第6話
文字数 3,723文字
港経大から勝ち点を奪い幸先のいいスタートを切った。月曜日は男子硬式野球部が練習休みの日で学校の広い球場を使用できる。いつもの河川敷のグラウンドより設備も道具も揃っているため効率のいい練習ができることもあって皆一様に張り切っていた。
「真咲さん。慶凛大学戦の初戦は私に行かせてください」
声の主はりかこだった。二十球程度の投げ込みが終わりレフトポールからライトポールを往復するランニングメニューをしていた久留美は、ブルペンに入って翔子のボールを受ける真咲に野手の練習に交ざっていたりかこが直談判をしているところを見た。
「いいえ、予定通り久留美を先発させて行ける所まで行かせる。りかこはファーストで起用するわ、だからいつでもいけるように準備しておいて欲しい」
「しかし、慶凛大はどうしても・・・・・・」
「私はあなたのバッティングもピッチングと同じくらい評価してる。それに勝ち点を取るためには二勝しなければいけない、理解してくれる?」
「・・・・・・分かりました。バッティング練習に戻ります」
りかこは不服そうに顔をしかめていたがバッティングゲージに入るとマシンの球を鋭く打ち返していた。広角に打ち分けるソヒィーとプルヒッターの真咲に加えりかこも非凡なバッティングセンスがある。
「久留美ちゃん師匠たちがバッティング終わったら次は私たちが打っていいって」
外野を守って打球を捕っていたあんこが久留美を誘いに来た。一年生ながら抜群の身体能力で何でもそつなくこなすあんこは二試合で五打数二安打と二番バッターとしての仕事をきっちりこなしていた。セカンドの守備にも定評があり、ヒットせいのあたりを何回かアウトにしている。きっと頭で考えるより先に体が動くのだろう。ボールを捕球するまでの最初の一歩目が異様に早い。
「久留美、あんこ二人が打ってバッティング練習は終わりだから早くゲージに入れ~」
詩音の声がホームから聞こえて私たちは急いで準備した。意気揚々にバットを振るあんこに対して私は対照的だ。私は野球を始めてまだヒットを打ったことがない。だからバッティングが大嫌いだった。芯を外せば手は痺れるし、ましてデットボールがある。久留美はピッチャーをやっているから分かるが手元がくるう時はある。バッターにあててしまったときは素直に謝るがあてられたのが自分だったらと思うとぞっとする。だからといって打席に入ったらもちろんヒットは狙うに決まっているがそう簡単に打てるものではない。
隣のゲージで快音を響かせるあんこに対して私はスカっばかりでバットにまともにあたらない。
「素振りの練習なら他所でやりなさい。打てないならバントやエンドランのサインを想定しなさいよ、時間が勿体ないわよ」
マシンにボールを入れてくれているりかこに怒られながらも久留美は、ランナーとアウトカウントを想定したバッティングを行った。あんこも十球ほど気持ちよく打った後しっかりランナーを想定したバッティングを始める。ランニングメニューをこなしている時に気がついたが先輩たちは凡打の質が高い。例えばエンドランでゴロを転がすにしても私やあんこはボールにあてにいく感覚があり力ない打球が多いが先輩たちはしっかりと振り切ったうえでゴロを打っているから打球が強い。コースがよければヒットになる打球を打っていた。
「お疲れ様出した!」
バッティング練習が終わるともう陽が落ちかけていた。照明をつければまだできるがリーグ戦期間中はけが防止のため全体練習はこれで終わりだ。ノック、バッティングとシンプルなメニューながら状況や判断の確認をしながらやっているからかとても疲れる。今までの野球がいかに何も考えずただやってただけのものだったか実感する。
久留美は、家の用事があるため自主練習もほどほどに球場をあとにした。といっても父の誕生日を祝って外食するという用事でもっと練習がしたかったが、家族の決定事項その一、家族の誕生日は家族みんなで祝う。を破るわけにもいかない。
「くるみ今帰り?」
バス停に向かう途中翔子と一緒になった。翔子はこれからバイトらしくいつものチームジャージではなく女子大生らしい服装で汗の匂いを隠すためにいつもより多く制汗スプレーを体にかけていた。
「翔子さん少し聞いてもいいですか?」
「どうしたの?」
「りかこさんと慶凛大ってなんかあるんですか?」
う~んと唸る翔子はこれ言っていいのかなと悩んで少し自問自答したあと口を開いた。
「慶凛大にはりかこと高校が同じだった右の本格エースがいるのよ」
「本格エースですか」
「そう。名前は鳴滝美香子。去年の秋のリーグ戦で神崎より三振を多く奪って、奪三振のタイトルを取った逸材。そして勝ち点は逃したものの唯一慶凛大は創世大に一勝している。その原動力がりかこ因縁の相手ってわけ」
「でも慶凛大はいつも日Bクラスでうちよりも弱いんじゃ」
「順位から見ればね。だけど慶凛大のポテンシャルは高いよ、勝ちたいって気持ちが強すぎるの。だから必要以上の野次とかラフプレイが多く挙句の果てには審判に悪態ついていろいろ損してる、狂犬のように誰でもかみつく手ごわい相手なのは確かよ」
翔子と久留美はバス停に到着するとちょうど駅までのスクールバスが停留所に現れた。運転手さんに頭を下げてバスに乗り込む。
「慶凛大戦はくるみが先発だからきっとプレッシャーを凄くかけてくると思う。だからりかこからいろいろアドバイスをもらうといいわ。あの子は勝気な性格だからめんどくさいこともあるけど野球に対して真面目で努力家よ」
「分かりました」
今日は七時前には家に着くから父の誕生日プレゼントを買いにいける。最近肩がこるとか言っていたからシップでいいか。安上がりだなって笑われそうだけどまぁ許してもらおう。
「久留美なんか最近ホントに楽しそうだな」
父の誕生日会が終わってリビングでまったりバラエティーを見ているとお風呂上りの父が話しかけてきた。上半身に服をまとっておらず下っ腹が出てるのがよく分かった筋肉質だった昔の面影をすっかりなくした姿に母は呆れている。
「お父さん鍛えたらいいのに」
「勘弁してよ、あ、風呂あいたからどうぞ」
「いやいやおっさんのあとの湯船につかれないでしょ」
父はため息をついて冷蔵庫の麦茶をコップに注いだ。
「昔はお父さんっ子だったのになぁ」
「いつの話してんのよ」
父は久留美の隣に座ると白々しく視線に入ってきた。うざかったので睨んでやったら父はエルボーガードを持っていて思わず「えっ」と声を上げる。
「打席入るとき肘守るのに必要だろ」
「なんで野球やってんの知ってるの」
父は笑っている。何でもお見通しだよって言いいながら。久留美は母にそれとなく野球を始めたと言っていたが、父にはなにも言っていなかったし、最近仕事も忙しそうで帰宅する時間も夜遅いから分からないと思っていた。
「日曜日、こっそり試合を見にいったんだ。久留美がベンチから声を出しているのを見て楽しそうに感じたよ。じいちゃんが死んでから元気なかったから父さん安心してな。ピッチャーやるんだったら肘のガードはいるだろう今日スポーツ店で買ってきたんだ」
「もうこそこそ見るんじゃなくて堂々と見ればいいじゃん。しかも日曜日は投げないから私。でもまぁ、ありがと」
久留美は父から顔を背けた。なんとなく父の顔を見るのが恥ずかしかったからだ。
「まぁ頑張んなさい。志は高く、目標は低く。これ父の格言」
「意味わかんない」
「分かってたまるかよまだ二十歳にもなってない小娘に」
久留美は、シャワーを浴びてからおやすみと言って二階に上がった。父からもらったエルボーガードをさっそく装着して構えるとなんだか強打者になった感じがする。今ならソヒィーのように打てる気がした。明日はランニングがメインになるがバッティング練習がないわけではないし、一応打席には立つし、持っていこうと久留美はエナメルバッグにエルボーガードをしまった。
河川敷のグラウンドに着いたのは六時五十分だ。危ない、危ない。遅れたらりかこさんに何を言われるか、想像しただけで恐ろしい。
私は父に今世紀最大の角度で頭を下げて感謝の意を表した。父は笑いながら手を振ると来た道を颯爽と戻っていく。グラウンドにはすでに先輩たちが来ていた。挨拶を済ませ真咲さんの前に集合する。
「上級生の都合で申し訳ない。一時間集中してやれば濃い練習はできるから今日は守備をメインにやろう。各自アップを済ませキャッチボールの後に野手はシートノックに入る。りかこ、咲坂もノックに入ること。ノックが終わったあとは野手はノルマの三百スイング。投手はランニングメニューをこなすように、さあ行こう」
かけ声と共に走り出す。私はりかこさんに声をかけた。
「りかこさん。慶凛大についてなんですけど」
「分かってる慶凛大の対策でしょ。土曜日までにたたきこんであげるから覚悟しなさい」
それだけ言うとりかこはダッシュして遠くに行ってしまった。
「真咲さん。慶凛大学戦の初戦は私に行かせてください」
声の主はりかこだった。二十球程度の投げ込みが終わりレフトポールからライトポールを往復するランニングメニューをしていた久留美は、ブルペンに入って翔子のボールを受ける真咲に野手の練習に交ざっていたりかこが直談判をしているところを見た。
「いいえ、予定通り久留美を先発させて行ける所まで行かせる。りかこはファーストで起用するわ、だからいつでもいけるように準備しておいて欲しい」
「しかし、慶凛大はどうしても・・・・・・」
「私はあなたのバッティングもピッチングと同じくらい評価してる。それに勝ち点を取るためには二勝しなければいけない、理解してくれる?」
「・・・・・・分かりました。バッティング練習に戻ります」
りかこは不服そうに顔をしかめていたがバッティングゲージに入るとマシンの球を鋭く打ち返していた。広角に打ち分けるソヒィーとプルヒッターの真咲に加えりかこも非凡なバッティングセンスがある。
「久留美ちゃん師匠たちがバッティング終わったら次は私たちが打っていいって」
外野を守って打球を捕っていたあんこが久留美を誘いに来た。一年生ながら抜群の身体能力で何でもそつなくこなすあんこは二試合で五打数二安打と二番バッターとしての仕事をきっちりこなしていた。セカンドの守備にも定評があり、ヒットせいのあたりを何回かアウトにしている。きっと頭で考えるより先に体が動くのだろう。ボールを捕球するまでの最初の一歩目が異様に早い。
「久留美、あんこ二人が打ってバッティング練習は終わりだから早くゲージに入れ~」
詩音の声がホームから聞こえて私たちは急いで準備した。意気揚々にバットを振るあんこに対して私は対照的だ。私は野球を始めてまだヒットを打ったことがない。だからバッティングが大嫌いだった。芯を外せば手は痺れるし、ましてデットボールがある。久留美はピッチャーをやっているから分かるが手元がくるう時はある。バッターにあててしまったときは素直に謝るがあてられたのが自分だったらと思うとぞっとする。だからといって打席に入ったらもちろんヒットは狙うに決まっているがそう簡単に打てるものではない。
隣のゲージで快音を響かせるあんこに対して私はスカっばかりでバットにまともにあたらない。
「素振りの練習なら他所でやりなさい。打てないならバントやエンドランのサインを想定しなさいよ、時間が勿体ないわよ」
マシンにボールを入れてくれているりかこに怒られながらも久留美は、ランナーとアウトカウントを想定したバッティングを行った。あんこも十球ほど気持ちよく打った後しっかりランナーを想定したバッティングを始める。ランニングメニューをこなしている時に気がついたが先輩たちは凡打の質が高い。例えばエンドランでゴロを転がすにしても私やあんこはボールにあてにいく感覚があり力ない打球が多いが先輩たちはしっかりと振り切ったうえでゴロを打っているから打球が強い。コースがよければヒットになる打球を打っていた。
「お疲れ様出した!」
バッティング練習が終わるともう陽が落ちかけていた。照明をつければまだできるがリーグ戦期間中はけが防止のため全体練習はこれで終わりだ。ノック、バッティングとシンプルなメニューながら状況や判断の確認をしながらやっているからかとても疲れる。今までの野球がいかに何も考えずただやってただけのものだったか実感する。
久留美は、家の用事があるため自主練習もほどほどに球場をあとにした。といっても父の誕生日を祝って外食するという用事でもっと練習がしたかったが、家族の決定事項その一、家族の誕生日は家族みんなで祝う。を破るわけにもいかない。
「くるみ今帰り?」
バス停に向かう途中翔子と一緒になった。翔子はこれからバイトらしくいつものチームジャージではなく女子大生らしい服装で汗の匂いを隠すためにいつもより多く制汗スプレーを体にかけていた。
「翔子さん少し聞いてもいいですか?」
「どうしたの?」
「りかこさんと慶凛大ってなんかあるんですか?」
う~んと唸る翔子はこれ言っていいのかなと悩んで少し自問自答したあと口を開いた。
「慶凛大にはりかこと高校が同じだった右の本格エースがいるのよ」
「本格エースですか」
「そう。名前は鳴滝美香子。去年の秋のリーグ戦で神崎より三振を多く奪って、奪三振のタイトルを取った逸材。そして勝ち点は逃したものの唯一慶凛大は創世大に一勝している。その原動力がりかこ因縁の相手ってわけ」
「でも慶凛大はいつも日Bクラスでうちよりも弱いんじゃ」
「順位から見ればね。だけど慶凛大のポテンシャルは高いよ、勝ちたいって気持ちが強すぎるの。だから必要以上の野次とかラフプレイが多く挙句の果てには審判に悪態ついていろいろ損してる、狂犬のように誰でもかみつく手ごわい相手なのは確かよ」
翔子と久留美はバス停に到着するとちょうど駅までのスクールバスが停留所に現れた。運転手さんに頭を下げてバスに乗り込む。
「慶凛大戦はくるみが先発だからきっとプレッシャーを凄くかけてくると思う。だからりかこからいろいろアドバイスをもらうといいわ。あの子は勝気な性格だからめんどくさいこともあるけど野球に対して真面目で努力家よ」
「分かりました」
今日は七時前には家に着くから父の誕生日プレゼントを買いにいける。最近肩がこるとか言っていたからシップでいいか。安上がりだなって笑われそうだけどまぁ許してもらおう。
「久留美なんか最近ホントに楽しそうだな」
父の誕生日会が終わってリビングでまったりバラエティーを見ているとお風呂上りの父が話しかけてきた。上半身に服をまとっておらず下っ腹が出てるのがよく分かった筋肉質だった昔の面影をすっかりなくした姿に母は呆れている。
「お父さん鍛えたらいいのに」
「勘弁してよ、あ、風呂あいたからどうぞ」
「いやいやおっさんのあとの湯船につかれないでしょ」
父はため息をついて冷蔵庫の麦茶をコップに注いだ。
「昔はお父さんっ子だったのになぁ」
「いつの話してんのよ」
父は久留美の隣に座ると白々しく視線に入ってきた。うざかったので睨んでやったら父はエルボーガードを持っていて思わず「えっ」と声を上げる。
「打席入るとき肘守るのに必要だろ」
「なんで野球やってんの知ってるの」
父は笑っている。何でもお見通しだよって言いいながら。久留美は母にそれとなく野球を始めたと言っていたが、父にはなにも言っていなかったし、最近仕事も忙しそうで帰宅する時間も夜遅いから分からないと思っていた。
「日曜日、こっそり試合を見にいったんだ。久留美がベンチから声を出しているのを見て楽しそうに感じたよ。じいちゃんが死んでから元気なかったから父さん安心してな。ピッチャーやるんだったら肘のガードはいるだろう今日スポーツ店で買ってきたんだ」
「もうこそこそ見るんじゃなくて堂々と見ればいいじゃん。しかも日曜日は投げないから私。でもまぁ、ありがと」
久留美は父から顔を背けた。なんとなく父の顔を見るのが恥ずかしかったからだ。
「まぁ頑張んなさい。志は高く、目標は低く。これ父の格言」
「意味わかんない」
「分かってたまるかよまだ二十歳にもなってない小娘に」
久留美は、シャワーを浴びてからおやすみと言って二階に上がった。父からもらったエルボーガードをさっそく装着して構えるとなんだか強打者になった感じがする。今ならソヒィーのように打てる気がした。明日はランニングがメインになるがバッティング練習がないわけではないし、一応打席には立つし、持っていこうと久留美はエナメルバッグにエルボーガードをしまった。
河川敷のグラウンドに着いたのは六時五十分だ。危ない、危ない。遅れたらりかこさんに何を言われるか、想像しただけで恐ろしい。
私は父に今世紀最大の角度で頭を下げて感謝の意を表した。父は笑いながら手を振ると来た道を颯爽と戻っていく。グラウンドにはすでに先輩たちが来ていた。挨拶を済ませ真咲さんの前に集合する。
「上級生の都合で申し訳ない。一時間集中してやれば濃い練習はできるから今日は守備をメインにやろう。各自アップを済ませキャッチボールの後に野手はシートノックに入る。りかこ、咲坂もノックに入ること。ノックが終わったあとは野手はノルマの三百スイング。投手はランニングメニューをこなすように、さあ行こう」
かけ声と共に走り出す。私はりかこさんに声をかけた。
「りかこさん。慶凛大についてなんですけど」
「分かってる慶凛大の対策でしょ。土曜日までにたたきこんであげるから覚悟しなさい」
それだけ言うとりかこはダッシュして遠くに行ってしまった。