第1話 王子様のお引っ越し♡

文字数 2,068文字

 堤塚高等学校。
 新学期前の春休み。
 グラウンドでは体操着に身を包み激しく体を動かしているサッカー部の生徒たちがいた。
「ルイ!頼んだぞっ‼」
 その言葉を足に込め、力強くサッカーボールを蹴り上げる。
「任せて。蒼!」
 蒼の思いを受け止めるルイはボールを受け止めゴールを決めた。
 駆け寄ってくる蒼とハイタッチするルイ。
「きゃ~~!」「ナイス―!」「ルイ様ー‼」「かっこいいー!」
 グラウンドの隅から見ていた女子生徒達が歓声を上げる。飛び跳ねたり手を振ったりと、友達同士で楽しんでいた。
「相変わらず人気だなルイ王子様」
 親友のいじりにルイは笑いながら言葉を返す。
「やめてって、蒼のパスがなかったら決まらなかった。そうやって、優しく支えてくれるところが陰で人気のあるところだよ」
 ルイの反撃に蒼は笑いながら降参の両手を上げる。
「はいはい。俺の負けだ、王子様にはかないません」
「この~‼」
 この二人のいちゃつきにまた女子生徒の歓声が上がった。
 そんな女子生徒たちに注意するように顧問の先生が怒号を上げる。
「こらー真面目にやらんか〜」
 女子生徒は笑いながら散っていった。
 苦笑いを浮かべる蒼は笑顔で女子生徒に手を振り返すルイ王子に言う。
「そういえば今日だったな引っ越し」
 その言葉にピクリと手を止めたルイは優しく答える。
「そうなんだ。だから今日は早めに上がるんだよ」
 深掘りしてほしくないことを知っている蒼はそれ以上踏み込むことはない。
「なら片付けとかは俺やっとくから先に上がれよ」
「いや、僕が使った分は僕が」
「いんだよ。ルイ王子」
 そう言って笑っていう蒼。
 ルイはそんな蒼の優しさに何度も助けられてきた。
 蒼と知り合ったのは高校に入って、同じサッカー部に入部した時に知り合った。
 クラスは違ったが、厳しい活動を経て、気がつけば蒼とは一番の友だちになっていた。
 休み時間はよく教室を抜け蒼と遊んでいた。
 そんな去年の想い出を思い出す。
 あと数日経てば始業式、高校二年生になる。ちゃんとした友達を作れたのは高校生になって初めてだったルイは、今度は蒼と同じクラスになりたいと思った。
 ルイは皆よりも先に上がり、もう住むことの無くなる思い出の家に向かった。



 私の名前は早野恵茉(はやの えま)。
 私の家庭はあまり良くはない。生まれたときから片親で、母親は毎晩仕事に出て家にいないのが当たり前だった。
 父の顔は知らない。名前も知らない。特に会いたいとも思ってないし、これと言って興味もなかった。
 何事もなく、小中を卒業し高校生になった。
 高校生になって私は初めて恋をした。それは同じクラスの五十嵐蒼(いがらし あおい)。
 好きになった理由はない。一目惚れなのかもしれない。ただ、目を合わせて話をした時、直感で私はこの人の事が好きだと、そう確信した。
 そんな楽しい高校一年生はあっという間に終わった。
 春休みに入り、親から再婚の話を聞いた。あまり母親と仲が良くない私は軽く返事をするだけで会話は終わった。
 新学期からは新しい家に住むことになるらしい。
 相手は外資系のかなりのお金持ちのようで、新築の一軒家を買ったようだ。
 小さな家に住んでいた恵茉はあまり荷物を持っていなかった。
 相手のお金で引っ越しのお金も出るようだが、顔も見たことがないし、あまり関わりたいという気もなかった私は自分の力だけで引っ越しを済ませた。
 幸い時間はあった。
 それに夢もあった。
 いつか、引っ越しが終わり綺麗に部屋を整えたら蒼をうちに呼んで、ご飯を振る舞うこと。
 春休みの部活動。
 恵茉がグラウンドを走っていると一つの歓声に意識を奪われる。
 ちょうどサッカー部のエースがシュートを決めたところだった。
 蒼がルイと肩を組む姿を見て恵茉は思わずつぶやいた。
「いいな」
 隣を走る恵茉の友達の小豆紫音(あずき しおん)は首を傾げた。

 帰り際、片付けをしている蒼の背中に声を掛ける。  
「蒼。お疲れ」
「おお、お疲れ恵茉。そっちも終わりか」
「うん」
「小豆と一緒じゃないのか」
「職員室行ってるから、それを待ってるの。そっちこそ、あの王子様は?」
「今日は大切な用があって早めに上がったんだよ」
「そっか」
 紫音が来たことに気づいた恵茉は蒼に別れを告げ、紫音と合流する。
「待った?」
「ううん」
 二人は一緒に校舎を出た。
 紫音と別れた恵茉は家の前にあるトラックに驚いた。
 引越し業者のトラックだ。
 急いで駆け寄り、作業員の人に問いかける。
「なんですか、これ」
「ああ。引っ越しですよ」
 よく見れば家の玄関が開かれ、すでに幾つかの荷物が運ばれていた。
 これはおそらく母親の結婚相手の荷物。
 そう思っていると家の中から見覚えのある顔を覗かせる。
 相手は作業員に優しく微笑みかけ、何かを指示すると恵茉の顔を見て優しく微笑んだ。
 それから少しして、意味を理解したのか恵茉と同じように表情を変える。
 何も聞いていなかった。それは相手も同じなのだろう。
 母親の再婚相手は、うちの高校の王子様。
 ルイ王子様の父親だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み