第7話 <絨毯なんていらない!>

文字数 1,926文字

ランチの後、
あかりちゃん達はこれからフェズに向かうとのことで別れた。


また少し町をぶらついてモハメッドとの約束の時間になったので、

車の停めてある広場近くの駐車場に戻った。


「ハーイ!マダム!楽しんだ?」


モハメッドはいつも私にこう聞く。


「Yes!」


元気に答えた。


「ホテルに向かう前に、
知り合いの絨毯屋が近くにあるんだけど行くかい?」



モハメッドが聞いた。


「絨毯屋か……」


二の足を踏んでしまうのにはワケがあった。

モロッコではラグを高額で売りつけられるという話を
ネットでよく目にしたからだ。


それにモロッコの派手派手しいラグは私の趣味に合わない。

買う気もないのに買わされたらどうしよう……。


そんな事を考えながら優に「どうする?」と聞いてみたけど、

「これは奈美さんのツアーだから奈美さんに従うよ」と言われてしまい、

なんとなく断りづらかったので「わかった、行く」と返事をした。


町の中心から少し離れた場所にラグのお店はあった。


「アッサラームアレイコム!(こんにちは!)」

とモハメッドは店に入り、店主と握手をし、

店主は「さあどうぞ!」と私たちを中に迎え入れた。


そして手のひらを下に抑えるようなジェスチャーをして、
椅子に座るように促した後、
奥から一人の女性が出て来て、
ミントティーを「どうぞ」と置いていった。


ミントティーを飲みながら待っていると、

店主は奥から何枚かのラグを持ってきて、
次々と床に広げ始めた始めた。


「これはウール! そして草木染め!
緑はミント、青はインディゴ……」

と説明を始める。

「草木染めだから物はいい!」

とおすすめしてくるが、
本当に草木染めかどうかはマユツバだ……。


「うーん……」とうかない顔をしていると、

「違う? どんなのがいい?」と聞いて来る。


「いや、買わないし。 別にどんなのも欲しくないし……」


と黙っていると、また奥から別の系統のデザインのラグを持って来て
広げ始める。


私は「うーん」と黙る。


またラグが出て来る……の繰り返し。


「困ったなぁ」とモハメッドを見ると、
入り口の近くに座って黙ってこっちを見ている。


助けてよーー!
あ、もしかしてモハメッドもこの店主とグルなの!?


ガイドはラグ屋と結託していて観光客を店に誘導するという話は
よくあるようだ。

私、カモにされてるの?


何だか腹立たしい気持ちになった。

優はのん気に
「あ、あれカッコいいじゃん!」
と私に話しかけてきていたが、
あまり耳に入らなかった。


エンドレスにラグが出て来そうな状況に、

店主に「ノーサンキュー!」と言い、
「ごめん」とモハメッドに言って店を出た。


店主は「ジャポネーゼ わからない!?」
と言った表情で私を見送った。


イライラを鎮めようと外で深呼吸をすると、
後からモハメッドと優もやってきた。


モハメッドはちょっと怒ったような顔をしていた。


「あなたはラグを売りつけられると思って、
怖い怖いって思っていた。

僕は別にラグを買ってもらいたいと思ってない。

あなたに楽しんでもらいたかっただけ。

それなのにあなたは『No!No!』ってラグを見ようとしなかった」


ズバッと言われてショックだった。


「せっかくモロッコまで来たんだから、
もっとエンジョイしなさい!」


「……」


モハメッドの言う通りだ。
私はラグを売りつけられるのが怖くて、
ラグを見ようともしなかった。


優はいろんなラグを見て楽しそうだった。



同じ時間を過ごしたのに、私はお金の損はしなかったけど、
心は損をした気がした。


「オーケーわかった。 そうだね、もっと楽しまないとね」


そう言うとモハメッドは優しい表情に変わり、
「それじゃ、ホテルに向かおうか」と言った。

優はまた宿を探すと言って、市街地に近い所で車を降り、

私は市街地を見下ろす高台のホテルにチェックインした。


さっきモハメッドに言われた事が胸に突き刺さっていた。


なんとなく携帯をバッグから取り出す。


悟史からの返事が来ているかどうか気になっていた。
でもブロックを外すことはできなかった。



もし返事がなかったら……いや来ていたとしても見るのは怖い。

恐れがなくなったらもっと自由になれるのにな……。


悟史に連絡する代わりに優にメッセージを送った。


「さっきはゴタゴタしてごめん。 今どこにいるの?
もし今夜何も予定なければ、ちょっとお酒でも飲みませんか?

お酒飲める所あるかどうかわからないけど、ちょっと飲みたい気分で」


返事はすぐに来た。


「オッケー! 予定ないし大丈夫。
お酒飲める所あるか調べるよ。

18時ごろホテルに迎えに行く」


私はまだまだ弱い……。



目を閉じて小さなため息をついた。
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