第3話(終) 涙
文字数 1,480文字
光希は古びた祠の前に立ち、深い呼吸を繰り返した。
雨が止んだ後の空気は冷たく澄んでいて、彼の心を少しだけ落ち着かせてくれた。地面にはぬかるんだ泥が広がり、祠の周りには枯れ葉や小石が散乱していた。
祠は高さ30cm程の小さなものだったが、その存在感は重く、神聖な雰囲気を漂わせていた。
手にしていた麻袋から木材と金槌や釘を取り出す。
事前に寸法を取っていたので材料は全て揃っているハズだと思いながら、作業に取りかかる。
祠の屋根に手を掛けた。木材は朽ち果てていて、触れるだけでボロボロと崩れそうだった。それでも、光希は決意を込めて祠を修復する作業に取り掛かった。
腐った木材を取り除き、穴の開いた屋根に板を打ち付けて塞いだ。
するとそこに、一人の少年が姿を見せた。
身体は細い。
しかし、体格はしっかりとしていた。ルックスは悪くないが、華やかさと美しさに欠けるためにあまり目立たず、特徴のない地味な感じだった。
木村 風樹 だ。
「風樹。どうしたんだ?」
光希は驚いて声をかけると、光希の作業を手伝い始めた。
「蛍子ちゃん。良くなったんだってな」
風樹の言葉に、光希は微笑んだ。
「お陰様でね。風樹のお陰だよ」
風樹は少し照れたように頭を搔いた。
「俺は、あるき水のことで知っていることを話しただけだぜ。あとは、お前自身の行動だろ?」
風樹の言葉を聞き、光希は小さく首を横に振った。
「それでも相談に乗ってくれたのは風樹だしさ……本当に感謝してるよ」
その言葉を聞いた風樹の表情は複雑だったが、やがて嬉しそうに目を細めた。それから光希のしている作業を手伝う。
二人で祠を作り直すと、今度は倒れた石碑を元の位置に戻した。そこには古い文字が刻まれていたが、風樹には読めない文字であった。
だが、断片的には読み取ることができた。
「……光希。この石碑だけど、この祠は水神様を祀ったものみたいだ」
風樹の言葉を受けて、光希も石碑を見つめた。
「水神様?」
風樹は続ける。
「その名の通り、水の神様だよ。稲作と関係深く、春は川、秋は山に帰るとも田の水口にいるともいう。日本の神様は、願い事を聞いて助けてくれる優しくて温和なイメージがあるけど、基本的な性格として『善と悪』の二面性をもつ『二重人格者』なんだ。
有名な素盞嗚尊 はその典型で、八岐の大蛇退治の英雄神でありながら、その一方では「世の中の諸悪の根源」という恐ろしい顔を持っているんだ。
この怖い側面を体現するのがいわゆる「荒ぶる神」で、人間に対してその神威を示すときに暴力的な形がとられ、これが「祟り」と呼ばれるものの正体なんだ。
その地に住む人々が信仰心を持ち続けることによって神様は神様でいられるけど、信仰を失った神は妖怪に成り下がってしまう」
そこまで聞いて、何となく、あるき水の正体が分かった気がした。
だが、光希が、ここで、あるき水と向き合って感じたことは、決して悪いものではなかった。むしろ寂しさや悲しみといった感情を感じた。だからこそ、彼はあるき水を前に拳を握りながらも、攻撃することはしなかったのだ。
「僕は、あの、あるき水はこう思ったんだ……」
風樹は、光希の言葉に耳を傾ける。その言葉に風樹は驚きつつも表情が緩んでしまう。
(光希らしいな)
光希は祠に手を合わせるのを見て、風樹もそれに倣った。
あるき水に感じたもの。
それは、涙の化身。
神様が流した哀しみの涙が形をとり、この世に現れた。
長い間誰も訪れず、忘れられてしまった神様の心が形になって歩いく。過去の祈りが形を成した涙であることを、光希は感じ取っていていた。
雨が止んだ後の空気は冷たく澄んでいて、彼の心を少しだけ落ち着かせてくれた。地面にはぬかるんだ泥が広がり、祠の周りには枯れ葉や小石が散乱していた。
祠は高さ30cm程の小さなものだったが、その存在感は重く、神聖な雰囲気を漂わせていた。
手にしていた麻袋から木材と金槌や釘を取り出す。
事前に寸法を取っていたので材料は全て揃っているハズだと思いながら、作業に取りかかる。
祠の屋根に手を掛けた。木材は朽ち果てていて、触れるだけでボロボロと崩れそうだった。それでも、光希は決意を込めて祠を修復する作業に取り掛かった。
腐った木材を取り除き、穴の開いた屋根に板を打ち付けて塞いだ。
するとそこに、一人の少年が姿を見せた。
身体は細い。
しかし、体格はしっかりとしていた。ルックスは悪くないが、華やかさと美しさに欠けるためにあまり目立たず、特徴のない地味な感じだった。
「風樹。どうしたんだ?」
光希は驚いて声をかけると、光希の作業を手伝い始めた。
「蛍子ちゃん。良くなったんだってな」
風樹の言葉に、光希は微笑んだ。
「お陰様でね。風樹のお陰だよ」
風樹は少し照れたように頭を搔いた。
「俺は、あるき水のことで知っていることを話しただけだぜ。あとは、お前自身の行動だろ?」
風樹の言葉を聞き、光希は小さく首を横に振った。
「それでも相談に乗ってくれたのは風樹だしさ……本当に感謝してるよ」
その言葉を聞いた風樹の表情は複雑だったが、やがて嬉しそうに目を細めた。それから光希のしている作業を手伝う。
二人で祠を作り直すと、今度は倒れた石碑を元の位置に戻した。そこには古い文字が刻まれていたが、風樹には読めない文字であった。
だが、断片的には読み取ることができた。
「……光希。この石碑だけど、この祠は水神様を祀ったものみたいだ」
風樹の言葉を受けて、光希も石碑を見つめた。
「水神様?」
風樹は続ける。
「その名の通り、水の神様だよ。稲作と関係深く、春は川、秋は山に帰るとも田の水口にいるともいう。日本の神様は、願い事を聞いて助けてくれる優しくて温和なイメージがあるけど、基本的な性格として『善と悪』の二面性をもつ『二重人格者』なんだ。
有名な
この怖い側面を体現するのがいわゆる「荒ぶる神」で、人間に対してその神威を示すときに暴力的な形がとられ、これが「祟り」と呼ばれるものの正体なんだ。
その地に住む人々が信仰心を持ち続けることによって神様は神様でいられるけど、信仰を失った神は妖怪に成り下がってしまう」
そこまで聞いて、何となく、あるき水の正体が分かった気がした。
だが、光希が、ここで、あるき水と向き合って感じたことは、決して悪いものではなかった。むしろ寂しさや悲しみといった感情を感じた。だからこそ、彼はあるき水を前に拳を握りながらも、攻撃することはしなかったのだ。
「僕は、あの、あるき水はこう思ったんだ……」
風樹は、光希の言葉に耳を傾ける。その言葉に風樹は驚きつつも表情が緩んでしまう。
(光希らしいな)
光希は祠に手を合わせるのを見て、風樹もそれに倣った。
あるき水に感じたもの。
それは、涙の化身。
神様が流した哀しみの涙が形をとり、この世に現れた。
長い間誰も訪れず、忘れられてしまった神様の心が形になって歩いく。過去の祈りが形を成した涙であることを、光希は感じ取っていていた。