第一章

文字数 2,427文字

 今年は例年と比べて少し気温が低く、比較的過ごしやすい夏であった。まだ八月が終わったばかりなのに、少し肌寒く感じる気候である。半袖を着ている人がほとんどだが、薄手の長袖でも過ごしやすいかもしれない。
 青葉駿太は学校へと続く道を歩いていた。駿太が通う桜ヶ丘中学校は郊外にある市立中学だ。桜ヶ丘中学校の特徴は、校門へと続く通称、桜道と呼ばれている、両側に桜の木が植えられているアスファルト道があることだ。今は当然桜は咲いていないが、春になると満開の桜が見られる。駿太は、その桜道を校門へと歩いて登校している。
 駿太はこの夏、中学三年間所属していたバスケ部を引退した。桜ヶ丘中学は、市立中学では珍しく、運動部がとても盛んだ。駿太が所属していたバスケ部も、今年の夏の大会では全国大会まで進んだ。惜しくも、決勝で負けたが、部活動仲間とはいい思い出が作れたと思っているし、本当にいい汗を流した日々だった。夏休みも部活が大半で、達成感もあり、だけど引退した今は少し寂しい気分でもあった。
 そんな、バスケに明け暮れた夏休みも昨日で終わり、今日から二学期だ。
「今年は受験だな」
 駿太は呟いて、受験勉強に追われる自分に肩を落として歩いていた。すると、タタタタタッと誰かが後ろから走ってくる音がしたので、振り返ると間もなく背中をど突かれた。
「駿太、おは!」
 息をゼエゼエいわせながら、柳田航平が頭をクシャクシャしてきた。
「痛ぇよ、航平」
 航平は、駿太のクラスメートだ。そのイケメンぶりは、誰もが認めるところで、駿太も航平のことは、イケメンだし優しいし、クラスで一番のモテ男だと思っている。そんな航平と友人であることが、駿太の自慢でもあったりする。
「お前は朝からテンションが高いな」
「いや、普通だし。てか、今日はいつもよりは高いかもな」
「何でだよ」
「だって駿太、今日は転校生が来るんだろ」
 そうだった。二学期のはじめに、転校生が来るとかなんとか担任が言っていたのを駿太は思い出した。
「可愛い女子だといいよな〜」
 航平はそんなことを連発しだした。
 まあ、確かに駿太もそれには賛成だ。
 学校に着くと駿太はクラスメイトと共に体育館に入った。始業式があるからだ。
 クラスメイトたちは相変わらずワイワイガヤガヤと喋っていて、先生に「静かに!」と注意され、それが合図のようにして始業式が始まった。
 学校の式事で、何が嫌って校長の長々とした話を立って聞かなければいけないことだ。駿太も校長が話している間、早く終われと祈るばかりで、話の内容なんて何も入ってこない。他のクラスメイトもそんな感じで、髪の毛を触ったりして時間を弄んでいる。
「それでは、二学期も頑張りましょう」
 長々とした校長の話がやっと終わった。ずっと立っていたから足が痛い。
「はぁ・・・・・・」
 他の生徒のものと思われる溜め息が聞こえてきた。
「やっと始業式おわったな。教室に戻ろうぜ」
 航平が誘ってきたので、駿太も教室に戻ることにした。
 教室に戻ると間もなく始業のチャイムが鳴り、我が三年二組の担任である川本先生がドアを開けて教室に入ってきた。
「はい、席について」
 川本先生の号令で各々が席に着く。
「学級委員、号令」
 学級委員である駿太は皆に号令をかける。
「起立、礼、おはようございます」
「おはようございます」
「着席」
 皆が席につく。
「では、ホームルームを始めます」
 川本先生が黒板に『転校生』と書いた。
「まず始めに、このクラスに編入になった新しい仲間の紹介です」 
 川本先生が手で合図すると、その転校生が教室に入ってきた。
「はい、みんな拍手で迎えましょう」
 疎らな拍手がおこった。なんか、異様な空気感に包まれている。
「今日からうちのクラスに新しく加わることになった、ノナカノゾミ君です」そう言うと、川本先生が黒板に書き始めた。
『野中希』
「では、野中君。これから、よろしくね」
 なんなんだろう。なんか、川本先生だけが異様に明るく、他の生徒たちは全く歓迎していないように感じる。駿太は、野中希を見た。野中希は、俯いてただ床の一点を睨みつけている。目は大きい印象だが睨みつけているせいか、細めているように感じられた。また、痩せているでも太っているでもない。髪型は、耳が隠れるくらいのストレートヘアである。一見すると、女っぽいという印象を受けた。
 野中希は、さっきから同じ姿勢のまま口を開こうともしない感じだ。クラスの連中も、さっきから黙っている。駿太も、ただ黙って野中希を観察する。
 そんな中、周りからチラホラと喋り声が聞こえてきた。駿太は、その内容までは分からなかった。
 そのとき、クラスのボス的存在である海東拓人が口を開いた。
「あーあ、陰キャラの登場か。可愛い女の子だったらよかったのに」
 すると周りから笑いが起こった。
「拓人の言う通りだぜ。全く意味わかんねーよ」
「ホント、可愛い女子だったらな」
 拓人の取り巻き連中も野次を飛ばしだした。
 駿太は焦った。自分自身も何でかは分からないが、この雰囲気をどうにかしないとと思ったのだ。学級委員としての自覚からかもしれない。駿太が口を開こうとしたとき、透き通る声が暗い雰囲気の教室に響いた。
「ちょっとやめなよ」
 声のした方を見ると、駿太と同じ学級委員である花澤咲が席を立ったところだった。
「新しいクラスの仲間なんだよ。海東君もそういう言い方はないと思う」
 さすがは、咲だ。女子の花形的な存在である咲に言われて拓人も肩をすくめた。
「はいはい、わかりましたよ」
 咲の一言で教室の嫌な雰囲気から解放された感じだ。咲は勉強も運動も出来る優等生である。駿太の幼馴染が咲であるのは、駿太にとって自慢の一つだったりする。
 しかし、駿太は不安であった。これから、卒業まで約七ヶ月。本当に野中希と上手くやっていけるのだろうか。学級委員としての責任もある。
 駿太は改めて野中希を見た。希は咲を睨みつけていた。
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