第2話 あるき水
文字数 2,204文字
光希はカッパを羽織り、頭にはフードを深くかぶっていた。
雨は冷たく、まるで心の不安を洗い流そうとするかのように降り注いでいる。
しかし、光希の心には重い鉛のような不安が募るばかりだった。蛍子が目撃した怪異の正体を確かめるため、彼は妹が通る通学路へと向かっていた。
細い路地に足を踏み入れると、雨の音が一層強く耳に響いた。
狭くて暗い雰囲気が漂い、昼間でも薄暗いこの場所は、まるで別の世界に入り込んだかのような感覚を抱かせた。古い家々が並び、長い年月を経て朽ちかけた外壁には苔が生え、雨水が滴り落ちていた。
「蛍子がここで……」
この道を通っている時、彼女は異変を感じ取ったのだ。それを思うと光希の胸が痛んだ。自分が代わってやりたいとも思った。
だが、今は妹のためにもこの怪奇現象を解明しなければならない。
「どこにいるんだ……」
光希は呟きながら、周囲を見渡した。
雨の音にかき消されるような小さな声が、自分自身の不安を反映しているようだった。
その時、不意に目の前の水たまりが動いたように感じた。
光希は驚いて立ち止まり、じっと見つめた。水たまりの中で水が渦を巻き、ゆっくりと形を変えていく。
水たまりの中で小さな渦が生まれ、ゆっくりと回転し始めた。渦は次第に大きくなり、その動きはどこか生き物の呼吸を連想させるようなリズムを持っていた。
光希は目を凝らして見つめ、その異様な現象に目を奪われた。
渦の中心から水が盛り上がり、まるで透明な触手のように形を変えながら伸びていく。その触手は空中でしばらく揺れ動いた後、再び地面に戻り、ゆっくりと一つの楕円形の塊を形成した。その塊は完全に透明でありながら、光の加減で微かに虹色に輝いていた。
大きさは、フットボールくらい。
その第一印象は、山梨県の水信玄餅かのようであった。
光希の目の前で、その透明な塊がまるで意思を持つかのように動き出した。塊は地面を這うように進み、一歩一歩、まるで見えない足を持っているかのように道を歩いていった。
水たまりから生まれたその生物のような存在は、周囲の景色を歪ませながら雨の中を進んでいく。
光希は息を呑み、その奇妙な光景に目を奪われた。塊が移動する度に、周囲の空気がひんやりと冷たくなり、彼の肌に冷たい霧がまとわりつくように感じられた。その塊の動きは滑らかで、まるで水面を滑るように静かだったが、その静けさがかえって不気味さを増していた。
「これが、あるき水……」
光希は風樹が教えてくれたことに目を見開いた。
水たまりがまるで生き物のように動き出し、透明な塊となって道を歩き始めたのだ。
【あるき水】
雨の日に現れる怪異。
その名の通り水の塊のような存在で、歩いていく。
山梨県甲府市の女性が目撃したもので、雨の中、2~3個を歩いて行くのを見たという。
その体験談を、漫画家・水木しげる氏に送り水木氏は目撃画談にしている。
あるき水はまるで道を知っているかのように、迷いなく進んで行く。
光希が見ていることに気づいていないのか、襲いかかって来る様子もなく、彼はその水の怪異の後を追うことにした。
あるき水は住宅のある場所から離れて行く。やがて人気のない雑木林の中へと入っていった。
周囲は暗く不気味な雰囲気に満ちており、光希は思わず身震いをした。それでも勇気を振り絞り、足を踏み出す。草をかき分けるようにして進むと、その先に開けた空間が現れた。
(ここは……)
そこには高さ30cm程の小さな祠と石碑があった。
石で作られたそれは、苔むして倒れ、木造の祠も木が腐り長い間誰も訪れていないことが伺われた。周囲には枯れた草木があり、手入れされた様子もない。放置されてかなりの時間が経っているようだった。
そんな場所に、まるで異世界への扉が開かれたかのような不思議な雰囲気が漂っているように見えた。木々の間から見える空は薄暗くなっており、夕暮れが近いことを告げているように思えたが、まだ雨は止んでいなかった。
光希は祠に目を奪われ、あるき水がどこに行ったのか見失ってしまったことに気づいた。慌てて周囲を見渡すと、自分の真後ろに、あるき水の姿があった。
光希は咄嗟に歩型を弓歩へと取る。
弓歩とは、武術 (中国武術)では最初に習う歩型の一つで、左膝は90度まで曲げ大腿部が地面と水平になるまで腰を落とす。右膝は緩めたり曲げたりせずにしっかりと伸ばし張る。
拳法は重力を使って力を伝えて力を出していく、姿勢を低くすればするほど、その反発によって、強い力が出てくるのだ。
光希は素早く体勢を整えると共に拳を握り、呼吸を整えた。
だが、あるき水は襲ってくる気配もなく、その場でゆらゆらと揺れているだけだった。まるで何かを訴えかけるかのような様子だ。
光希は祠へと目を向ける。
「もしかして……」
そう言うと、光希は構えを解く。
それから、あるき水に対して両手を合わせた。
「僕がこの祠を立て直します。石碑も元に戻します。ですから妹を助けてください」
そう言って深々と頭を下げたのだった。
すると、水溜まりは満足したようにくるりと回転したかと思うと、一瞬にして姿を消したのである。
雨は未だに止むことなく降り続いていた。
しかし、雲間から光が差し込み始め、辺りは次第に明るくなっていった。その光は暖かく、周囲を優しく包み込んでくれているような気がした。
雨は冷たく、まるで心の不安を洗い流そうとするかのように降り注いでいる。
しかし、光希の心には重い鉛のような不安が募るばかりだった。蛍子が目撃した怪異の正体を確かめるため、彼は妹が通る通学路へと向かっていた。
細い路地に足を踏み入れると、雨の音が一層強く耳に響いた。
狭くて暗い雰囲気が漂い、昼間でも薄暗いこの場所は、まるで別の世界に入り込んだかのような感覚を抱かせた。古い家々が並び、長い年月を経て朽ちかけた外壁には苔が生え、雨水が滴り落ちていた。
「蛍子がここで……」
この道を通っている時、彼女は異変を感じ取ったのだ。それを思うと光希の胸が痛んだ。自分が代わってやりたいとも思った。
だが、今は妹のためにもこの怪奇現象を解明しなければならない。
「どこにいるんだ……」
光希は呟きながら、周囲を見渡した。
雨の音にかき消されるような小さな声が、自分自身の不安を反映しているようだった。
その時、不意に目の前の水たまりが動いたように感じた。
光希は驚いて立ち止まり、じっと見つめた。水たまりの中で水が渦を巻き、ゆっくりと形を変えていく。
水たまりの中で小さな渦が生まれ、ゆっくりと回転し始めた。渦は次第に大きくなり、その動きはどこか生き物の呼吸を連想させるようなリズムを持っていた。
光希は目を凝らして見つめ、その異様な現象に目を奪われた。
渦の中心から水が盛り上がり、まるで透明な触手のように形を変えながら伸びていく。その触手は空中でしばらく揺れ動いた後、再び地面に戻り、ゆっくりと一つの楕円形の塊を形成した。その塊は完全に透明でありながら、光の加減で微かに虹色に輝いていた。
大きさは、フットボールくらい。
その第一印象は、山梨県の水信玄餅かのようであった。
光希の目の前で、その透明な塊がまるで意思を持つかのように動き出した。塊は地面を這うように進み、一歩一歩、まるで見えない足を持っているかのように道を歩いていった。
水たまりから生まれたその生物のような存在は、周囲の景色を歪ませながら雨の中を進んでいく。
光希は息を呑み、その奇妙な光景に目を奪われた。塊が移動する度に、周囲の空気がひんやりと冷たくなり、彼の肌に冷たい霧がまとわりつくように感じられた。その塊の動きは滑らかで、まるで水面を滑るように静かだったが、その静けさがかえって不気味さを増していた。
「これが、あるき水……」
光希は風樹が教えてくれたことに目を見開いた。
水たまりがまるで生き物のように動き出し、透明な塊となって道を歩き始めたのだ。
【あるき水】
雨の日に現れる怪異。
その名の通り水の塊のような存在で、歩いていく。
山梨県甲府市の女性が目撃したもので、雨の中、2~3個を歩いて行くのを見たという。
その体験談を、漫画家・水木しげる氏に送り水木氏は目撃画談にしている。
あるき水はまるで道を知っているかのように、迷いなく進んで行く。
光希が見ていることに気づいていないのか、襲いかかって来る様子もなく、彼はその水の怪異の後を追うことにした。
あるき水は住宅のある場所から離れて行く。やがて人気のない雑木林の中へと入っていった。
周囲は暗く不気味な雰囲気に満ちており、光希は思わず身震いをした。それでも勇気を振り絞り、足を踏み出す。草をかき分けるようにして進むと、その先に開けた空間が現れた。
(ここは……)
そこには高さ30cm程の小さな祠と石碑があった。
石で作られたそれは、苔むして倒れ、木造の祠も木が腐り長い間誰も訪れていないことが伺われた。周囲には枯れた草木があり、手入れされた様子もない。放置されてかなりの時間が経っているようだった。
そんな場所に、まるで異世界への扉が開かれたかのような不思議な雰囲気が漂っているように見えた。木々の間から見える空は薄暗くなっており、夕暮れが近いことを告げているように思えたが、まだ雨は止んでいなかった。
光希は祠に目を奪われ、あるき水がどこに行ったのか見失ってしまったことに気づいた。慌てて周囲を見渡すと、自分の真後ろに、あるき水の姿があった。
光希は咄嗟に歩型を弓歩へと取る。
弓歩とは、
拳法は重力を使って力を伝えて力を出していく、姿勢を低くすればするほど、その反発によって、強い力が出てくるのだ。
光希は素早く体勢を整えると共に拳を握り、呼吸を整えた。
だが、あるき水は襲ってくる気配もなく、その場でゆらゆらと揺れているだけだった。まるで何かを訴えかけるかのような様子だ。
光希は祠へと目を向ける。
「もしかして……」
そう言うと、光希は構えを解く。
それから、あるき水に対して両手を合わせた。
「僕がこの祠を立て直します。石碑も元に戻します。ですから妹を助けてください」
そう言って深々と頭を下げたのだった。
すると、水溜まりは満足したようにくるりと回転したかと思うと、一瞬にして姿を消したのである。
雨は未だに止むことなく降り続いていた。
しかし、雲間から光が差し込み始め、辺りは次第に明るくなっていった。その光は暖かく、周囲を優しく包み込んでくれているような気がした。