危険な遊び

文字数 1,884文字

 収入になるわけでもなく、腹一杯になるわけでもなく、若い女性を相手にするならまだしも、二十歳から六十歳までの成人男性をターゲットにするという、そんなゲームに乗ってしまったのは今になって思えば若さの暴走だった。制限時間内に、ターゲットの男性の身体に自分の身体を近づけ、十センチ以内の距離に自身の体の一部を近づける、或いは接触させる、その累計時間を計測し、時間の長かった者が勝つという他愛もないゲームだった。近づくだけでなく接触させた場合の時間は、着衣の上からなら二倍、皮膚に直接なら三倍、という条件加算でスリルを煽るルールも備えていた。
 あの日のゲームは制限時間を三分に設定し、五十音順で突撃しようと決めて「赤家」が先陣を切った。赤家は大型コインランドリーを場所に選んだ。僕たち二人は入り口で、一人がストップウォッチを片手に、一人が双眼鏡を片手に、赤家を見守った。
 赤家は、ドラム脇のソファに座り文庫本を読む学生風の若い男に目をつけた。壁にもたれた男の背後に回れないと見た赤家は、洗濯するドラムの様子に男の視線が移った隙に、スッと身を屈めて男の横からソファの下に潜った。一瞬、男が目線を足元にずらしたので、これはバレたのではないかとヒヤリとしたが、男はまた本を読み始めた。赤家はしばらく男の様子を伺い、十センチ以内の距離感を遊ぶと、なんなくズボンの裾に触れた。赤家は一分の経過を確認すると、残り時間を足首に直接触るポイント三倍の勝負に出た。赤家はじっとタイミングを伺うと、残り二十秒で右の足首に触れた。男は何かを感じたのか、すっと足を前に出すと足首をじっと見つめ、ソファの下に目をやった。赤家は間一髪でソファの下から出たが、ソファを出て出口に向かう姿を男に睨まれた。記録は十センチ以内に三十秒、ズボンの裾一分三十秒 ×二、足首五秒×三で、合計二百二十五秒だった。
 次は「嶋」だから僕の番だった。僕は病院の待合室を場所に選んだ。外見判断とはいえ六十歳を超える標的が多く、六十歳未満の成人男性で人目につきにくい椅子に座っていた男は後列の一人で、標的は自ずと決まった。僕は男の座る椅子の背後に廻り、男の椅子の下に潜り込んだ。病院の待合室の床は消毒液臭がきつく長く滞留できなかった。想定外の障害に僕は足元を諦め、男の背中にまわり着衣の上から手を当て二倍加算される時間を確実に取る作戦に出た。記録は足元で消毒液臭にやられながら十センチ以内に計十三秒、背中のシャツ二分七秒 ×二、合計二百六十七秒だった。
 最後に僕たちの中ではいちばん運動神経がよかった「藪」の番が回ってきた。藪は高得点狙いで銭湯を場所に選んだ。銭湯の入り口でレディースの集団にばったり出会った。彼女らは僕らを見るなり、
「珍しいところで会うね、ここは私たちのシマだよ、坊やたちはいつもどおりお花畑で遊んでな」
と挑発してきた。今思えば素直に聞いて引き返せばよかったが、僕らは男湯に用があって女湯に用はなかったし、勢いの消えぬうちに入場した。すると目の前には、まるで御伽噺の絵本の中に迷い込んだかのような幻想的な光景が広がっていた。数人の標的の周りには、季節外れの花が大輪に咲き乱れ、龍や蛇が身をくねらせ、般若が笑い、虎と獅子が跋扈していた。
 藪は椅子に座って扇風機の柔らかい風を浴びるスキンヘッドの男に目を奪われた。男の胸元には藪の好きな牡丹の花が抱えられていたのだ。だがスキンヘッドの男は周りを龍や虎や大蛇や般若に囲まれ、近づくのが難しそうだ。藪は男がうとうと浅い眠りに落ちていく様子を見逃さず、男を囲む獣らが直立不動で動かない隙をするりと縫い進み、夢見心地の男の足元に身を寄せた。藪は大胆にも男の胸の牡丹に近づいたが、牡丹の横にいた獅子がじっと睨みを利かせてきたので慌てて獅子の背後に回った。藪は全身に緊張を漲らせながら牡丹の横に手を置いた。僕と赤家は藪の緊張を感じながら、固唾を飲んで直接接触三倍加算の時間を計測した。するとやおら蛇が動き出し、よく見るとメビウスのように頭が四つあり、するすると牡丹の花に近づくとあっという間に藪に噛み付きひと飲みにした。
 椅子の男は驚いた様子で目を見開き、蛇をぐっと睨みつけたが、蛇はすかさず
「失礼しました、血は吸われていなかったようです」
そう言って潰れた藪の亡骸を男に見せた。男は蛇の頬を平手打ちしてまた椅子に身を深く沈めたが、蛇の口元からは血が流れた。立ち込める血の匂いに僕も赤家も吐気を催したが、レディースたちは目をぎらつかせて壁を超えて飛んできた。
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