第6話

文字数 1,829文字

どこにも居場所なんてなかった。
夜空の星を、いくつ数えた事だろう。

果てしない星空の向こうに、失ったものを求めて
見つけられない何かを、見出そうとしていた。

形にならない想いは、いつしか心には抱えられない程に
大きく膨らんでいて自分の腑にたまっていく。
宮殿に連れてこられて、ひと月も経ったある日
伯父に、話があると呼ばれた。

広く開かれた祈りの間に伯父は、先に来ていて
部屋の中央に座っていた。
灯りは少なく、どことなく気を張るのを感じながら
『座りなさい。』

と言う言葉に、言われるがままに腰を下ろした。
伯父は、床に広げた古めかしい布切れのようなものを
広げている。

『お前は、竜が人の姿に慣れる事を知っているか?』
「……竜が?」
『あぁ。次の日食までに生贄を準備しないと、竜は人の姿になり
代わりを捜しに来る。か、雨を降らせずに乾季がひたすらに続くだけ。』

布切れには、へたくそな絵が描かれていた。
竜も、中には描かれていて人々が
生贄を差し出す場面が、おそらくは描かれている事が分かった。

「雨が降らない年は、作物が駄目になる……。」
『枯れてしまうだろうな。今までにも、数回経験した事だ。』
「それだけは、何とかしないと。飢え死にする人が出る。」
『お前は、誰よりも飢えを恐れて暮らしていただろう。今は、また
寝食の心配など無用な生活にはなっただろうが。』

もう、自分一人の意思の問題ではない所まで来ている。

伯父の言葉からは、ひしひしと危機感を煽るものが
感じられた。
当たり前だ。伯父は、俺一人よりも
この風塵の民を案じているのだ。

正しさよりか、もっと本能的なものが
優先されてしまう事も、世の中にはあるのかもしれない。

『当てつけではないが、この街の穀物貯蔵庫が最近
盗賊に襲われたりと、既に感じている者は動き出している。』

危機感、未来を不安視するもの。
「いつか、暴動が起きる……」
『まぁ、このままが続けばの事だ。私達はいつだって安心したいんだ。
安心して眠りにつける、食事の心配がない、これこそが平穏な生活の
最低条件とも言える。』

近頃は、伯父に勉学を教わり始めたせいで
なんとなく言わんとしている事が見えて来た。
「俺は、どうしたらいい?」
『日食の日までに、既に人の姿になってしまった竜を……見つけ出して欲しい。』
「じゃ、街に出ても良いのか?」

『護衛を2人つける。その2人は、既に街に放ってある。ちなみに、日食は明日だ。』
「明日!?で、今日言われても。捕まえ方も分からないのに……。」
叔父は、ため息をつきながら俺の頭を撫でた。

『お前の母は本当に、大切な事をイリアに伝えていないのだな。』
「どういう事?」
『その額のアザは、ただのアザでは無いと言う事だ。』

今までは、なるべく額のアザを隠して来たけれど
「見たら、分かるって事?」
『家の家系には、約束の証にと……体のどこかにアザが現れている。
しかし、皆がそうでもなかったりと。あの竜は本当に気が変わりやすい。』


否応なく、日食の日に俺は朝から控えていた2人の護衛と
街に出かける事となった。
あたりが暗くなるまでに、竜を見つけられなければ
他の誰かが犠牲になるか。

干ばつの未来が待っていると、釘を刺されて
生きた心地がしなかった。
2人は、竜の人の姿を昨日見たらしく
取り逃がしてしまったものの、その特徴は

赤い髪に、顔には刺青があると言っていた。
一見して、青年のような風貌をしていると言う。

俺は、どうしてもどうしても
クレースの店を見たくて2人にお願いして、
店の近辺にまで連れて行ってもらった。

2人は、ここで待っています。と
少し離れた雑貨屋の辺りで俺と別れた。
久し振りに、帰って来た。と思って駆け出す。
心が弾む。

もう2度とは、会えないかもしれないけれど
最後に一目だけでも、と思って
店の前に来てみたものの。

店は、張り紙がしてあって
文面を読んでみると
どうやら、店は閉店したらしく
人手に渡ると書いてあった。

『残念だな。俺も、ここに用があったのに。』
背後から声がして、振り返ると
「……ぁ…」
空がたちまち、暗くなり始める。

雲がまるで意思を持っているかのように
大きく動きだした。

照り付けていたはずの、太陽が……。

『やっと、見つけたぞ。』
赤い瞳から、目が逸らせない。
顔には、確かに刺青が施されており
風に流れる燃える様に赤い髪の色。

『太陽を喰らう月は、お前だったのか。』
言葉が出なかった。
本能で、察するものが多くありすぎて
伸ばされた手のひらは、俺の額にかざされた。

終わった。と、俺は静かに目を閉じた。

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登場人物紹介

イリア(10代前半)

身寄りが無くなって数年が経つ。読み書きも余りできない。

額には、変わったアザがある。

毎日をやっとやっと暮らしている。

クレース(20代前半)

お人好しな好青年。家業を継ぎ毎日忙しく

暮らしている。困ってる人を放っておけない性格。

竜(後ほど登場)

雨を降らせる事が出来る高名な竜ではあるが

喜怒哀楽が激しく、嫉妬深い一面がある。

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