第3話

文字数 1,055文字

「じゃあ、お父様!行ってきますわ!」

夢子はニコニコとお出かけ用の、1番お気に入りのリュックを背負う

「なあんだ?また浪漫くんとデートか?」

「うふふ、わかる?」

「全く、すっかり首ったけだなあ。まあ浪漫くんならかまわん。このまま結婚でもしたらどうだ?」

「やだあ、気が早いわよお父様」

夢子は照れるように手を振って、

「でも、可能性は高いかも」

とおどけてみせた。

「はっは、じゃあ行ってらっしゃい」

「はあい、行ってくるわね」

夢子がリビングを出て、玄関の方へ駆けていく。少しして、ドアの開く音がした。

それにしても、うまくいったな。

夢子の父はニヤリと笑い、紙タバコに火をつけた。

同時に電話が鳴る。

「はい」

「あーもしもし、イエデカイさん?夢子さん、今日うちの浪漫さんとデートなんですって?」

声の主は浪漫の母だ。

「ああ、オカネアルさん。楽しそうに行きましたよ。いやあよかったよかった。これでうちとおたくの付き合いもうまく行きそうだ」

夢子の父は満足気に煙草の煙をふうっと吐き出す。

「そうねえ。案外うまくいくものなのね。でもいいのかしら、あの子たち、本当に運命だと思ってるわよ」

「はっは。オカネアルさん。私はね。恋に運命なんてものは信じていないんだ」

「あら、どうしてそう思われるの?」

嫌らしい口調で浪漫の母が聞いた。

「一見、偶然に見える出会いも、自分自身の、そして周りの人間の選択の積み重ねがそれを起こさせるんだ。そこには、確実に、人の意思が存在するでしょう?それを運命というなら、我々が画策した今回の出会いだって、運命と言えるんじゃあないですか?」

「なるほど、さすがイエデカイさん。少し心が軽くなりました。我々の行いも悪ではなかったということですね」

「はっは、むしろ人助けですよ。夢子たちは幸せそうじゃないですか」

「それがなによりですものねえ。じゃあ取引の件、よろしくお願いしますね」

「ええもちろん、このまま結婚までいかせましょう」

「あらあ、気が早い。じゃあ、くれぐれもよろしくお願いしますね」

ガチャリと電話を切る。

夢子の父は椅子を立ち、窓の外を眺め、考えた。

結局、運命とは元来あるものでなく、我々の認識の問題であるのだ。何を“運命”とするか。それに応じてそれぞれの“運命”は決まる。もしこれで彼らが本当に結婚するなら、結局それが彼らにとっての“運命”であるのだ。

夢子の父は灰皿で、乱暴に煙草を消した。
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