第1話 プロローグ
文字数 1,496文字
刑事ドラマに出て来る取調室の様な部屋の中、一人の男が机を前にしてパイプ椅子に座っていた。
男はスーツ姿だったが、着ているジャケットもスラックスも皺が寄っていて、ネクタイは色あせており、みすぼらしい印象を人に与える。
男の名前は只野和男といった。
パイプ椅子に座った和男は、ここ最近で癖になった貧乏ゆすりでパイプ椅子を神経質にカタカタと揺らしていた。その顔は不健康な色に染まり、頭から冷汗がダラダラと首を伝って、着古したワイシャツをぐっしょりと湿らせている。長年の不摂生が祟ってブヨリと突き出た腹がワイシャツと体をより一層に密着させて、汗の不快感を強調させていた。
不快な湿り気を帯びる体と違って、和男の口の中は水分を失って粘りついていた。和男はパイプ椅子の下に置いた安っぽいナイロン製のバッグから、ラベルが剥がされたペットボトルを取り出す。それは和男がここ最近、水筒代わりに使っているペットボトルだった。
ゴク…ゴク…、と和男が喉を鳴らして、カルキのせいで内部が白くすすけたペットボトルから口を離し、改めて無機質な部屋の様子をうかがう。
和男が居るこの部屋は、とある施設の一室だった。施設を所有しているのは『日本人材再生機構』という団体だった。
灯りは蛍光灯一本のみで部屋の中は薄暗い。窓から日の光が差し込むが、和男の足元までを照らす程度で、部屋はただただ薄暗かった。
水筒代わりのペットボトルを鞄にしまい込むと、和男は背中を丸め心の中で嘆いた。
(あんな事にさえならなければ…)
和男は53歳で、とある理由から長年勤めていた会社を数か月前に解雇されている。そんな和男が公的年金で国に扶養されるには、少なくともあと12年という時間が必要であった。彼には妻と、もうじき大学生になる長男がいる。蓄えが多くあるわけでもない和男にとって、収入が無くなる事態はなんとしても避けなければならなかった。
ギィ…っと金属が擦れる音がして、部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
和男とは対照的に、きっちりとスーツを着こなしたその女性は書類がまとめられたファイルを片手に、優雅な足取りでパイプ椅子に座ったみすぼらしい男に近づく。そして、女性は頭を下げながら名乗った。
「初めまして只野さん、私は小山寧々と申します」
小山寧々と名乗ったその女性は、目を細めて柔らかく微笑んだ。寧々の一連の行動は、見る人が見れば「自らの美貌を武器にしている」という感想を持ったかもしれない。スーツ、表情、メイク、髪形、物腰…行き届いている寧々の全てが、男の目を奪う色を発していた。
和男が寧々を見上げ、救いを求めるような眼差しを向けていた。
普段の和男であれば、目の前にいる美人に対して面白みも品性の欠けらも無いジョークを言っていたのだが、今の和男にそのような心の余裕は無かった。
寧々は和男の視線が気にならないかのように、和男の対面に置かれたパイプ椅子にゆったりとした動作で座り、口を開く。
「本日より、私が只野さんの担当をする事になりました、どうぞよろしくお願いいたします」
寧々の言葉を聞くなり、「お願いします!」と和男は机に身を乗り出すようにして懇願していた。
「ここが…ここが頼りなんです…お願いします…お願いします…!」
和男はプライドも投げ捨てて、土下座をするように机に頭を擦り付けた。擦り付けた額から、冷汗がジワリと机を湿らせる。
(ここで決まらなきゃ…俺は…くそっ…なんでこんな目に…くそっ、くそっ、くそっ…)
和男は、自分がここを訪れる事となった経緯を思い出していた。
男はスーツ姿だったが、着ているジャケットもスラックスも皺が寄っていて、ネクタイは色あせており、みすぼらしい印象を人に与える。
男の名前は只野和男といった。
パイプ椅子に座った和男は、ここ最近で癖になった貧乏ゆすりでパイプ椅子を神経質にカタカタと揺らしていた。その顔は不健康な色に染まり、頭から冷汗がダラダラと首を伝って、着古したワイシャツをぐっしょりと湿らせている。長年の不摂生が祟ってブヨリと突き出た腹がワイシャツと体をより一層に密着させて、汗の不快感を強調させていた。
不快な湿り気を帯びる体と違って、和男の口の中は水分を失って粘りついていた。和男はパイプ椅子の下に置いた安っぽいナイロン製のバッグから、ラベルが剥がされたペットボトルを取り出す。それは和男がここ最近、水筒代わりに使っているペットボトルだった。
ゴク…ゴク…、と和男が喉を鳴らして、カルキのせいで内部が白くすすけたペットボトルから口を離し、改めて無機質な部屋の様子をうかがう。
和男が居るこの部屋は、とある施設の一室だった。施設を所有しているのは『日本人材再生機構』という団体だった。
灯りは蛍光灯一本のみで部屋の中は薄暗い。窓から日の光が差し込むが、和男の足元までを照らす程度で、部屋はただただ薄暗かった。
水筒代わりのペットボトルを鞄にしまい込むと、和男は背中を丸め心の中で嘆いた。
(あんな事にさえならなければ…)
和男は53歳で、とある理由から長年勤めていた会社を数か月前に解雇されている。そんな和男が公的年金で国に扶養されるには、少なくともあと12年という時間が必要であった。彼には妻と、もうじき大学生になる長男がいる。蓄えが多くあるわけでもない和男にとって、収入が無くなる事態はなんとしても避けなければならなかった。
ギィ…っと金属が擦れる音がして、部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
和男とは対照的に、きっちりとスーツを着こなしたその女性は書類がまとめられたファイルを片手に、優雅な足取りでパイプ椅子に座ったみすぼらしい男に近づく。そして、女性は頭を下げながら名乗った。
「初めまして只野さん、私は小山寧々と申します」
小山寧々と名乗ったその女性は、目を細めて柔らかく微笑んだ。寧々の一連の行動は、見る人が見れば「自らの美貌を武器にしている」という感想を持ったかもしれない。スーツ、表情、メイク、髪形、物腰…行き届いている寧々の全てが、男の目を奪う色を発していた。
和男が寧々を見上げ、救いを求めるような眼差しを向けていた。
普段の和男であれば、目の前にいる美人に対して面白みも品性の欠けらも無いジョークを言っていたのだが、今の和男にそのような心の余裕は無かった。
寧々は和男の視線が気にならないかのように、和男の対面に置かれたパイプ椅子にゆったりとした動作で座り、口を開く。
「本日より、私が只野さんの担当をする事になりました、どうぞよろしくお願いいたします」
寧々の言葉を聞くなり、「お願いします!」と和男は机に身を乗り出すようにして懇願していた。
「ここが…ここが頼りなんです…お願いします…お願いします…!」
和男はプライドも投げ捨てて、土下座をするように机に頭を擦り付けた。擦り付けた額から、冷汗がジワリと机を湿らせる。
(ここで決まらなきゃ…俺は…くそっ…なんでこんな目に…くそっ、くそっ、くそっ…)
和男は、自分がここを訪れる事となった経緯を思い出していた。