第4話

文字数 4,876文字

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 中谷を先頭に6名の編集者と二人の部外者はリビングダイニングへとなだれ込む。オレンジ色の炎が揺らめく暖炉の前、アームチェアに腰を下ろしていた十文字晴信がゆっくりとこちらを向いた。
 「その様子だとどうやらゲームは私の負けのようだな・・・。」
 悔しさをにじませることもなく十文字は嬉しそうに言った。
 「謎解き役は・・・、大濱君の連れてきた葉山探偵かな?」
 「はい、つい先ほど金庫を無事に開けることが出来ました。しかし中に入っていた解毒薬というのはただのかき氷用のシロップではありませんか?」
 葉山が言う。
 言われてみれば確かに喉が焼けるように甘いとは思った。しかし解毒薬というものを生まれてこのかた飲んだこともないので正直なところ味の正解は分からないし、だいたい味なんてあるのだろうか、神林は疑問にも思わなかった。
 「そう、いかに私が裕福であろうとも1時間ジャストで人間を死に至らしめる都合の良い毒薬など入手できるわけがないよ。あれはただのシロップだ。君たちに毒を飲ませたとは言ったがそれもまた嘘だよ。」
 十文字がにやりと笑った。
 「勘弁してくださいよ・・・。」
 中谷が額を抑えて天井を見上げ叫ぶように言った。彼の気持ちもわかる、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされ、十文字に悪態をついてしまったのだから。
 「別にその件について君を責めるつもりは一切ないよ。むしろ感謝しているくらいだ。生命の危機に晒された時のリアクションの参考になった。」
 十文字は満足げに頷く。
 「ところで金庫の中にあった原稿ですが、あれは解いた私を雇った大濱さんのところで出版するということでよろしいですか?」
 葉山が聞く。
 「うむ、最初に開けた者に渡すつもりでいたのでそれで良いだろう。」
 「ありがとうございます。」
 葉山は頭を下げる。
 「よかったですね、大濱さん。十文字先生の最後のシリーズ作品は大濱さんのものです。私が役に立てて良かった。目的も果たし、先生のお遊びにも付き合う事が出来ました。それではこの辺りで私たちはお暇させてもらおうと思います。」
 「え?」
 十文字が驚く。
 「解説はしていかないのかね、葉山探偵。」
 「解説が必要ですか? 第一、問題の作成者は先生ご自身なのですから解説など必要がないと思いますが・・・? それにこの後、急ぎの用事があるのですが・・・。」
 葉山は当惑した表情を浮かべた。
 「いや・・・、要りますよ・・・、普通は。」
 横山が苦笑しながら言った。彼の意見に池田、河邑、出口、中谷、大濱、そして神林も頷く。招待状をテーブルの上に並べた葉山はぶつぶつとなにかを呟いたかと思ったら おもむろに電子ロックコードを入力しはじめて そして失敗するとまたぶつぶつと呟き、左掌に走り書きをしたかと思えば また電子ロックコードを入力して、今度は金庫を無事に開けることに成功した。電子ロックコードは液晶画面が数字を入力してもアスタリスクマークになるために神林は葉山が実際にどの数字を入力したのか分からなかった。普通ならどうやったか手法を聞きだそうとするのだが流石に解毒薬を飲むのを優先させたために まだ聞くことさえ出来ていなかった。ただ自分は帰りの車の中で聞けばいいだけの話だが、他の出席者にしてみればそういうわけにはいかないのだろう。十文字に尋ねれば良いだけだが やはり真相は探偵の口から語られたいものなのだ。
 「わかりました・・・。」
 葉山は嘆息してから観念したように言った。
 「では不本意ながら十文字先生が出題された謎の解説をさせてもらいたいと思います。」
 神林は拍手をして盛り上げた。つられてぱらぱらと何人かが手を叩く。
 「今回、この場所に皆さんを招待された時、先生は招待状を用意されました。そこにはそれぞれ記号が書かれていた事はすでにご存じかと思います。謎を解くうえでその記号がやはり鍵をなっていたわけです。」
 「○と◎、それに+のマークですよね?」
 大濱が優等生のように合いの手を入れた。
 「はい。しかし記号はその3種類ではなく 全部で4種類であることを先に述べておきます。」
 「4つ目がありましたっけ?」
 池田が疑問を口にした。
 「ええ、4種類目は横山さんの招待状に。一見すると○と同じ形でしたが大きさが他の○と違って一回り違います。それもまた答に繋がる大きなヒントとなっていたわけなので形は同じでも別種類としてカウントしています。」
 「確かに大きいな・・・。」
 中谷が横山宛の招待状を確認して言う。
 「でもこれが何を示しているのですか?」
 出口が言った。
 「これが何を示しているのか、その質問に答えるのは簡単なことですが ここは敢えて少し遠回りをしましょう。このゲームを行う際に先生が拘られたことがありました。横山さんはお気づきなのじゃありませんか?」
 「ここへ到着する順番ということでしょうか?」
 横山が答える。
 「その通りです。このゲームを成立させるために十文字先生は招待客が此処へ到着する順番にどうしてもこだわる必要があった。そしてそれが我々に提示されたヒントでもあったわけです。ではその通りに招待状を左から順に並べていきましょう。」
 葉山は招待状を10人掛けのテーブルの上に並べていく。

 〈 五月二十七日 二十ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ 24→12 〉
 〈 五月二十七日 十九ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ + 〉
 〈 五月二十七日 十八ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ◎ + 〉
 〈 五月二十七日 十七ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ + 〉
 〈 五月二十七日 十六ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ◎ + 〉
 〈 五月二十七日 十六ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ + 〉

 「さてこの記号、特に○と◎を見て皆さんがお気づきになられたことはありませんか?」
 視線を動かす葉山と神林の目が合う。これは来るだろうな、と彼は直感で思った。記号は全部で6種類、じっと見つめた神林の脳裏に突如として閃きが舞い降りた。
 「硬貨・・・に似ています。」
 神林は閃いた事をそのまま口に出した。
 その解答に葉山は嬉しそうに微笑んだ。
 「そう、今、神林君が指摘した通り、この記号は日本円の硬貨を表していたわけです。だからこそ500円玉を表す記号が書かれた横山さんは一旦、門前払いを食らうことになり、5円玉を表す記号が与えられた出口さんは1円玉を表す記号を与えられた池田さんよりも先に屋敷に足を踏み入れることが出来なかったわけです。」
 「なるほど・・・、ということはこの硬貨を表す記号の下の+マークは 文字通りプラスという意味でこれらを足した答が金庫の番号だったというわけですね?」
 河邑が何度も首肯しながら言った。
 「硬貨って全部足すと・・・、666円になるから番号は666になるわけですね?ああ、でも4桁だから頭に0が必要になるか・・・。」
 「はい、私も最初はそう考えて0666と入力したのですが それで金庫が開くことはありませんでした。ちなみに6066、6606、6660、という数字も一応試してみましたが駄目でした。」
 「それじゃあ一体、どうやって金庫を?」
 横山が尋ねた。
 「この招待状には記号の他にもう一つ暗号が隠されていたのです。それを解くことで答となる数字が表れる仕組みになっていました。」
 葉山が言った。
 「もう一つの暗号・・・?」
 神林はそれの正体を見極めようとしてじっと招待状を眺める。しかし、指定された時間以外でそれぞれの文面に違いは見つけられなかった。
 「それは一体、何なのですか?」
 大濱が眉根に皺を寄せて尋ねた。
 「十文字先生は謎を解くためのヒントをすでに大濱さんたちは所持していると言った、そして小林さんの言動の不自然さが全ての鍵でした。」
 「私達が所持している物と小林さんの言動・・・?」
 大濱が部屋の隅で畏まっている小林の方を見る。全員の視線を同時に浴びた小林は黙って一礼だけをした。
 「何か不自然な事があったか?」
 中谷が一番傍にいた出口に尋ねた。彼女は首を横に振った。
 「私達が所持している物で謎が解けるんですか? 何か持っていましたっけ?」
 池田が首を捻った。
 「ここへ私たちが到着した時、私と神林君以外の皆さんを一度、フルネームで呼んだのです。もちろん私と神林君は大濱さん以外の皆さんとは初対面ですが 皆さんは何度か仕事で顔を合わせてもいる、なのにどうしてフルネームで名を呼んだのだろうとその時は私達に紹介を兼ねているのかな、と思いましたが・・・、あれは全員にヒントを与える為だったわけですね?」
 「はい、その通りです。」
 小林は頷いた。
 「私達が所持していた物というのは名前ってことですか?」
 池田が葉山を見つめながら言った。
 「はい、みなさんの名前こそが謎を解く最後の鍵だったというわけです。では一度、招待状の到着時間順に名前を並べてみましょう。」
 
 池田多恵  イケダタエ
 出口詩織  デグチシオリ
 中谷哲哉  ナカタニテツヤ
 河邑モニカ カワムラモニカ
 大濱双葉  オオハマフタバ
 横山龍一郎 ヨコヤマリュウイチロウ

 葉山は自分の手帳に6人の名前を漢字とカタカナで表記していった。
 「この中に何かしらの数字が隠されているわけですか?」
 横山がメモ帳を覗き込んで呟く。
 「数字が隠されているわけではありません。さて名前をここに書き記しましたが、これだけではまだ不完全なのです。仕上げに最後のピースを使う必要がある。」
 「最後のピース?」
 中谷が首を捻った。
 神林に再び閃きが舞い降りた。
 「時間ですか?」
 「その通り。」
 葉山は指をぱちんと鳴らして神林を称賛する。
 「しかし招待状の時間は24時間表記になっているので これをまず横山さんの招待状にあった 24→12の指示通り12時間表記に直す必要があります。」
 
 池田多恵  イケダタエ       4ジ
 出口詩織  デグチシオリ      4ジ
 中谷哲哉  ナカタニテツヤ     5ジ
 河邑モニカ カワムラモニカ     6ジ
 大濱双葉  オオハマフタバ     7ジ
 横山龍一郎 ヨコヤマリュウイチロウ 8ジ

葉山は6人の名前の下に到着指定時刻を書き足した。
「そして一見するとこのジは時間の時でもありますが 文字のジでもあるわけです、ですからそれぞれに対応する文字を拾っていくと・・・。」
「タ、シ、テ、ニ、バ、イ・・・。足して2倍・・・。」
神林は言われた通り文字を拾って読んでいく。
「名前の中に 足して2倍 という暗号が浮かび上がってくるというわけです。足して2倍というのは文字通りの意味で あの記号が表す硬貨の合計666を2倍するという意味になり、1332 という数字が導き出されます。そしてこの答こそが金庫を開ける番号だったというわけです。」
 葉山が言い終えると6人から感嘆の声が上がった。
 「以上が 私のこの謎に対する解説ですが これで満足でしょうか?」
 葉山は一人離れた場所にいた十文字を見て言った。
 十文字が手を叩くと乾いた音が部屋に広がった。
 「お見事。」
 十文字は椅子からゆっくりと立ち上がる。
 「是非、君をモデルにした小説を書きたいね。よかったら君の今までの仕事での活躍をこれからゆっくりと聞かせてもらえないだろうか?」
 「お断りします。」
 葉山の即答にその場の誰もが驚いた。
 「こう見えても私、忙しいので。」
 「次の仕事の依頼でも?」
 「いいえ、借りていたDVDを返しに行かなければいけません。さあ、帰ろうか、神林君。頑張れば今日中には返却ポストに投函することができるはずだよ。」
 そう言うと彼女は人差し指でキーケースの付いた車の鍵をくるりと回して微笑んだ。

                           
                                   〈完〉
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