後日談2巧求道の旅

文字数 2,628文字

 巧が悩んでいたのは事実だ。だから旅に出た。どこに行くかも決めず、予定もなく、当てもなく気ままな旅のつもりだった。
 だが結果をみるなら、この場に流れ着いたのは必然と言える。
「鬼子さんに聞いていた通り、いい所だな」
 奈良、吉祥草寺。巧は今ここにいた。
 境内に入り、ブラブラ歩いていると、一人の眼鏡が特徴的な少女が竹ぼうきを持って掃除をしていた。
「あの、もしかして役小角奈さんですか」
「そうですけど、どちら様ですか」
「済みません。田中巧といいます。鬼子さんや妹から話を聞いていてそれで」
「ああ!田中さんのお兄さんですか。鬼子さんからよく話は聞いています」
「なんて言われているのやら」
「そりゃもうべた褒めですよ。それで、今日は一体」
「ちょっと思う所ありまして旅に出たんですけど、気が付いたらここに」
「そうですか。わっちでよければ相談にのりますよ」

  酪農喫茶「酪」
 巧は小角奈に連れられ、ここに来ていた。
「で、どうしたんですか」
 巧の前に小角奈が座り、静かに聞いてきた。

「どう思う後鬼」
 店の奥から二人を覗き見る前鬼と後鬼の姿があった。
「どうって、感じのよさそうな好青年じゃない」
「確かに好青年には違いないが、あれは危険だ」
「え?」
「あいつは天然のたらしだ。本人に自覚はないが、近づく女を片っ端から落としてしまう相がある」
「確かに鬼子さんやついなちゃんは落とされちゃったけど、ウチの主様は大丈夫。縁結びの神は伊達じゃないわ」

 巧は小角奈の顔を見つつ考えていた。
(なんというか、鬼子さんに雰囲気が似ているな。でも決定的に違う。鬼子さんは苛烈さを慈しみの心で包んでいる感じだけど、この人は大きな優しさの奥底に峻厳さを秘めている、とでもいうか)
「?わっちの顔になにかついてます?」
 一方の小角奈も、巧も値踏みをしていた。
(ついなちゃんと鬼子さんがコロッといったんも分かるわ。底が見えないお人や。さて、縁結びの神として、ついなちゃんと鬼子さん、どっちとの縁を結んだものか)
「いえ。そうでは・・・そうですね。聞いてくれますか」
 巧は言葉を選びつつ話し始めた。
「実は先日、鬼子さんの所のこにぽんちゃんの誕生会がありまして」
「ああ、そういえばそうですね」
「その誕生会に呼ばれてお祝いしたんですが」
「何かあったんですか?」
「はい。それで少し人生観が変わったというか。あ、妹がスマホで撮影してたんですが、観ますか」
「ぜひ」
「では小角奈さんのスマホに送ります」
「はい」 
 と小角奈は自分のスマホを取り出し、送ってもらった。
「ああ、楽しそうですねぇ。ごく普通の誕生会やと思いますけど・・・」
 ・・・・・・・
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!!!」
 そこの映し出されていたのは、半魚人と蛙の睦ごとだった。
「それでちょっと色々考えまして」
(えぇ!これで考えるやて。何をどう考えるんや。確かに人生観変わってもおかしないけど)
「種族の違いを超えるのは難しいのだろうか・・・」
(鬼子さんに好意を寄せられている。自意識過剰だと思い込もうとしてたけど、どうもそうではないらしい。それはとても嬉しい。けど鬼子さんは鬼だ。人ではない。いずれ先に死ぬのは自分の方。必ず鬼子さんを悲しませてしまう。鬼子さんの想い、受け取っていいのだろうか)
「ち、ちょっと待ちぃや!」
(種族の違い?これで?え?一体どっちなん?半魚人?蛙?どっちと種族の違いを乗り越えたいんや!)
「ええ、自分でも困惑しています。まさか、自分の中にこんな物があるなんて」
(いったい自分はどうしたいんだろう。鬼子さんは素晴らしい女性だ。好意を寄せられて嬉しくない男はいない。でも躊躇する自分がここにいる。もしかして、この人に止めて欲しいんだろうか)
「待って、もっと慎重になろう。人生の一大事なんやから」
(あかん!ついなちゃんか鬼子さんか、なんて悠長な事言ってられへん。二人の為にもここは絶対に止めへんと!)
「分かってます。でも、本当にこれでいいのか。この道で本当にいいのか。迷うんです」
(迷ってるんやったらまだ間に合う!この人を、そっちの道に進ませたらあかん)
「その道は、本当に険しい道になりますよ。場合によっては、後ろ指指される事だってあるかもしれない。その覚悟なしで選んじゃいけないんです」
「覚悟、ですか・・・。そうですね。確かに必要です。決めなきゃいけない時が来たんですね」
「え?今ここで決めはるんですか?もっと慎重にならんと」
「いえ、今、ここで決めます」
 巧の表情には確固たる決意があった」
「僕は・・・僕は・・・鬼子さんが好きだ」
「いや、半魚人は止めとき!!!!!え?」
「え?半魚人?え?」
「え?」
???????

「良かったぁ!!!一時はどないな事になるんかと」
「あの映像観ちゃったら、それは誤解もされますね。言葉足らずでした」
「わっちの方が悪いんです。お気になさらんと」
 どうにもこうにも誤解が解けて、ようやく話が噛み合った。
「それで、どうします?鬼子さんとの縁、結びますか?」
「いえ。神様はどうか手を出さないで。決着は人の手で付けます」
「分かりました。わっちとしてもその方が都合いいですから」
(ついなちゃんにも逆転の可能性は残してあげんとねぇ)
「ありがとうございます。まだ心の整理は完全にはついていませんが、ちゃんとけじめはつけます」
「ええ。奈良からわっちも応援してます」

 巧が帰った後、小角奈は一人、スマホで誕生会の様子を見ていた。
『うち・・・うち・・』
『良かったら今日、泊っていきませんか』
「心配する必要もなかったなぁ。二人共、がんばっとる」
 そうしていると億から前鬼と後鬼の二人が出てきた。
「どうした。何か嬉しそうだが」
「ああ前鬼。鬼子さんとついなちゃんが本当に乙女でなぁ」
「ほう、で、何を観ているんだ?」
「これか、これはこにぽんの誕生会やそうや」
「ほう、観てもいいか」
「ええよ」
 小角奈は二人にスマホを渡した。
『や、止めろヤイカガシ、そこは・・・!』
『止めていいのか?体は正直だな』
『Oh、Yes!Yes!No・・Yes!No!No Stop!Yes!』
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

Oh、Yes!
奈良のしじまに
染み渡る

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