百戦錬磨の初体験

文字数 788文字

 私を見るなり男はうろたえた。
 経験のない男はすぐにわかる。
「ちょっと待って」と、なにも準備をしていないことを告げるけど、私の相棒は悠長に待つほどお人好しではない。
 乱暴なのは私の扱いからも察せられるが、もっと人に優しくなれ、と諭してあげたくなっても、相棒の気持ちを推し量れば強く進言できないのが常だった。

 私はいつも思うのだ。私の出番がなくなればいいのにと。

 疎ましく思われているのは茶飯事だ。
 そんなつもりはまったくないのに、どういうわけか、私を見ると皆あまりいい顔をしないのだ。
 急に身構え、出会いたくない人に出会ってしまったような、不穏な空気をかもし出す。
 ときには不当に不遜な態度で迫られ閉口させられる。

 なんどきも休まる暇はない。

 つぎに向かう先ではなにが起こっているだろう。

 相棒の鼓動をひっそりと感じとりながら、私の出番はあるだろうかと考える。
 静かに走る車内で、相棒が指でハンドルを小刻みに叩く音だけが聞こえる。
 のろのろと進む車列にいらだちをにじませるも、目立ったことはできない。

 ようやく目的の一軒家に辿りつくと相棒たちは二手に分かれた。
 相棒は裏手に回る。
 中の住人に気づかれないように細心の注意を払い、窓の死角へと入る。
 インターホンが鳴って玄関の扉が開く音がすると、相棒は窓ガラスをたたき割って中へと侵入した。
 名を叫びながらがむしゃらに部屋を駆け巡った。
 こんなことをしたらきっと私を取り上げられることになるだろう。

 それでも探し続け、やがてひざまずくと、相棒は懐から私を取り出した。

 目の前にいる少女は手足を縛られ恐怖に怯えていたが、私を見ると信じられない面持ちで私を見つめ返した。
 めずらしく相棒はやさしく語りかける。
「警察の者です。ミタニヒナコさんですね?」
 少女の目から涙があふれた。
 安堵していく姿を見るのは、はじめてかもしれなかった。
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