ペンギン・アンテナ【三題噺十一】

文字数 1,931文字

 南氷洋での活動の終盤だった。前方に竜巻を発見すると、回収する時間のなかった延縄はブイをつけて放ち、設備は急ぎ撤収固定し、船員を船室に避難させた。気象係は竜巻の進路を素早く計算し、船長の私は竜巻の過ぎるであろう方向へと舵を切った。しかし一旦遠ざかった竜巻は再び我々の船に迫り来ている。私は再び舵を竜巻の過ぎるであろう方向へと切ると、竜巻は船の横を暴風を吹き荒らしながら通り抜け、瞬く間に遠く離れていった。
 延縄の回収に船を旋回させていると、竜巻に巻き上げられたと思われる魚や海藻が空から大量に落ちて来た。我らの甲板にも落ちた様子で、風が止んで外に出ると、我々は商品価値のありそうなものを選り分け腹を開いて冷凍室に投げ込んだ。潰れた魚や烏賊に紛れて、血だらけのペンギンが三羽いた。海に還そうかとも思ったが、気の迷いも手伝って私は三羽のペンギンを冷凍室に投げ込んだ。
 日本の港に戻ると、水揚げの中に「ペンギンがいる」と騒ぎになり、しかも「一羽は生きている」という。水揚げに責任のある私は死んだ二羽を剥製にし、生きている一羽については地元の動物園へ寄贈しようとその日は抱いて家に連れ帰った。鰯のすり身を飲み込まされたペンギンは翌朝には元気を取り戻し、体を洗ってやったあと私はペンギンを動物園へ連れていった。
 ペンギンは動物園で元気に暮らすと思っていたが、ある日動物園から連絡があり、種類が違うせいか他のペンギンにいじめられるので、殺処分していいかとの問い合わせを受けた。二ヶ月後の遠洋で彼の地に還してやりたいと思った私はペンギンを引き取り、二ヶ月だけ家で世話することにした。幸いにもペンギンは引き取りに行った私を認識し、よく懐いた。海で泳がせると、そのまま自由に大海原を行くこともできるはずが、私の分のイワシまで獲って戻って来た。
 出航まで一と月となった頃、頼んでいた剥製が出来上がって来た。ペンギンは久しぶりに再会した同胞の姿にショックを受けるかと思ったが、二体に寄り添う姿があった。心なしか剥製の二体も、ペンギンが横にいるときは嬉しそうな表情で、光の加減だとは思うが目がピカッと光った。
 妻が残業で遅くなるときは私が夕飯を作り妻の帰りを待つのだが、ある日夕食の支度をしていると豆腐を切らしていると気付いた。妻に豆腐の買い物を頼もうかと思ったが、そろそろ帰ってくるだろうからと、その日は豆腐ではなくあり合わせの野菜で吸い物を作った。私が夕餉の支度に忙しいと解ったペンギンは、二体の剥製の横でじっと微睡んでいた。やがて妻は豆腐を買って帰って来た。
「あれ、以心伝心かな、豆腐が欲しいなんてよくわかったね」
「なんかね、私の意識の奥底が『豆腐買ってきて』ってメッセージを受信したの」
 それからも妻は残業の度に、私が買って来て欲しいと頭の中で思ったものを買って帰って来た。長く共に生活する者同士の波長の生む偶然だろうと、深くは考えなかった。
 二回目の遠洋に出る時、船には二体の剥製も乗り込み、妻は名残惜しそうに我々を見送った。二体の剥製は操船室の窓に立ち、ペンギンは剥製の横に立って見送る妻を窓から見ていた。気のせいか二体の剥製の目にもキラリと光るものがあり、岸壁の妻はうんうんと頷きながら手を振っていた。
 船が南氷洋に入り、前回の漁の際に竜巻に遭った辺りに来ると、やおらペンギンは二体の剥製の間に立ち、じっと何かに集中し始めた。私は探知機やソナーで魚群を探り、延縄を張る場所を探した。もうあと数キロで南極の氷が流れ始めようというあたりで、見張りの船員から「ペンギンに囲まれている」との連絡が入った。見ると船は数多のペンギンに囲まれながら進んでいた。
 私はペンギンを海に還そうと操船室の窓に近づいた。気のせいか二体の剥製の目が明るく点滅していた。私はペンギンを窓から降ろし、左舷の小型救命ボートに乗せると海面にボートを降ろした。ペンギンは私の方を見てしばらくじっとしていたが、やがて意を決したかのように水中に飛び込んだ。私はこれで良かったのだと思い、救命ボートを引き上げ、ペンギンが船の周りから離れたことを確認し延縄を降ろした。
 予定の漁を消化し帰還を前に、二体の剥製越しに延縄を回収する船員を見ていると、ふと意識の奥底にメッセージを感じた。
「半年ぶりにオキアミをお腹いっぱい食べました!いままでありがとう!」
 どうやらこの剥製の二体をアンテナにメッセージを念力で送受信できると気付いた。残業帰りの妻の買い物や、出港時の妻の頷きも理解できた。私はペンギンに「また会おうな、達者でな!」と伝えると、何か買って帰るものはないかと妻に念力で尋ねてみた。
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