第5話

文字数 1,915文字

目を覚ますと、空が遠く高くに見えた。
生きている。ホッとした。大人2人に色んな事を言われて
混乱している隙に、何か不思議な匂いを嗅がされて
意識を失ったんだ。

何日、気を失っていたのか分からないが。
今は朝らしい。牢にでも入れられたのかと思う様な
狭い空間には、一応食事が置かれていた。

「クレース……」
何はなくとも、この名前が出て来る。
ここは何処なのかも分からずに、助けを呼ぼうにも
気力が無くて声が出ない。

何も期待して生きていなかった、少し前の自分の生活よりかは
マシなのかもしれない。
重い扉が開いて、靴音が聞こえる。

『やっと起きたな。』
男の声だった。
『生きてて良かったな。けど、お前はその内……喰われる運命だけどな。』
男は、鍵を開けて俺が居る小部屋に入って来た。

眼が、かすんでよく見えないけれど
声を聞く限りでは、また自分に危害を加えるかもしれない
大人が1人増えただけだ。

「喰われる?」
俺は、目を擦りやっと間近で男の姿を見る事が出来た。
『残念な人生だ。お前の母親は逃げてしまい。上手く難を逃れたつもりかもしれないが。』
真っ白い髪の男は、食事を改めて運んで来てくれたらしい。
「母さんを知ってる?」

『知ってるも何も、俺の妹だからな。』
意味ありげに言った男の表情を見ても、俺は特に何の反応もしなかったせいで
ため息が聞こえた。
「お腹空いた……。」
『だから、食え。お前が意識を無くしてる時も食事は持って来てあったのに。』
「さっき、目を覚ましたばっかり。」

男に了承を得て、その場でお祈りをしてから
食事を摂っていると。
『ずっと浮浪児やってた訳でも無いらしいな。最後に、誰かと暮らしていたんだろうが。』
「……!クレース、クレースは?」

男は、苦笑いをしつつ
『そいつ、お前を必死に探してるらしいけどな。もう会えないだろうな。だって、お前が
役目を果たすって事は、もうこの世には居なくなるって事だからだ。』
冷たい言葉で、現実を伝えて来た。

「居なくなんか、ならない。俺はまた絶対にクレースを見つけ出して。一緒に暮らすんだ。」
用意された食事を食べ終わると、男は俺の頭を撫でた。
『その目が、妹そっくりなんだよな。あいつも、駆け落ちしてお前を産んで。同じ血が
流れてるのを感じるよ。』

言われている事の半分は、よく分からなかったけど。
一刻も早く、ここから出て外の世界にクレースを捜しに行きたい。

『次の、日食の日にお前を差し出す事が決まった。それまで、この宮殿内であれば
何をしようと自由だ。』
男は、それだけを伝えると地下牢みたいな部屋を出してくれた。
「何をしたらいいんだ?」
『お前は、とりあえず風呂に入れ。』

広い宮殿内を、歩き男の後ろに付き従っていると
綺麗な人が、何人も何人もすれ違いざまに頭を下げている。
男に対してのものだとは、理解できても
なじみの無い光景に圧倒されるばかりだった。

『もっと酷い格好をしているかと思ったが……人並みの物を与えてくれたらしい。』
「クレースは、優しいから。買ってくれたんだ。」
『男に金を使わせるなんて、大した奴だ。さ、存分に洗われて来い。俺は、この先の書庫に居る。
黙っていても、世話を焼く者だらけだから、案ずるな。』

男が指を刺す先を振り返ると、2人の女性が俺の手を引いて行く。
抵抗する術も無く、そのまま風呂に連れて行かれた。


人が多いのに、常日頃はそれを感じさせない不思議な空間がこの宮殿内だ。
俺は散々綺麗に髪を洗われたり、香油まで塗られて
疲れてしまっていた。慣れない事は、緊張するから本当に心も体も
疲労するんだと思った。
軽やかで、涼しい衣服に着替えると
男が先程言っていた、書庫へと足を向けた。

「おじさーん。」
と、扉の前で呼ぶとすぐに
『扉は、ノックしろ。分かったか?』
開かれた扉の奥に、ずらりと並ぶ本棚を見て俺は
圧倒させられた。本は、クレースも持っていたけれど。

こんなにも沢山は、見た事が無かった。
『この書物こそが、ある意味では国の宝でもある。それ程、知識の価値とは重いんだ。』
「……俺まだ、あんまり文字は習ってる、途中だったから。」
『酷いものだな、妹は人の親として教えられなかったと言うのか。』
「母さんを、悪く言わないで。ある時から母さんは体を悪くしたんだ。」

『何……?!それは、今は生きているのかお前も知らないんだろう?』
「そう。急に、居なくなってたから。」
男は、少し俯いてその後はあまり話さなくなった。

俺は、とにかく色んな事が起きている事に
心がもたなくなりそうだった。

クレースの事、生贄の事に母さんの事。
日食が次にいつ起こるのかは、分からないけれど
とにかく、生きている。
出来る事を探す。やっぱり、クレースにもう一度会いたい事だけは
ハッキリしていた。
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登場人物紹介

イリア(10代前半)

身寄りが無くなって数年が経つ。読み書きも余りできない。

額には、変わったアザがある。

毎日をやっとやっと暮らしている。

クレース(20代前半)

お人好しな好青年。家業を継ぎ毎日忙しく

暮らしている。困ってる人を放っておけない性格。

竜(後ほど登場)

雨を降らせる事が出来る高名な竜ではあるが

喜怒哀楽が激しく、嫉妬深い一面がある。

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