第3話

文字数 1,622文字

福島駅の端っこで、2両の列車が峠を越えようとしている。
 乗客は裕也たちの他に2・3人、隣のボックス席では、スウェット姿の女性が横になって口を開けていたが、峠の手前の庭坂駅の手前で目を覚ますと、他の乗客と共に、目をこすらせながら降りて行った。
 列車の車内に客が居ようが居まいが、車掌は声を聞かせ続け、精算機を持って車内を巡回する。
 列車は坂を登り始めて、左に白い山肌、右には見晴台から見るような景色を見せる。
 峠の中間に点在する駅にもう駅しか残っていないが、そのまま「峠」と名付けられた駅のホームには、まだこれらが駅たる駅であった頃からの名残のような、立ち売りの声がこだましていた。
 2人は大して腹も減っていなかったが、地域も変わり、代も変わっても変わらず、列車の止まるほんの30秒に全てを賭けるその心意気には敬意しか無い。
「峠~~峠~~峠の力餅~~~」
と声を上げるその当代に、裕也は迷わず1000円札を2枚差し出した。
「あっこれ食べたことあるよ新幹線乗った時に」
未来乃が懐かしそうな目で力餅の箱を見る。
「へーそうなんだ。でもこれは新幹線の車内で食べれるのとは少し違くて、新幹線で買える奴はのれん分けした所ので、本家は別、峠駅で売ってるやつが本家なんだよ」
「へー」
未来乃が感心に戸惑いが2割程度混ざったような顔をする。
 山形新幹線が同じ線路を通るようになってからも、峠越えが険しく、山間とトンネルを交互に映し出すことには変わりない。その繰り返しがやがて田んぼの繰り返しに変わり、隣からだんだんと、別の路線が近付いてそれが街の入り口になる。乗り換えた山形新幹線の車窓も白い田んぼばかりだったけれども、雪を中々見る事の無い二人にはそれだけで充分だった。それは乗り換えた秋田行きの普通列車でも同じ事だった。けれども

 死にたい。

 この4文字が唐突に浮かび上がってくる。
 今、こうして、大好きな鉄道の旅を、1人で無く女の子と一緒に行っている、こんな幸せな時にも、死神が鎖鎌を光らせてこっちを見ている。
 どんなに心のエンジンがうなりをあげていようとも、そのエンジンがうなりを弱めてしまえば、目のハイライトは暗くなって、視界は段々と真っ暗になっていく。
 未来乃には裕也のメンタルがぐらついているのが分かった。
「裕也、さっきから元気ないけど、大丈夫?」
と問いかけても裕也は
「うん・・うん・・・多分・・・・・・」
と、うだつのあがらない返事しかしない。
「なんだろう・・・この、倦怠感というか、むなしさというか、楽しい事をしているはずなのに、気持ちがどんどん沈んで行って、まるで沼の底に沈みこまれるようで、頭に谷底が乗っかって来たような気分だよ、今」
「そ、そう・・・なんだか大変そうね。少し休む?」
「ああ、そうするよ」
2人は仙山線を途中で降りて、おもひでぽろぽろの舞台になった駅の周辺を散策していた。
あまりに駅前が何も無さ過ぎて、心に詰まっていたモヤモヤすらもどうでもよくなっていた。
 結局、最上川添いの、最上川があまりよく見えない列車に乗って、2人は酒田駅前のビジネスホテルダブルベッドで何もせずに一夜を明かした。

 翌朝は、青春18きっぷで旅をしている訳でも無いので特急に乗って西を目指す事にした。
 途中のあつみ温泉駅では裕也が
「ここの駅で昔、新潟からわざと特急で向って、この駅は夜の時間帯無人駅になるってわかってたから、待合室のベンチのコンセントで充電してから寝台特急に乗ったんだよ」
と、昔の話を未来乃に聞かせたり、海沿いを走る区間では、2人はそのどこまでも向こうに向かっている景色に見とれていた。
 そこから長野、山梨、静岡と周り、東京に着いた2人はツイッターのIDを交換して、近い内の再会を約束した。
 大した絶景も無い鉄道旅だったけれども、2人の心を晴れさせるにはそれだけで充分だった。
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