしいもんだ。それに、ただの世間話を邪魔するだけの正当な理由があるのか」
「・・・・・・」
言い返すだけの言葉が見つからなかったのか、それとも聖の気迫に負けたのか、聖の監視たちはどこかへと姿を消した。
渋沢の監視たちはまだいるようだが、特に何も言ってこなかったため、放っておいた。
「なあ、叶南は大丈夫なのか?お前も。もし、叶南にも聖にも迷惑かかるなら、俺・・」
しゅん、と仔犬のように頭を垂れた渋沢の頭に、ぽん、と聖が珍しく励ますように置く。
「気にするな。俺もあいつも、そんな細かいことは考えてない」
「うん。だよね」
「・・・・・・」
思ったよりもあっさりとしていた渋沢だったが、やはり落ち込んでいるようだ。
ちゃんと仕事はしているようだが、身が入っていないというか、間違いだらけというか。
以前のような、裁判長としての仕事もなかなか入ってこず、誰かの仕事を手伝うということが多くなっていた。
あーあ、と項垂れている渋沢の前に、一人の男が現れた。
「おやおや、こんなところで仲良しこよしですか?お仲間が拷問を受けているというのに、随分と楽しそうですね」
「舞悠・・・」
「誰?」
それは、水色の髪をした舞悠だった。
渋沢は初めてみるが、聖は知っているようで、その名を口にした。
渋沢を頭の先から足元まで見ると、舞悠はフッと鼻で笑った。
それよりも、渋沢は舞悠が口にした言葉の方が気になった。
「拷問・・・?拷問って、まさか、隼人が拷問受けてるのか!?なんで!?」
「なんで、というのは、理由ですね?それは勿論、悪魔を使って裁判を邪魔したからですよ?あなたにも説明したと思いますが?」
「だから!隼人はそんなことしねえって言ってるだろ!?ばーかばーか!」
ボキャブラリーの少ない渋沢は、相手が誰かも忘れて暴言を述べた。
だが、舞悠は特に怒ることもなく、渋沢にぐいっと近づくと、首筋に顔を寄せてクンクンと臭いをかいだ。
「・・・!?★〇▼!?」
それを見て、聖も思わず顔を引き攣らせる。
「うん。君からは悪魔の臭いはしないね。あ、当然といえば当然か」
ククク、と喉を鳴らして笑うと、舞悠は楽しそうに舞いながら去って行った。
なんだったんだと思いながらも、渋沢と聖は仕事のため部屋に戻って行った。
部屋に戻った渋沢は、仕事をしようと思っても手がつけられず、ううう、と一人で頭を抱えるのだった。
「ねえ、俺って監視されてるの?なんで?納得いくように説明してもらえる?」
痣の部分を冷やしていた叶南のもとに、監視役として飛騨がいた。
無口な上に無愛想で、目さえ合わせようとしない飛騨に、叶南は色々なちょっかいを出していたのだが、総無視だ。
「紅蓮たちなら仕方ないと思うけどさあ?納得いくように説明してよ。出来ないなら俺のこと放っておいてほしいんだけど。もしかして、君は俺のこと気になるの?」
「・・・・・・」
「そんなわけないよね。自分で言って気持ち悪くなったよ。けどさ、俺は謹慎中だよ?仕事なんてしなくて良い立場なんだよね?なのに君に見張られてたんじゃ、仕事する以上に気疲れするんだけどなー」
「・・・・・・」
「あ、そうだ。君、暇ならさあ、ちょっとお茶菓子でも買って来てよ。俺謹慎中だし。部屋から出るなって言われてるし」
「・・・・・・」
「ねー、本当になんなのー?会話になんないじゃん。てか会話ってどういうものか知ってる?心のキャッチボールしよう?」
「・・・・・・」
「チェンジって出来ないのかな?全く話にならないよ。あー、本当に退屈だね。いつも仕事してないけど、こうして仕事がないって思って過ごすだけでもなんとなく暇に感じるものだね。不思議だね。ああ、本当に不思議だね」
「・・・・・・」
「てかさ、俺の部屋の窓、勝手に変えたよね?こんなに漆喰に覆われていなかったと思うんだけど。もっと軽い感じに仕上げてほしかったんだけど。これじゃあ外から空気入らないじゃん。息苦しいじゃん。ただでさえ、今君と二人というだけでも相当息苦しいのに」
「・・・・・・」
「あ、タオル交換しようっと」
ばしゃばしゃと、痣に触れていたタオルを冷やし直し、叶南は再びタオルを当てる。
一向に口を開く気配のない飛騨だったが、ふと無線機で連絡を受け取ると、何も言わずに叶南の部屋から出て行った。
「やっと出て行った」
ふう、とため息を吐きながら、叶南はしっかりと固定されてしまった窓に近づき、氷の入ったそのタオルで、ガンガン叩いた。
怒りに身を任せて叩くが、なかなか簡単に窓は壊れず、ついには椅子を持ちあげて、勢いよく叩き割った。
ようやく外からの新鮮な空気を取り入れると、部屋にも太陽の陽が射しこんでくる。
「さて、どう時間を潰そうかな」
「げほっ・・・」
気を失っていたのだろうか、隼人が目を開けると、すでに逆さ吊りからは解放されており、今は椅子に座らされていた。
水に入ってしまったからか、いや、明らかにそれが原因だろう。
視界に入る髪の毛からは水が滴り落ちていて、洋服も濡れていて重たく、呼吸は浅く苦しい。
「ごほっ・・・はぁ、はぁ」
頭がクラクラするし、自分に話しかけてくる悪魔にさえ、まともに対応出来ない。
「お、起きたか」
男たちの一人が隼人に気付くと、一斉に隼人の傍に寄ってきた。
隼人の髪を掴んでぐいっとあげると、ズレたターバンの向こう側にあった赤い目が、男たちを捕える。
「見事な目だな。こいつをくりぬいたら、どうなるんだろうな」
「やってみるか?」
そう言いながら、一人の男がドライバーを手にする。
いや、そんな工具でやる心算かと思っていると、男たちは何か相談を始めた。
誰がやるとか、どうやればいいんだとか。
「目ぇ出したところで、その目玉はどうすんだ?売れんのか?」
「いい考えだな。けど、勝手にそんなことして俺達怒られねえか?」
「この目が厄介だってんだから、別に怒られやしねぇだろ」
勝手な話を進めていると、男の一人がドライバーを手にして、隼人の目の横につける。
「ちょっとだけ我慢してくれよ」
「・・・!!!」
このままだと本当にこの目を抜かれる、そう思っていた隼人だが、隼人よりも先に動きだしたのは、悪魔だった。
―おいおい、勘弁してくれよ。
―くりぬかれたら、俺達ぁ全滅だ。
―馬鹿野郎どもが。懲らしめてやるか。
そんな会話が聞こえてきたかと思うと、悪魔が目から出てきて、男たちの身体をぐるぐると取り囲んだ。
そしてしばらく経つと、男たちは次々に倒れてしまった。
呼吸はしているようだから、死んではいないらしい。
「おい、何をした?」
―あ?お前を助けてやったんだ。御礼くらい言って欲しいもんだな。
―キヒヒヒヒ。俺達も、自分達のことが可愛いんだ。こんなとこで消滅するわけにはいかねえんだ。
疲れからか、隼人も意識を手放した。
少しして、急激に身体に電流が走ったかと思うと、隼人は目を覚ました。
すでに男たちは起きていて、濡れた隼人の身体に電流を流していた。
「うああああああああ!!!!」
本で、人体実験の際、電気を流すということが書いてあった。
「がっ・・・!ああ・・・!!!」
ぴた、と一度電流を止めると、男は隼人の心臓をぐっと掴む。
「!!!」
それだけでさえ、簡単に心臓が潰されてしまいそうな衝動に駆られる。
はあ、はあ、と息を整えていると、壁際にいた男が、何か手に物体を持ってきた。
それは良く見てみると、鉄で出来た塊で、相当熱いのか、先の方は赤くなっていた。
そういえば、目を覚ましてから、なんとなく部屋の温度が上がっているように感じていたが、古びた窯が稼働していた。
そこでじゅうう、と鉄を温めると、まだ痺れが抜けていない隼人の身体に、それを当てる。
「・・・!!!がっ!!!ああああああああああっッッッ!!!!」
こんなに叫んだのは、いつぶりだろうか。
ただ、我慢出来ないほどの痛みとか痛みとか、それが躊躇なく襲ってくるのだ。
「がはっ・・・!!!」
鉄の塊を隼人の身体から放し、男はまたそれを窯に入れて先端を熱くさせる。
その間に、火傷した隼人のことなど誰も気にせず、電流を流し続ける。
「ああああああっッッ・・!!!」
身体が乾いてきてしまうと、別の男が桶から水を持ってきて、それを隼人の全身にかけるように浴びせる。
火傷にも沁み、身体からバチバチと静電気が発生したときのような音もする。
「口の堅いガキだな」
「時間の問題だろう」
それから何時間にも渡って、隼人は電流と熱い鉄を交互に受けていた。
だが、電流を流し過ぎたのか、徐々に焦げ臭い匂いが部屋に充満してきて、男たちはひとまず電流を止めた。
すっかり隼人は気絶してしまっていて、休憩に入ろうと、男たちは最後に、気絶している隼人の身体に、熱い鉄の塊を当てる。
―クククク。さすがのお前も、今回ばかりは終わりか?
―今までの千石家たちみたいに、上にだけ従っていれば、こんな目にも遭わずに済んだのになぁ。
―しかし、死なれちゃあ困るぜ。
―ああ。まだ早い。
―・・・・・・。俺が今ここで死ねば、丸く収まるのか?
悪魔との意識の波長を合わせた隼人は、悪魔に問いかける。
―全ての責任をお前に被せて、それで終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。
―どういうことだ?
―ケケケケ。興味あるのか?
―・・・・・・。
ここでもしも自分が死んだとして、それでハイ終わり、というなら、それでも良いと思っていた隼人。
だが、もしそれで終わらずにまた何かあるようなら、きっと自分のこの悪魔の力が必要になってくるかもしれない。
そう思うと、簡単に死ぬことが出来ない。
―俺達が地獄に逝くなら、お前も同罪だ。お前が地獄に逝くならまた、俺達も地獄へと堕ちる。ただそれだけだ。
―ヒヒヒヒヒヒ。しかしお前は打たれ強い身体してんなぁ。普通ならもう死んでてもおかしくはねえぞ。
時咲たちが何を考えているのか。
スッと目を開けたときには、もう男たちは次の拷問の準備をしていた。
茹で窯に、アイアンメイデン、剣山、回転するのこぎり。
あちこちが痛むが、もう麻痺してきたのか、すっかり熱さも痺れも感じない。
「もう起きたのか。待ってろよ。またすぐに痛めつけてやるからな」
「・・・・・・」
ニヤリと笑う男を無表情で見つめると、準備をしていた男が一人、近づいてきた。
隼人の顎を掴んで目線を合わせると、満足そうに微笑む。
「可哀そうになァ。千石なんて一族に産まれて来なきゃあ、あいつらと関わることもなかっただろうに」
「あ?」
「あいつらと関わらなけりゃあ、上にも目をつけられなかった。だろ?」
「・・・・・・」
「まったく同情するぜ。もし今からでも俺達の方につくってんなら、上に話しつけてやるぜ?」
男は隼人に話しをもちかけてきたが、それを聞いて隼人は思わずはっ、と笑ってしまった。
「馬鹿にすんじゃねえよ」
「ああ?」
「俺が千石家として産まれてきてもそうじゃなくても、あいつらとは遅かれ早かれきっと関わってた。それを勝手に同情してんじゃねえっつの」
「ならこのまま、殺されても文句は言わねえってんだな?」
「生憎だが、俺は俺のやりたいように生きてきた。後悔はしてねぇんだ。もしここで死んだとしても、悔いは残らねえ」
「・・・残念だ。ここで千石家の血が途絶えてしまうなんて、実にもったいない。だが、お前がそれを望むなら、殺してやるよ」
ぐっと隼人の首を男が掴むと、隼人はしっかりとした目で男を見据える。
「こんな血な、途絶えさせた方が良いんだよ」
用意が出来たのか、男たちが隼人の方へ来る。
「さて、続きをしようか」
「あー!!!仕事に手がつかねぇ!!隼人大丈夫なのかな??紅蓮も無事か?」
一人、悶々と下宿先で仕事をしている渋沢は、思う様に仕事がはかどらない。
締切が近いものから終わらせ、期限を過ぎるようなことはないのだが、やる気が起きないのは確かだ。
ごろん、と横になると、いつの間にか寝てしまっていた。
「あー、もう無理」
学生時代の渋沢には、特別親しい友達がいたわけでもなく、それどころか棒暗記人間だと言われていた。
そうは言われても、渋沢にはそれくらいしか特技という特技がない。
平凡な毎日を送ってきた渋沢は、友達を過ごすこともなく、図書室へと向かっていた。
高い場所にあった本を数冊取って、椅子に座って読んでいたはずなのだが、陽気のせいか、気付くと寝てしまっていた。
「んー」
なにやら騒がしいと思って起きてみると、そこには隼人と紅蓮がいたのだ。
本当にただびっくりしたものだ。
渋沢のことを知ってか知らずか、多分高確率で知らないのだろうけど、だからなのか、二人は特に渋沢のことを笑わなかった。
弟子にしてくれと頼んだり、秘書にしてくれと頼んだりもしたこともあった。
「すごいなー。俺とは全然違うや。きっと二人とも裁判長になるんだろうなー」
そんな呑気なことを思っていたが、隼人は何にもならないと言った。
さらに、運よく自分は裁判長にされた渋沢は、まだまだ勉強不足だと思って紅蓮たちのところに居候という形で一緒に住まわせてもらうことにした。
「渋沢」
「なに?」
「お前さ、なんで裁判長なんて面倒なのになりたかったわけ?」
いつだったか、隼人にそんなことを聞かれたことがある。
その時は確か、正義を信じてるとかなんとか、そんなことを言った記憶がある。
だが、数年、いや、もっと短い期間ここにいただけでも分かってしまった。
所詮、正義なんてものは存在していなくて、人間が勝手に作りあげた土台の上で自分達は動かされているのだと。
嫌になって仕方無くて、辞めようかと悩んでいたときがあったが、あの時は確か、紅蓮にこんなことを言われた。
「周りの正義なんて気にせず、自分の正義を作れば良い」
渋沢よりも上の立場で仕事をしている紅蓮からしてみれば、もっと嫌なところをいっぱい見てきたのだろう。
それでもなぜ仕事を続けているのかと聞けば、信用出来る者がいないから尚更止められないと言っていた。
偏った真実だけを持つ人だらけだった場合、罰せられるべき人が罰せられなかったり、反対もまた然り、ということだ。
幾ら正義を語っていたとしても、金を積まれて正義を偽る者、愛で正義を見失う者、権力に握りつぶされてしまう正義。
「脆いものなんだ。形のない、目に見えない正義なんてな」
紅蓮も、初めて関わった裁判で、悔しい想いをしたことがあるそうだ。
検事に力が足りなかったのか、それとも金で買収されたのかは知らないが、とにかく、裁判において証拠となるものを提出してこなかった。
後から関係者に話しを聞いたところ、弁護士に金を払われ、それで丸く収められてしまったという。
証拠のみが真実となってしまう裁判において、何よりも辛いことだった。
紅蓮は無表情で、怒っている様子はなかったが、目つきはいつもと違っていた。
その日は隼人にも、今日の紅蓮に話しかけるな、と言われるほど。
なんとかしたいと思っても、自分の力では何も出来ないことを知っているからこそ、渋沢は隼人や聖には、現場に来てほしいと願っているのだ。
「隼人も、簡単に覆せる正義が嫌で、弁護士にも検事にも、裁判長にもならなかったの?」
そう問いかければ、隼人は相変わらず本を読みながら、さらっと答えた。
「あ?俺は組織が嫌いなだけだから」
飄々と言われると、ああそうなんだ、とあまり深く突っ込めないものだ。
「・・・・・・」
ふと目を開けると、もう外は夕暮れになっていた。
「やば。結構寝てたかな」
ふあああ、と欠伸をした渋沢は、まだ起きていない脳のまま、テーブルの上に出しっぱなしにしてあったサイダーに手を伸ばす。
「くほっ」
しゅわしゅわときた炭酸と遊んでいた渋沢だが、なんだか気分は落ち込んだまま。
「このままで良いのかな」
いつもなら、紅蓮なり隼人なりが返答してくれるが、今は誰もいない。
「良いわけないよ」
その頃、謹慎中の叶南は、一人でつまらなさそうに飴を舐めていた。
本当なら、仕事もないことだし、ゆっくりのんびりと散歩にでも行きたいところなのだが、外へ行くとなると監視がついてくるだろうと思い、それはそれで面倒なため、部屋でだらだらしていた。
「それにしても、隼人が死ぬ前に、なんとかしないとなー」
これまで、拷問部屋に連れて行かれたのは、隼人で確か、二人目。
最初の一人は、叶南がここに配属されるよりもずっと前だったとかで、それが誰だったのか、どうしてそこへ送られたのか、理由もなにも聞かされていない。
分かるのは、上層部にとっては厄介な人物だったのだろう、ということくらいか。
「ちっ。しっかし、こんなに強く殴らなくてもいいじゃんか。マジ痛ェ」
一日中冷やしていたが、ずきずきと痛むのは留まる事を知らず、叶南はその痛みを抱えながら寝ることになった。
シャワーを浴びながら、風呂場にある鏡を見ていると、そこには痣になっている自分の顔が映る。
「・・・俺の顔、台無し」
はあ、とため息を吐いて、タオルで身体を拭きながらベッドに横になる。
叶南の部屋には、なぜかシャワー室がある。
自分でつけろと言ったのか、もともとついていたのかは定かではないが、きっと前者の方が可能性が高い。
ちゃんと髪を乾かさずにそのまま寝ていると、夜中、寒気に襲われて起きた。
くしゃみをすると、痣の部分が痛い。
「とんだ災難」
「飛騨、舞悠」
「なんでしょうか?時咲?」
時咲たち三人は、集まっていた。
だが、椅子に座っているのは時咲だけで、飛騨と舞悠は壁に背中をつけて立っている。
「もう二度と、あいつらに余計な真似はさせるなよ」
「わかってますよー。隼人は大分弱ってるみたいだし、渋沢はホームシックになってるし。紅蓮は何考えてるか分かんないけど、一人になった今、目立つ行動はしないと思うよ」
「・・・・・・」
叶南はしらないけど、と最後に投げやりな言葉を述べた舞悠だが、ひゅっと顔の横を何かが通り過ぎた。
すぐに壁に突き刺さったソレは、ナイフと呼ばれるものだった。
「ごめんごめん。俺が悪かったよ」
両手を胸の辺りまであげて、降参のような形をとった舞悠の横で、飛騨が呆れたように肩を竦める。
時咲はぎい、と椅子を回して二人に背を向けると、立ちあがって向かいの壁に思い切り拳を入れた。
ドカン、と大きな音を立てると、壁は簡単に崩れて行った。
「良いか。何があっても、あいつらを叩き落としてやるんだ」
沈黙の了承は、三人の合図。
「潰せ」