第1話

文字数 1,362文字

 敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 之ヲ撃滅セントス 本日天気晴朗ナレドモ波高シ
 これは明治38年(1905年)5月27日、仮装巡洋艦「信濃丸」が対馬海峡に向かうロシアのバルチック艦隊を発見した直後に、連合艦隊司令長官東郷平八郎が大本営に打った電文である。最後の部分の「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」は主席参謀の秋山真之(あきやまさねゆき)中佐が平文で付け加えたもので、後世に残る名言とされている。
 バリバリの働き盛りだった40歳過ぎの頃、高校のクラス会があった。そこで「果たして自分たちは名言として何か後世に語り継がれる言葉を残せるだろうか?」という話題になり、例えとして成り行きは忘れたが「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」が挙げられた。
 「それは、ただ戦場の天気が天気予報通りだと報告しただけで名言なんかではない。」
 「いや、波が高いから大砲の照準をしっかるするようにとの作戦上のポイントを的確に伝えた名文だ。」
とかで話が盛り上がった。そんな中で、
 「これが名言なのは、参謀の秋山真之が『この海戦は勝てる』という確信をこの短い言葉で的確に言っているからだ。」
と意見した同級生がいた。
 「なら、素直に『これは勝てるぞ』と言えばいいのでは?」
 話は続いた。酔いも回ってたので詳細は忘れたが概要は以下の如く。
 当時の艦隊決戦は目視下での大砲の打ち合いなので、天気が良く視界がいいと命中率は上がる。しかし、波が高くて船が揺れると命中率は下がる。それは敵も同じなので、ならたくさんの弾を打った方が命中する数は上がる。
 バルチック艦隊は戦艦が主体なので次の弾を打つのに時間がかかる。それに対して、連合艦隊は次々に砲弾を発射できる速射砲を多く積んだ高速の巡洋艦が多かった。調べたところでは、バルチック艦隊は戦艦11隻、巡洋艦9隻、ほか計38隻、に対して連合艦隊は戦艦4隻、巡洋艦23隻、ほか計108隻だった。❨饒村曜:日本海海戦 入念な準備で活かした日本海軍有利の「天気晴朗なれども波高し」という予報通りの気象状況 を参考にした)
 しかも単縦陣(たんじゅうじん)だと戦艦の前方の砲しか使えないが、「敵前大回頭」なる秘策を用意していて、この作戦により敵の直前で横に展開すれば、前方と後方の両方の砲が使える全力砲撃が可能となる。
 これらを背景に秋山真之は”勝てる”という確信を「本日天気晴朗ナレドモ波高シ」に込めたそうだ。ふ~、疲れた…。果たして、どれだけの軍人がそこまで理解していたのか…。
 今、自分が言えることは以下の如し。名言はどれも短い。人は決意が強いほど、その言葉は短くなる、だ。
 という訳で、自分も朝礼のスピーチは極力短くするように日々心掛けている。
 前述の話をした高校の同級生は文部科学省の官僚を勤め上げ、今は某国に駐在の日本大使をしている。

 さて写真は2016年12月24日に羽越本線の景勝「笹川流れ」を行く上り鈍行列車キハである。
 日本海は冬の海で風は強く荒れていた。視界も悪い。もし、日本海海戦が5月ではなく冬だったら、歴史はどうなっていたのだろうか?

 今、気が付いたが、この写真を撮った日はクリスマス·イブだった。いったい自分は何を考え、ひとり強風に吹かれ、波しぶきを浴びて、寒さに耐えて列車を待っていたのだろう?
 んだの。
 ❨2022年5月❩
 
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