第3話

文字数 5,283文字

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 2階へと続く階段を上がって廊下を右へと曲ると突き当りの部屋の扉が乱暴に開いたままになっていた。横山、葉山に次いで神林が十文字の書斎へと入ると先に辿りついていた中谷、出口、池田、河邑の4人が金庫の前に集まっていた。
 「おい、あんた。金庫の番号なんてどこにもないじゃないか・・・。」
 書斎に辿りついた葉山を見るなり中谷が喰ってかかる。
 「まああくまでも可能性の一つを述べただけで 普通の感覚をお持ちなら金庫の番号を金庫には貼っておきませんよね。泥棒に盗んでくださいと言っているようなものなのですから。」
 葉山は飄々と言ってのける。
 「それでどう開きそう?」
 横山が一番近くにいた池田に尋ねる。
 「わかりません、金庫自体は電子ロック上で4桁の数字を入力してレバーを引けば開くタイプのシンプルなものですけど番号までは・・・。」
 池田が首を振った。横一列に並んだ前髪がふるふると揺れる。
 「0から順に入力していけばいつかは開きますよ。」
 河邑が力任せな方法を言う。
 「それしかないな・・・。」
 中谷も彼女に同意した。
 「確かにいつかはアタリの番号を引くでしょうけど、それって一体、何分後? 10000通りある組み合わせの中で最初の方の数字なら助かるけど後半の数字ならもう絶望だよ?」
 出口が否定的に言った。
 「じゃあ他に方法があるのかよ?」
 中谷が行き場の無い感情を出口にぶつけるかのように言う。
 「十文字先生はゲームだと言っていました。どこかに解答を導き出すヒントがあるのかも。」
 「この屋敷の中に隠されているということ?」
 横山が葉山に尋ねるように聞いた。
 「隠されているとは限りません。例えば十文字先生に纏わる数字なのかもしれません。それに気付くことが出来るのかどうかという意味でのゲームなのかも。」
 「十文字先生に纏わる数字か・・・、例えば売上部数とかですかね・・・?」
 河邑が言う。
 「参ったな、おおよその数字ならうちから出した先生の作品の部数は分かりますけど正確な数字となると会社に戻らないとちょっと・・・。」
 「それは私も同じだよ・・・。」
 出口が悔しさを滲ませて言った。
 「生年月日という可能性は?」
 神林が思いつくまま言う。少なくとも誰でも最初に思いつく身近な番号だ。流石にこれを採用しているとは思えないが何も言わないよりはましだと思った。
 「それならもう試しました。西暦も試したし、電話番号を下4桁ももちろんです。」
 池田が言った。
 「他に思いつく数字ありますか?」
 葉山が6人の編集者に尋ねる。
 「あとはもう車のナンバーとかくらいじゃないか? 0911だ。」
 中谷が言った。金庫の前を陣取っていた池田が即座にコードを入力するがやはりエラーが表示されて金庫が開くことは無かった。
 「私、思うんですけどね・・・、やっぱりこういう大事な番号って何かしらの意味を持たすと思うんですよ。その場しのぎの思いつきの番号だとやはり忘れたりしますからね。」
 葉山が呑気に言った。
 「まあ、確かに葉山さんの言うとおり結局は自分ではない誰かの誕生日だったり、中谷君が言う車のナンバーだったりしてしまうね。」
 横山が同意する。
 「でもそれではゲームにはならない。だって皆さんは十文字先生とは長年、作家と編集という立場で付き合ってきた仕事仲間ですからね。電話番号、生年月日、車のナンバーなどは簡単に思いついてしまって命懸けのゲームの答にはならないものです。だからといって先生にしか分からない数字、例えばクレジットカードの番号であったり、免許証の番号を採用したりというのもフェアではないと思うのです。」
 「確かに僕らはこうやって各地の自宅にお邪魔することはあっても そういうプライバシィには関わってはいないからね。先生のクレジットカード番号を答えろ、と言われても困る。」
 横山が言った。
 「ゲームという性質上、フェアであるべき。もちろん単に私の願望ではありますけど・・・先生の作品を読む限りでは謎の答は至る所に明確に表記されていて目から鱗が落ちました。あのような作品を書く方であれば今回もきっと答に辿りつくヒントが散りばめられているはず。」
 「つまり僕たちが気付いていないということ・・・?」
 「はい。例えば私が気になっているのは招待状です。」
 葉山は右手の人差し指を立てて言った。
 「招待状・・・、ああ確かに貰ったね。」
 横山は言うと上着のポケットから同じような封筒を取り出す。
 「いつも先生は皆さんの招かれる時、このような招待状を送付されるのでしょうか?」
 葉山は言う。
 「いいや、初めてだよな・・・。」
 中谷は否定しつつ、皆の意見を確かめるために聞く。
 全員が口をそろえて初めて送られてきたと答えた。
 「先生とのやりとりはほとんどがメールです。電話もお嫌いなので掛けても出ようとはなさいませんし、掛ける時は事前にメールで連絡をします。それに仕事を兼ねて訪れる際のやりとりなどもすべてメールで招待状というのは初めて受け取りました。」
 大濱が答えた。
 「この招待状で明確に気になる点が2つあります。」
 葉山は大濱から預かった招待状を皆に見せながら言った。
 「その記号ですね?」
 神林が行きの車中でも上がった話題を思いだして言った。
 葉山は助手のアシストに満足げに頷く。
 「招待状の文面、その最後にあるこの ○と+ という記号。これに心当たりがある方、どなたかおられますか?」
 「○と+・・・?」
 出口が怪訝そうな顔をした。
 「私の招待状には ◎と+ですけど?」
 彼女はそう言うと黒のハンドバッグから招待状を取りだして広げてみせた。
 
 〈 五月二十七日 十六ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ◎ + 〉

 「それ私もやで。」
 河邑がエディタバックから招待状を取りだして同じように広げてみせてくれた。
 
 〈 五月二十七日 十八ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ◎ + 〉

 「俺のは大濱さんと同じ ○と+ だった。」
 中谷も招待状を上着のポケットから取り出して開ける。

 〈 五月二十七日 十七ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ + 〉


 「他の皆さんはどうでしょうか? 今の所、二種類の謎の記号が提示されています。自分の招待状をもう一度、確認してもらえませんか?」
 葉山が呼びかける。
 「僕のはこれです。」
 横山が招待状を開いた。

 〈 五月二十七日 二十ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ 24→12 〉

 「+がありませんね?」
 神林は覗き込んで言った。横山の招待状の記号だけプラスの記号はなく、そして若干ではあるが他の招待状より ○が一回り大きいような気がした。目の錯覚なのだろうか、それとも毒が回ってきたのだろうか、神林は何度か目を瞬かせた。しかも他の招待状にはない、24→12という数字もある。
 「池田さんは?」
 横山が池田にも招待状の開示を促した。
 「私は 中谷さんや大濱さんと同じ○と+でした。」
 答えながら彼女は招待状を開いてみせた。

 〈 五月二十七日 十六ジ 十文字家別邸へ来られたし。 ○ + 〉

 「三種類の記号ですか・・・。」
 テーブルの上に招待状を円形に並べて真上から覗き、横山は首を捻った。
 「超能力を開発するカードにも似たような記号がありましたよね?」
 池田が言った。
 「○と+なんてどこにでもある記号で超能力とかは関係ないでしょ。しかもあれって星とか波とか他にもあったはず。」
 出口が冷めた口調で言う。
 「池田さんの言うようにESPカードなら他に記号もあるべきだし、それだったところで数字って何ってことになるよね?」
 河邑も呟くように言った。
 「じゃあ、他に案があるんですか?」
 二人に立て続けに意見を否定されて池田が少しムッとしながら言った。
 「それは私にはわからないですけど・・・。」
 河邑は困った顔をして神林の方を見た。
 「○と◎、それに+の記号を普段から十文字先生がサイン代わりに使っていた、ということはありませんか?」
 葉山は6人全員に尋ねるように言った。
 その質問に対しても全員が否定する。十文字は署名をする際は必ず十文字と書くらしく、記号を使うということはなかった、ということだった。
 「葉山さん、2つ気になることがあると言われていましたよね? 1つが記号のことだとして、もう1つは何ですか?」
 「時間です。今日、皆さんが十文字家に招かれたのは仕事ではなく、もっとプライベートな集まりだったはずです。だったら訪問時間は統一していてもよかったはずなのに 出口さんと池田さんを除いて 1時間という間を空けて招待しています。」
 「確かに・・・。」
 横山が葉山の意見に興味深そうに頷いた。 
 「今日が仕事でそれぞれの出版社から出す企画内容を知られては困るというのなら話はわかりますが それでも1時間間隔というのは少し変です。最低でも午前と午後、もしくは日を別にするのが一般的だとは思います。」
 「それに到着時刻が早まった横山さんを一度、追い払っていますよね、それも引っかかるのです。仕事での集まりなら分かる。けれど今日は内容こそ明らかにはされていなかったけれど皆さんを集めているのはほかならぬ十文字先生自身なのです。出席者が早く到着したからといって門前で追い払うというのは私には異様にしか思えません。それとも先生は普段から、そういう時間に関しては潔癖なところがあったのでしょうか?」
 葉山は長い睫毛を一度、大きく瞬かせてから聞いた。
 「遅刻に対しては確かに厳しい方ですね、遅刻は相手の時間を奪う行為だと私の後輩が一度、目茶苦茶怒られた事があります。もちろん他人に厳しくある以上、先生も私たちとの約束に関して遅刻されたことは一度もありません。」
 「こちらの提案の締切の1か月前には原稿も頂いていますしね。」
 池田が出口の証言を際立たせるように言った。
 「そういえば池田さん・・・。」
 出口が思い出したように彼女の名前を呼んだ。
 「ここへ来たときにおかしなことがあったでしょう?」
 「ああ、そうです、そうです。」
 彼女に言われて池田の声のトーンが上がった。
 「おかしな事?」
 「私と出口さんもここまでそれぞれの車でやってきたのですけど 私が車に忘れ物をして取りに行っている間に出口さんと小林さんが玄関先で押し問答になっていたんです。」
 池田が出口を思いやって少し声を潜めた。
 「今、思い出しても不快ですけどね・・・。こっちは時間通りにやってきたっていうのに池田さんが先です、とだけ言って雨の中、待ちぼうけですよ・・・。ここが十文字先生の自宅でなければ帰っていたところです。まあ、今となっては普通に帰っておけばよかった、と思いますけどね。」
 出口が卑屈に鼻で笑った。
 「お二人は確か、16時到着指定でしたね。」
 葉山はテーブルの上の招待状を指さして言った。
 「ちなみに横山さんが此処へ1度目、到着した時間は?」
 「14時でした。駐車場にはまだ誰の車も無かったのを憶えています。」
 横山が質問に対してさらりと返事をした。
 「それがどうかしたのかよ、探偵さん。もう俺らには残されている時間ってないんじゃないの? こんなところで話し合っていないで金庫の番号を適当に入れていくべきだろう?」
 中谷が時計を見て焦りながら言った。
 「ちなみに皆さんにお聞きしますが 以前にも約束の時間より早く到着して横山さんのように追い返されたことがありますか?」
 「ないよ、そんなこと。」
 中谷が焦りながら答える。他の招待客も同じ答だった。
 「出口さんや池田さん、横山さんの話からも分かるように十文字先生はどうやら今回、順番というものをかなり意識していたみたいですね・・・。」
 葉山は呑気に言うともう一度、テーブルの上の招待状に視線を落としておもむろにそれを今度は左から順に2列に並べ始めた。そうして指をぱちんと鳴らすと葉山は金庫の前にしゃがみ込むとナンバーを物凄い速さで入力し始めた。
 「駄目・・・、次。 駄目・・・、次。 駄目・・・次。 駄目・・・次。」
 4度連続でナンバーを打ち込んでいくがことごとく金庫に拒絶されて葉山は立ち上がる。
 「考え方はおそらく正しい・・・、けれどまだ足りないということか・・・。」
 ぶつぶつと葉山は呟いて書斎の中を落ち着きなく歩いた。何かを探しているというわけではなさそうだった。ただ考え事をしているらしい。
 「大丈夫なの? あんたのとこの探偵・・・?」
 出口が不安そうに神林に尋ねる。しかし、こんな葉山を見るのは初めてのことで神林もどう答えてよいかわからなかった。
 すると散々動き回っていた葉山は動きを止めてまるで獲物に狙いを定めるかのように横山達の顔を見回した。
 「招待状以外で皆さんが所持しているもの・・・、なるほど・・・。」
 葉山はおそらく本人は自覚していないであろう不気味な笑みを浮かべて喉で静かに笑った。

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