1 悪魔

文字数 1,565文字

ああ、地球の学校から調査学習に来た学生さん達だね? 昔の地球と、帝国とのやり取りを体験した人間に、当時からの話を聞きたいっていう……どうぞ、どうぞ。 

……あの時私は中南米の密林で、敵を待ち受けていたんだ。超軽量の増力外骨格(パワード・エクソスケルトン)と光学迷彩は、私が敵に気づかれず、樹上から狙撃するのを可能にしてくれるはずだった。

その十数年前、奴等は宇宙からやってきた。君達には常識かもしれないけど、当時の私の知識や考えがどう変わっていったかを知ってほしいから、我慢して聞いてほしい。公式には〝最初の接触(ファースト・コンタクト)〟となる、〝月面の戦い〟の映像は衝撃的なものだった。月面基地のすぐそばで、多数の複眼と触手を持った大きな黒い球体が、宇宙服を着た人間達を投げ飛ばしていたんだ。

情報は錯綜(さくそう)した。なぜ人々は、月にないはずの武器らしきものを持っていたのか? どちらが先に攻撃をしたのか? 偶発的な事故なのか? 奴等は銀河帝国の新たな皇帝種族〝サタン〟と名乗り、平和的交流を求めながらも、地球を含む宙域の〝統治宣言〟を行った。またその直後に、世界各地で不可解な核融合発電所の爆発が起き、人々は大混乱に陥った。各国の対応は分かれたが、我国ではAIネットの遮断を含む報道管制が行われ、戒厳令が敷かれた。異星人に対する意見の違いから、いくつかの国々で〝悪魔狩り戦争〟または〝地球内戦〟と呼ばれる紛争が起きた。

しばらく後に混乱は治まったが、気づいてみると世界連邦ができ、異星種族サタンを中心とする〝新帝国〟に加盟していた。どうやら私達は、星間戦争に巻き込まれたらしい。こともあろうに〝新帝国〟を導く〝理事種族〟には、悪魔や古代神の名を持つ種族が多かった。〝旧帝国〟の〝中枢種族〟には天使の名を持つ種族が多いというのにね。だがそれは、かつて異星人達が人類などの文明化を助けた時の名残(なごり)だと説明された。

銀河系の最先進種族達は、量子頭脳網への人格転移(マインドアップロード)により、高度な技術開発・政策決定能力を持ち、まさに神か悪魔のような力を得ていた。量子頭脳の仮想現実内で行われる様々な模擬実験(シミュレーション)は、分離体や分離個体(アバター)という、外部派遣用の量子頭脳や人工的身体の活動改善に役立てられる。また、そうした種族は〝種族融合体〟や〝心結びしもの〟と呼ばれるように、共有人格の形成能力をもち、国際機関の理事国のように、種族まるごと星間帝国の役職を務めることもできる。

かつてはサタンも、発展途上種族の文明化を担当する文明開発長官だった。初めは友好種族達と共に神々を演じて、人類などの発展を助けたが、後には公式な接触に備え、皇帝種族・中枢種族のような神・天使達と、自ら演じる悪魔が対立する、善悪二元論の神話を用いるようになった。




しかし一方、中枢種族を初め帝国建設に貢献した軍事種族達は、銀河系が統一されると仕事がなくなり、腐敗や抗争に陥った。中枢種族は皇帝種族までも傀儡(かいらい)化し、配下の種族を率いて権力闘争を繰り広げたあげく、遂には内戦を始めてしまった。この戦争は、後に〝大戦〟と呼ばれる大規模なもので、それに巻き込まれた皇帝種族は滅亡、帝国も混乱に陥った。そこで、新興の技術・産業種族や穏健派の軍事種族は、行政種族サタンを中心として、国家の再建と復興のための新政権を設立した。神様にも(たと)えられた皇帝種族は〝先帝〟種族となり、サタンが新皇帝になったというわけだ。

私の国では、そんな情報を丸ごと信じることはできないとして、世界政府と距離を取り続けたが、ついに新帝国の戦勝宣言が出され、我国も世界連邦に正式加盟することになった。そこで私は旧帝国を支持する秘密組織の一員として、その最後の拠点を守ることになった。なぜって? 連邦政府が私達を〝保護〟するためここに来る、という連絡を受けたからだ。まともな人間なら、神様の方につくのは当然だろう!?
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