第1話
文字数 3,698文字
「とにかくね、僕はロマンチストなんですよ!見合いになんて絶対行きませんからね!ましてや政略結婚なんて!馬鹿馬鹿しい!」
僕は机に両手をつき、席を立った。椅子にかけたコートを羽織る。
「こら!ちょっと待ちなさい!浪漫さん!あなた!いい年をこいてアイドルばっかり!待ちなさい!」
僕は母の声を振り切り、店を出て駅に向かって夜道を歩いた。吐く息が白い。駅から離れたこの道は人通りもなく、道を歩くのは僕1人だった。
わざわざ隣の駅まで来たと言うのに、大事な話とは、見合いの話か。それも政略結婚。
全く母にも困ったものである。僕が、いくら由緒正しきオカネアル家の長男で、仕事もできて、顔もいいからって、お見合い?政略結婚?ハンッ!そんなのはぁごめんだね。ボクァは絶対にちゃんと恋愛して結婚するんだ。それにはそんなお見合いなんて、出会い方じゃダメだ。もっとそう、運命的出会いが欲しいんだ!僕は!
「すみませーん」
後ろから声をかけられた。ふん、今の僕は虫の居所が悪いんだ。道なら他の人に聞いてくれるかい。
「あのー、浪漫さーん」
名前を呼ばれ、さすがの僕も振りかえる。とそこには、見知らぬ青年がいた。シュッとした、いけすかない男だ。
「あのですね、俺はあなたの息子です」
「え?」
なにを言ってるんだこいつぁ。
「はいはい、言いたいことはわかりますよ。息子なんておろか、まだ嫁だっていないぜってんでしょ。そんなこたぁわかってますよ」
得意げに男は言った。
不気味なやつ。無視無視っと。
「じゃあ」と言って僕が歩き出すと、
「ちょっと!」と彼は僕を止め、
「俺は未来から来たんですよ」と続けた。
な、なーにをトンチンカンなことを。でも確かに言われてみれば、僕に似て綺麗な顔をしているぞ。
「し、信じられるわけがあるかぁそんなこと」
「はいはい、結構。俺のことは忘れてくれてかまいません。たーだーし、今からする俺の話だけは覚えておいてください」
「なんの話だよ?」
「ヤダなー、息子がわざわざ来るなんて、母さんとのことに決まってるじゃないですかあ」
「か、母さん!?僕は結婚するのか!?」
「この通りをまっすぐいくと、右側の店からコーヒーを持って母さんが出てきます。そのとき、母さんはつまづいて父さんの服にコーヒーを溢してしまいます。絶対に避けないでください。それから、母さんは父さんと同じ駅に向かうはずです。ここから駅までの15分で、2人は恋に落ちるわけです」
息子(と名乗る男)はフフンと鼻を鳴らした。
「ばばば、ばかな!でも、どんな会話をすればいいんだ?僕は女性とのパーティートークなんてチーっとも得意じゃあないぞ?」
「そこは父さんのだーいすきな話をすればいいんですよ」
「僕の大好きな話!?なんだそれは!?」
「ヤダなー父さん。アイドルに決まってるじゃないですか」
息子はおどけたように肩をすくめる。
「お前!?何故それを知ってる?」
「当たり前でしょ。父さんの趣味くらい知ってるよ」
息子は確信めいた物言いをして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「だけど、いきなりアイドルの話なんてできないだろ?」
「そこで俺の出番ってわけですよ。しっかりアシストするから。恋のミドルシュート決めてくださいね」
息子が僕の肩をポンポンと叩く。僕の息子にしては馴れ馴れしいやつだ。が、僕に似て顔が良い。
「よし、じゃあ時間ないから行ってください!それと、この話は誰にも内緒ですよ!ぜっっったいに言わないでください!歴史が変わっちゃったら俺が生まれなくなっちゃうんですからね?」
「わ、わ、わかった行ってくる」
なんだなんだあいつは。一体どうなってるんだ。本当に未来から来たってのか。だとするとなんだ。もう数十年後には過去から未来に来る技術が一般化してるっていうのか。いやその頃にはオカネアル家も今よりずっと権力を有してるやもしれん。だとしても些か技術の飛躍がすぎないか。日進月歩とは言うものの、とても信じられない。ああ、一体どうなってるんだ。頭の中でパチパチキャンディーが弾けたみたいに脳が高速回転している。が、空回りしている気がするのは、気のせいだろうか。
わけもわからず、てんやわんやの心持ちのままその道をまっすぐ行くと、息子の言ったように1人の女性が店から出てきた。やばい緊張する!
テクテクと近づくにつれ、顔がくっきりと見えてくる。とびきりの美女というわけではないが、内角いっぱいギリギリストライクゾーンだ!顔オーケー!
彼女はスマホをいじりながら、店の前から道の真ん中へ出てくる。僕もスマホをいじるフリをして彼女のほうへ歩く。
ビチャ。
「あ、ごめんなさい!」
息子の言ったように、彼女がつまづき、彼女の右手を離れたコーヒーが僕にかかった。こここ、これは、まさか本当に!
「いえいえ、このくらい。大丈夫ですよ」
僕は平静を装う。人生で1番、渾身の熱演だ。
「すみません。すぐ吹きますね!」
彼女はそう言って懐から花柄のハンカチーフを取り出し、せかせかと僕のコートをゴシゴシ拭く。僕の方を見ずに一心不乱にゴシゴシゴシゴシ。
「す、すみません。クリーニング代をお支払いします」と彼女は不安気に立ち上がった。
ほとんど水気は抜けてないし、汚れも取れていないが、気遣いオーケイだ!
「いやあ、いいんですいいんです」
やばいやばい。このままじゃ、何もせずに終わってしまうぞ。そんな不安がこみ上げてきたとき、
「あの〜、ちょっといいですかあ」
誰かの声を背中に浴びた。
僕たちは2人揃って振り替える。
さっきの息子がいた。遅いよ!
「あの〜雑誌の取材でして、ある芸能人を知ってるかどうかの調査なんですが、ほんの一瞬なんでお時間いただけますか?」
「もちろんです!」
僕は思わずやや食い気味にそう答えた。
「ありがとうございます!それで芸能人というのがこの人なんですけど」
息子がそう言って、パネルを取り出した。そこに写っていたのは、
「滝口ゆりな!」
僕の声に誰かの声が重なった。そう、彼女だ。
僕たちはハっと口を手で抑え、思わず顔を見合わせた。
息子は、「ありがとうございました〜」とそそくさと立ち去っていく。
「お、お嬢さん!し、知ってらっしゃるんですか!?ユッリーナを!」
「あなた様こそ、どうしてユッリーナを!?」
「僕は」
「私は」
「ユッリーナの大ファンなんです!(なのです!)」
2人の声が、そして思いが重なった。
これは......もしかして。
「お嬢さん、ちなみにどちらへ?」
「わたくしは駅へ」
「僕もです!でしたらこちらです!道すがらユッリーナについて話しませんか?」
「もちろんです!是非!」
駅までの15分、僕は天にも登る心地よさだった。まさか女性と、こうしてユッリーナについて語り合える日が来るとは。それも内角ギリギリストライクゾーンいっぱいの美女と!
こんな素晴らしいことがあるだろうか。
ああ、駅よ。近すぎる。近すぎるぞ。私はもっともっと話していたいのだ。ああ、駅よ。離れておくれ。
僕の祈りも虚しく、あっという間に15分が過ぎ去り、僕たちは駅に着いた。
「あら、もう着いたのですね」
「そ、そうだね」
やばいやばいやばい。どうすればいいのだ。なんとか連絡先を聞かないと。でも僕にそんな勇気はない。男気はない。色男ぶっても所詮世間知らずのお坊ちゃんなんだ僕は。ああどうしようどうしよう。神よ。アーメン。
「すみませーん」
後ろから、声がかかった。
僕らは同時に振り替える。
見知らぬ女性がいた。
「あのー、私ユーチューバーなんですけど、1日で何人の人と一緒に写真とれるか企画中なんです。ちょっと御一緒に写真撮らせて貰えませんか?」
「もちろんです!」
身知らぬ女性の怪しい申し出に、彼女が食い気味に答えた。やけにノリノリである。
パシャリ。ユーチューバーは写真を撮り、満足気にウンウンと頷いている。
「ありがとうございます。ところでこの写真、記念にお送りしましょうか?」
女性はニヤリと笑みを浮かべる。
「ええ、いいんですか!?これ私のラインです!登録お願いします!」
またも彼女が食い気味に答えた。ちょっと怪しいが、いいのか?
「あ、じゃあお姉さんに、送るんでお兄さん、お姉さんから写真貰ってくれます?」
「え?」
思わず僕は声を漏らす。
それはつまり、そういうことじゃないのか。彼女が僕に写真を送る。彼女が僕に写真を送るには、なにが必要だ。そう、僕の連絡先だ。つまり彼女から僕がこの写真をもらうには、彼女と僕が連絡先を交換する必要がある。そういうことじゃあないのか?
彼女は俺をチラリと見る。
「じゃあ、あとでライン教えてくださいね」
俺は空を見上げた。
これは……運命だ。
僕は机に両手をつき、席を立った。椅子にかけたコートを羽織る。
「こら!ちょっと待ちなさい!浪漫さん!あなた!いい年をこいてアイドルばっかり!待ちなさい!」
僕は母の声を振り切り、店を出て駅に向かって夜道を歩いた。吐く息が白い。駅から離れたこの道は人通りもなく、道を歩くのは僕1人だった。
わざわざ隣の駅まで来たと言うのに、大事な話とは、見合いの話か。それも政略結婚。
全く母にも困ったものである。僕が、いくら由緒正しきオカネアル家の長男で、仕事もできて、顔もいいからって、お見合い?政略結婚?ハンッ!そんなのはぁごめんだね。ボクァは絶対にちゃんと恋愛して結婚するんだ。それにはそんなお見合いなんて、出会い方じゃダメだ。もっとそう、運命的出会いが欲しいんだ!僕は!
「すみませーん」
後ろから声をかけられた。ふん、今の僕は虫の居所が悪いんだ。道なら他の人に聞いてくれるかい。
「あのー、浪漫さーん」
名前を呼ばれ、さすがの僕も振りかえる。とそこには、見知らぬ青年がいた。シュッとした、いけすかない男だ。
「あのですね、俺はあなたの息子です」
「え?」
なにを言ってるんだこいつぁ。
「はいはい、言いたいことはわかりますよ。息子なんておろか、まだ嫁だっていないぜってんでしょ。そんなこたぁわかってますよ」
得意げに男は言った。
不気味なやつ。無視無視っと。
「じゃあ」と言って僕が歩き出すと、
「ちょっと!」と彼は僕を止め、
「俺は未来から来たんですよ」と続けた。
な、なーにをトンチンカンなことを。でも確かに言われてみれば、僕に似て綺麗な顔をしているぞ。
「し、信じられるわけがあるかぁそんなこと」
「はいはい、結構。俺のことは忘れてくれてかまいません。たーだーし、今からする俺の話だけは覚えておいてください」
「なんの話だよ?」
「ヤダなー、息子がわざわざ来るなんて、母さんとのことに決まってるじゃないですかあ」
「か、母さん!?僕は結婚するのか!?」
「この通りをまっすぐいくと、右側の店からコーヒーを持って母さんが出てきます。そのとき、母さんはつまづいて父さんの服にコーヒーを溢してしまいます。絶対に避けないでください。それから、母さんは父さんと同じ駅に向かうはずです。ここから駅までの15分で、2人は恋に落ちるわけです」
息子(と名乗る男)はフフンと鼻を鳴らした。
「ばばば、ばかな!でも、どんな会話をすればいいんだ?僕は女性とのパーティートークなんてチーっとも得意じゃあないぞ?」
「そこは父さんのだーいすきな話をすればいいんですよ」
「僕の大好きな話!?なんだそれは!?」
「ヤダなー父さん。アイドルに決まってるじゃないですか」
息子はおどけたように肩をすくめる。
「お前!?何故それを知ってる?」
「当たり前でしょ。父さんの趣味くらい知ってるよ」
息子は確信めいた物言いをして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「だけど、いきなりアイドルの話なんてできないだろ?」
「そこで俺の出番ってわけですよ。しっかりアシストするから。恋のミドルシュート決めてくださいね」
息子が僕の肩をポンポンと叩く。僕の息子にしては馴れ馴れしいやつだ。が、僕に似て顔が良い。
「よし、じゃあ時間ないから行ってください!それと、この話は誰にも内緒ですよ!ぜっっったいに言わないでください!歴史が変わっちゃったら俺が生まれなくなっちゃうんですからね?」
「わ、わ、わかった行ってくる」
なんだなんだあいつは。一体どうなってるんだ。本当に未来から来たってのか。だとするとなんだ。もう数十年後には過去から未来に来る技術が一般化してるっていうのか。いやその頃にはオカネアル家も今よりずっと権力を有してるやもしれん。だとしても些か技術の飛躍がすぎないか。日進月歩とは言うものの、とても信じられない。ああ、一体どうなってるんだ。頭の中でパチパチキャンディーが弾けたみたいに脳が高速回転している。が、空回りしている気がするのは、気のせいだろうか。
わけもわからず、てんやわんやの心持ちのままその道をまっすぐ行くと、息子の言ったように1人の女性が店から出てきた。やばい緊張する!
テクテクと近づくにつれ、顔がくっきりと見えてくる。とびきりの美女というわけではないが、内角いっぱいギリギリストライクゾーンだ!顔オーケー!
彼女はスマホをいじりながら、店の前から道の真ん中へ出てくる。僕もスマホをいじるフリをして彼女のほうへ歩く。
ビチャ。
「あ、ごめんなさい!」
息子の言ったように、彼女がつまづき、彼女の右手を離れたコーヒーが僕にかかった。こここ、これは、まさか本当に!
「いえいえ、このくらい。大丈夫ですよ」
僕は平静を装う。人生で1番、渾身の熱演だ。
「すみません。すぐ吹きますね!」
彼女はそう言って懐から花柄のハンカチーフを取り出し、せかせかと僕のコートをゴシゴシ拭く。僕の方を見ずに一心不乱にゴシゴシゴシゴシ。
「す、すみません。クリーニング代をお支払いします」と彼女は不安気に立ち上がった。
ほとんど水気は抜けてないし、汚れも取れていないが、気遣いオーケイだ!
「いやあ、いいんですいいんです」
やばいやばい。このままじゃ、何もせずに終わってしまうぞ。そんな不安がこみ上げてきたとき、
「あの〜、ちょっといいですかあ」
誰かの声を背中に浴びた。
僕たちは2人揃って振り替える。
さっきの息子がいた。遅いよ!
「あの〜雑誌の取材でして、ある芸能人を知ってるかどうかの調査なんですが、ほんの一瞬なんでお時間いただけますか?」
「もちろんです!」
僕は思わずやや食い気味にそう答えた。
「ありがとうございます!それで芸能人というのがこの人なんですけど」
息子がそう言って、パネルを取り出した。そこに写っていたのは、
「滝口ゆりな!」
僕の声に誰かの声が重なった。そう、彼女だ。
僕たちはハっと口を手で抑え、思わず顔を見合わせた。
息子は、「ありがとうございました〜」とそそくさと立ち去っていく。
「お、お嬢さん!し、知ってらっしゃるんですか!?ユッリーナを!」
「あなた様こそ、どうしてユッリーナを!?」
「僕は」
「私は」
「ユッリーナの大ファンなんです!(なのです!)」
2人の声が、そして思いが重なった。
これは......もしかして。
「お嬢さん、ちなみにどちらへ?」
「わたくしは駅へ」
「僕もです!でしたらこちらです!道すがらユッリーナについて話しませんか?」
「もちろんです!是非!」
駅までの15分、僕は天にも登る心地よさだった。まさか女性と、こうしてユッリーナについて語り合える日が来るとは。それも内角ギリギリストライクゾーンいっぱいの美女と!
こんな素晴らしいことがあるだろうか。
ああ、駅よ。近すぎる。近すぎるぞ。私はもっともっと話していたいのだ。ああ、駅よ。離れておくれ。
僕の祈りも虚しく、あっという間に15分が過ぎ去り、僕たちは駅に着いた。
「あら、もう着いたのですね」
「そ、そうだね」
やばいやばいやばい。どうすればいいのだ。なんとか連絡先を聞かないと。でも僕にそんな勇気はない。男気はない。色男ぶっても所詮世間知らずのお坊ちゃんなんだ僕は。ああどうしようどうしよう。神よ。アーメン。
「すみませーん」
後ろから、声がかかった。
僕らは同時に振り替える。
見知らぬ女性がいた。
「あのー、私ユーチューバーなんですけど、1日で何人の人と一緒に写真とれるか企画中なんです。ちょっと御一緒に写真撮らせて貰えませんか?」
「もちろんです!」
身知らぬ女性の怪しい申し出に、彼女が食い気味に答えた。やけにノリノリである。
パシャリ。ユーチューバーは写真を撮り、満足気にウンウンと頷いている。
「ありがとうございます。ところでこの写真、記念にお送りしましょうか?」
女性はニヤリと笑みを浮かべる。
「ええ、いいんですか!?これ私のラインです!登録お願いします!」
またも彼女が食い気味に答えた。ちょっと怪しいが、いいのか?
「あ、じゃあお姉さんに、送るんでお兄さん、お姉さんから写真貰ってくれます?」
「え?」
思わず僕は声を漏らす。
それはつまり、そういうことじゃないのか。彼女が僕に写真を送る。彼女が僕に写真を送るには、なにが必要だ。そう、僕の連絡先だ。つまり彼女から僕がこの写真をもらうには、彼女と僕が連絡先を交換する必要がある。そういうことじゃあないのか?
彼女は俺をチラリと見る。
「じゃあ、あとでライン教えてくださいね」
俺は空を見上げた。
これは……運命だ。