プロローグ

文字数 575文字

「あなた、またですか・・・・・・」
 野中妙子は神妙な顔つきで俯いた。
「仕事だから仕方ないだろ」
 妙子の夫である泰造は、ぶっきら棒にいってから、ビールに手を伸ばし、ぐいっと一口飲んだ。
「希のこと、心配じゃないんですか」
 妙子は顔を上げ、泰造を見た。泰造は表情一つ変えず、無言で妙子が作った夕食を食べている。妙子は機械的に食べているようにしか見えず、一層気分が落ち込むのであった。
 泰造は銀行員で、二年、早ければ一年程で支店の異動を命じられるため、その度に一家三人で引っ越しをしてきた。そして今、妙子は、また異動をすることになったと夫から聞かされたのだ。妙子は、単身赴任も考えてよ、と夫に伝えたことがある。それは、もちろん泰造のことが嫌とかいうのではなく、我が息子の希のことを考えてのことだ。希は、中学生だ。妙子は、なるべく転校させてやりたくなかった。しかし、夫の泰造は単身赴任を酷く嫌がった。飯はどうするんだとか、家事は誰がするんだとか、そういう類のことが心配らしい。息子の希が転校しないといけなくなるということは、全然考えてくれない。妙子は、夫から異動の知らせを聞かされる度に胸が痛む思いをしてきた。
「せめて、希が中学を卒業するまでは・・・・・・」
 妙子はため息混じりに呟いたが、語尾は小さく萎んでいき、泰造の耳には、当然届いてはくれないようだった。
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