文字数 5,442文字

 いよいよコンテスト当日。
 会場のホールは満員札止め、二千五百人の観客が集まった、チケットは即日完売、ネットオークションではかなりのプレミアが付いて取引されていたらしい。
 
「わはははは……」
 定刻となり暗転した会場に野太い笑い声がこだまする、と、緞帳が降りたままのステージ上に一筋のスポットライト。
「諸君、『第一回 怖いものコンテスト』に良く来てくれた、感謝を込めて歓迎する、このコンテストは幽霊、妖怪など、人の怖がるものを一同に集めて、どれだけ怖いパフォーマンスを展開できるかを競うコンテスト、あらかじめ念を押しておくが、出場者は本物の幽霊や、妖怪である、むろん、共演者には人間が配されるが主演は全て本物だ、画期的なコンテストと言って良いかと思うぞ。
我輩はこのコンテストの司会を務めるデーモン夕暮である、手前味噌になるが、我輩ほどこのコンテストにピッタリな司会はおらんと思うぞ、この人選、いや悪魔選をした大会本部の慧眼に敬意を表する。 
出演者のパフォーマンスに移る前にルールを説明しておこう、諸君の手元に押しボタンがある、『このパフォーマンスは怖かった』と思ったらそのボタンを押してくれ、その数が出演者の得点となる、なお、このコンテストに於いては観客の身体へ直接的に働きかけて危害を与えることはもちろん、苦痛などを与えることも禁じられており、違反した場合は失格となる、あくまで怖いか怖くないかの勝負なのでな。 諸君に危害が及ぶ事はないので安心して怖がるが良い。 ちなみに、進行に当ってパフォーマンスの前に出場者を紹介する事はしない、ネタバレになるといかんのでな。 さあ、前置きが長くなっても退屈であろう、早速最初のパフォーマンスをご覧いただくことととしよう」

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 スポットライトが消えると緞帳が静かに上がった。
 するとほの暗い中、衣桁に掛けられた小袖が浮かび上がる……が、何も起こらない。
 と、前方の席から絹を裂くような悲鳴が上がった。
 何事か、とステージに目を凝らすと、袖から白い手がにゅっと現れている。
 会場全体が凍りつくと、小袖ははらりと衣桁から落ちて床に広がった、中に人など隠れていない事は明らかだ、そしてその袖から白い手がゆっくりと指で這い出して来て……手招きをした。
 電光掲示板の青白い数字がぐんぐんと上がり、1、033点で止まった。

   
「ただいまのパフォーマンスは『小袖の手』のものであった、いや、のっけから中々怖かったな、非常にシンプルな演出だが、日常の風景だと思いきや、良く見ると何かが違う……得体が知れないものが日常に紛れ込んでいると怖いものだ、本質的な怖さが良く表現されていたと思うぞ、いまひとつ点数が伸びなかったのは後ろの方の席からは良く見えなかったからではないかな? その点にもう一つの工夫があればもっと点数は伸びていたのではないかと思うぞ……次のパフォーマンスの準備が整ったようだ、では、二組目のステージをご覧頂こう」

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 緞帳が上がると、江戸の街の風景。
 やや寂れた雰囲気で、ステージ後方に張られた布には墓場のシルエットが浮かんでいる。
 ぼうっと浮かび上がるように顕れた若い女が、すーっと滑るように移動する。
この時点で得点は既に1,000点に達しようとしていた、そして女は飴屋の戸を叩く。
「もし……もし……」
「はいはい……このような夜更けにどなたですかい?」
「……水飴を一文……」
「こっちも商売だからお売りいたしやすがね、できれば昼間に来てもらいたいもんで……まあ、あんた、この寒空にそんなに薄い単衣の着物で……おや? 容れ物はないんですかい?」
「……ここに……」
「掌ですかい? ベトベトになっちまいますがね、いいんですかい?」
「……」
「いや、こっちは別に構わねぇんですがね……一文でしたね?」
「……はい……御代はこれに……」
「へい、確かに……」

「……もし……もし……」
「またあんたですかい? 六晩も続けてこんな夜中に来られちゃ、あっしも寝不足で参っちまう」
「……これが最後の一文になります……」
「最後? 一文銭が六枚……え?……もしや、あんた……」
「……お察しの通り……この銭は三途の川の渡り賃でございます……」
「じゃ、毎夜水飴を買って行きなさるのは……」

「おぎゃぁ、おぎゃぁ……」
 女がゆっくり背後を振り返ると、赤子の泣き声が……。
 ステージが暗転すると電光掲示板はぐんぐんと上がり、2,123を示した。


「ただいまのパフォーマンスは『子育て幽霊』のものであった。 江戸の昔は土葬であるから、子を宿したまま亡くなった女が棺桶の中で子を産み落とし、乳の代わりに水飴を買いに来る……なんとも物悲しくも、母の愛の深さを感じられるパフォーマンスであった、高得点も当然のことであろうと思うぞ……では次のパフォーマンスをご覧頂こう」

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 緞帳が上がる……が、何分待っても何も起こらない。
 会場のあちらこちらにざわめきが広がると、突然、子供の笑い声がそこかしこで湧き上がる。
 いつの間にか十人の子供、揃って短めの赤い着物におかっぱ頭の女児が客席に紛れ込んでいたのだ。
「え? あなた誰?」
 女児の隣に座っていた観客さえ、いつ紛れ込んだのか気付かず、そこに座っていることに違和感すら覚えていなかった。
 女児たちはクスクスと笑いながら席を立ってステージに集まると、輪になって廻り始める、良く見ると真ん中には黄色の着物の女児、いつの間にか十一人になっている。

「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつでやる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面だぁれ」

「#♭∞△ちゃん」

 鬼となった黄色い着物の女児の声は良く通るのだが、誰も名前を聞き取れない、しかし、正確に言い当てられたと見え、「後ろの正面」の女児がすぅっと消える、そしてそれを合図にしていたかのように、十人の女児たちもきゃっきゃと歓声を上げながら消えて行った……。

 得点は……1.721点。


「ただいまのパフォーマンスは、言わずともわかるであろう? 言うまでもなく諸君は『座敷童』を目撃したのだ、う~む、人ならぬ我輩にもいつ紛れ込んだのかわからなかったぞ、かごめかごめの鬼がいつ現れたのかもだ、不思議な力であるものだな……得点は妥当なところであろう、知らず知らず人の中に紛れ込んでいて気がつかせない怖さは確かなものだが、人に悪さを仕掛けない存在であることもわかっておるし、姿かたちは可愛らしいものであるからな。
 次のパフォーマンスの用意が整ったようだ、ではご覧頂こう」

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 緞帳が上がり、ステージがほの暗い証明に浮かび上がると、そこには小川が流れている。
 ……と、そこに一枚の戸板が流れて来る。
「うん? 何だ?」
 通りがかった男が木の枝を拾って戸板をつつくと……。
 ザザー。
 水音と共に戸板がゆっくりと直立し、バン! と言う大きな音と共に裏返る。

「恨めしや……お前は……伊右衛門」
「ギャー!」
 男が腰を抜かすと共に暗転。

 得点はとまどったようにポツリポツリと上がって行き、980点で止まった。


「うむ、ただいまのパフォーマンスは、ご存知、四谷怪談の『お岩』殿のものであった。 短い上にもう一工夫欲しかったかも知れぬな、このコンテストを見に来る人間なら四谷怪談も戸板返しも先刻承知であろうからな……次回の健闘に期待することとしよう……次のパフォーマンスをご覧頂こう」

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 緞帳が上がると、ステージはかなり明るく照らされているが、舞台装置のようなものは皆無、何が起こるのかと観客が固唾を呑んで見守る中、袖からヒョッコリと現われたのは一つ目、長い舌、一本足に下駄履きの唐傘お化け、異形ではあるがユーモラスな姿だ。
 そして、コツーン、コツーンと舞台を横切り始めると、一間ほど間を開けて二体目の唐傘お化け、そしてまた一間の間をおいて三体目が……。
 次からも出て来るわ出て来るわ、結局二十体ほどの唐傘お化けが前後左右に身体を振りながら楽しげにステージを横切って行った。


「これで終いか?……そうか……諸君、『唐傘お化け』のパフォーマンスは以上だそうだ、」
 デーモン夕暮の声を聴いて、ようやく得点が上がり始めるが、305点で止まってしまった。
「いや、悪いパフォーマンスではない、楽しげで、悪魔も思わず微笑んでしまったぞ、しかし……怖いかと言われると、そうは言えないものであったな、得点もその辺りを反映したものであろう、いや、多勢でご苦労さんであった……次はかなりシリアスなパフォーマンスになるそうなので期待して欲しい」

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 緞帳が上がると、小さな焚き火の灯りに老婆が浮かび上がる。
「この岩屋に流れ着いて何年になるのだろうか……姫様の病を治すという胎の子の生き胆はいまだ取れぬまま、姫様は達者でおられるだろうか……ああ、しかし、今となってはそれよりも一人残して来た娘のことが気がかりじゃ、もう良い娘に成長しておるであろう、ひと目会いたいのう……おや? 誰かが岩屋に入って来たようだ……どなたかな?」
「旅の者でございます、身重の妻の具合が優れません、夜露に晒しては妻の身体にも胎の赤子にも毒となりましょう、どうか今宵一晩の宿をお貸し願いとう存じます」
「何?……身重とな……ああ、良いとも良いとも、こんな岩屋で着て寝るものも碌にありゃせんが、火だけは絶やさぬようにいたしますで、さして滋養のある物も振舞えぬが、腹を満たして身体を温める位の食べ物も差し上げられましょう」
「ああ、助かります、どうかお願いいたします」
「さあさあ、火に当たりなされ……」

 暗転……更に小さな焚き火の灯りに老婆の顔だけが浮かび上がる。
 暗くて手元は良く見えないが、シャッ、シャッと刃物を研ぐ音。

「どれだけこの日を待ち望んだことか……これで京に帰れる、娘の恋衣にも会える……」
「お婆さん……」
 焚き火の灯りの外から女の声、老婆が薪をくべると灯りが大きくなり、女の姿もぼうっと浮かび上がる。
「おお、目を醒ましなさったか」
「主人は……」
「薬を求めて里に下りなすったが、直に戻られようぞ」
「左様でございましたか……」
「具合はどうじゃ?」
「腹が痛んで動けませぬ」
「それはいかんのぅ……今すぐに楽にしてやろうぞ」
 青白く光る包丁、女の悲鳴。
「ど、どうして……」
「お前には済まぬが、儂には胎の赤子の生き胆が要るのじゃ……」
「ああ……私はここで死ぬのですね……幼い頃に生き別れた母をたずねて旅を続けてまいりましたが、それもここまで……もし、『いわて』と言う名の婆と出会うことがありましたら、恋衣は母をたずねる旅の途中で死んだと……」
「何? 恋衣? お前は……恋衣?」
「婆様?……」
「いわては儂じゃ、長い放浪で人相も変わってしまったじゃろうが……」
「母様でございましたか……私はとうとう母に会うことが出来たのでございますね?」
「ああ……恋衣、いかん、はらわたが……」
「私はもういけません、ひと目お会いできて本望でございます……」
「恋衣、死ぬな! 恋衣! 恋衣――――! おお、何ということじゃ、恋衣に会いたい一心でその恋衣を、実の娘を我が手にかけてしまうとは! あの赤子は儂の孫……儂は娘と孫をこの手で……」
 転げるように岩屋から走り出るいわて、傍らの池で血まみれの手を洗う。
「落ちぬ……血が落ちぬ……儂は畜生道に堕ちてしまった、それもせんないこと、わが子と孫を手に掛けたのだから……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 一瞬のフラッシュに浮かび上がったのは、血走った目、耳まで裂けた口、そして頭に生えた二本の角……すっかり鬼と化してしまったいわての姿。
 暗転……。

 固唾を呑んで見守っていた観客が一斉にボタンを押し、得点は2,335点。


「いや、恐ろしくも悲しい、『安達ケ原の鬼婆』のパフォーマンスであった……悪魔とて親子の情はある、長い放浪に疲れ果てた後、それと知らずにわが子と孫までを手に掛けてしまったいわて殿の心情を推し量ると我輩の胸も潰れそうであるぞ……高得点も当然のことであろう……。
 我輩のロックよりもヘビィな話であったな、諸君も疲れたであろう、ここまで六組のパフォーマンスが終了した、残るは七組、ここらで一息、二十分間の休憩としようではないか」
 
 
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