追われる女

文字数 1,078文字

 私はいつも何かに追われている気がしていた。
 子どもの時は、すべての評価の対象となる成績だ。数字で表されるから単純明快だった。学校は子どもたちにとって、何より大切な世界だ。友だちの存在は、時に親より大きい。そんな友だちに認めてもらうため、自分ではどうしようもない容姿や、表面に現れにくい性格に頼るより、良い成績をとることで、自分の存在感をアピールしようとした。そのことがガリ勉と揶揄され、評価を落としていることに気がついた時は遅かった。
 
 大人になり、就職すると、配属された部署に、私のほかに同期はひとりだけだった。当然、何事にも比較された、と私は勝手に思ってしまった。その上、何事につけても彼女の方が優秀に思われている、と思い込んだ。また、私のガリ勉が始まることとなった。仕事を早く覚え、少しでも上手にこなそうと努力を惜しまなかった。文字通り、仕事に追われる毎日が続き、その努力の甲斐あって、三年後には役職までついた。ところが気がつけば、同期の彼女は社内恋愛の末、上司との結婚が決まり、みんなに祝福されて寿退社。そして私はまた、やり手の女という、煙たがられるレッテルを張られる結末を迎えた。
 
 懸命に努力することが、ことごとく裏目に出る……もう、これからは何事もほどほどにやろうと思った。人生を楽しむことに目を向けようと。
 そして、手始めにテニススクールに通うことにした。くれぐれも人よりうまくなろうとか、ゲームに勝とうとか思わないように気をつけた。とにかく楽しむのだ、と自分に言い聞かせた。肩の力を抜いてみると、世の中楽しいことがあるのに気付いた。練習後、スクールの仲間とのお茶会も楽しみとなった。いろいろな世代のメンバーがいて、知らない話を聞けるのも新鮮だった。
 ところが、ある時、私は気づいてしまった。若い子たちがピチピチしているのは当たり前だが、中年以降のメンバーたちの見た目に顕著な差があることに。実年齢とは違う、見た目年齢というものの恐ろしさに気づいてしまったのだ。独身である私は、常に女でなければならない。いつ、いかなるチャンスが巡ってくるかわからない。歳をとってなどいられないのだ。
 ヨガ、エステ、美容院、高級化粧品等々、アンチエイジングに追われる日々が私を待ち受けていた。人はきっと、心を磨くことの方が大切だと言うだろう。でも、現実にはそんなきれいごとは通用しない。女は見た目だ、若さなのだ。
 成績やライバルが相手の時とは違い、私は、これからずっと「時(老い)」という、勝ち目のない敵に追われ続けていくのだろうか。

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