第5話 名付け親

文字数 858文字

 彼を「クロスケ」と呼んでいる近所のじいさんは、だいたい朝その辺を散歩して、昼間は同じ世代の老人たちと一緒にゲートボールなんかをしている。一人暮らしだから、外に出かける方が楽しいみたいだ。
 そして夕方、自分のご飯の支度の前に餌をくれる。それが日課だから、もはやクロスケはじいさんに飼われている様なものだった。

 クロスケとじいさんは、ちょうどクロスケの母猫がニンゲンによってどこかに連れて行かれたばかりの頃に出会った。母猫を探してそこら中を歩き回り、力尽きてじいさんの家の玄関前にへたり込んでいた所をじいさんに発見された。瀕死のクロスケは、じいさんに助けられたのだった。

 クロスケが目を覚ますと、仔猫は安らかな寝息を立てていた。それを見てまずクロスケは大きく穏やかな溜め息をついた。大きさからするに、まだ生まれてひと月も経たないくらいだろうか。その時クロスケは自分の腹が鳴るのを感じた。

「腹減ったな。昨日はじいさんのところ行かなかったからあまり食ってなかった。そういや、この子はどうする。。。俺、おっぱい出ねぇし。」

そう考えてふと、仲間のミケ子の事を思い出した。知り合った時既に、ミケ子の耳は片耳が少し切られていた。
 怪我をしているのかと心配するクロスケに、彼女はなかなかその理由を話してくれなかった。ミケ子はニンゲンによって、仔猫を産めない身体にさせられてたのだった。その耳の切り欠きは、ニンゲンが手を加えた事を意味する印であり、ミケ子にとっての大きな傷みだったのだ。
「ニンゲンは、これが私達ノラ猫の為だって言ってるらしいけどね。」
ミケ子は少し寂しそうにそう話していた。
「私はもう、赤ちゃんを産むことも、おっぱいをあげる事もできないのよ。」

 ミケ子は、同じ歳くらいの猫が子育てする様子を遠いところから悲しそうな目で見ている事が何度もあった。そんな事を思い出しながら、クロスケは少しの間、仔猫をじっと見つめていた。
「まず、じいさんの所へ連れて行こう。」
クロスケは、それが今目の前でこの仔猫を助ける最善の方法だと思った。
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登場人物紹介

クロスケ:主人公であるノラの黒猫。基本的にニンゲンの事は信用しておらず、自分をクロスケと呼ぶ近所のじいさんにのみ、懐いている。賢い性格で、同じ猫に対しては面倒見が良く仲間想い。

オリオン:第二主人公の白い仔猫。天体と話が出来る不思議な力を持つ。

じいさん:クロスケを世話している老人。昔は高校の教師だった。

赤毛の脱走兵:クロスケの仲間。保健所から脱走してきたことでこう呼ばれるようになった。

泥棒のブチ:クロスケの仲間。食料をはじめニンゲンから泥棒するのが天才的に上手い。

情報屋のミケ子:クロスケの仲間。ノラ猫として生きるための情報をいつも素早く集めてくれる。片耳には切り欠きがある。

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