第1話 運命のはじまり
文字数 1,702文字
春休み最終日。自室にある姿見の前で、ウェーブのかかった黒髪を持つ少女は両腰に手を当ててポーズをとってみた。茶色の瞳に写る自分は、春休みにはいる前よりもどこか大人びて見えた。
「んふふ、私もいよいよ中学生かぁ」
彼女が身に着けているのは赤いラインの入ったセーラーブラウスに薄い紺色のノーカラージャケット、黒いプリーツスカートを合わせた、「セーラーブラウス」とでも形容すべき制服。いよいよ入学式が明日にせまる、教信 学園中学校の制服だ。
教信学園は幼稚園から大学まで所有する私立で、毎朝の礼拝や聖書の授業が行われたりするキリスト教系の学校である。かくいう鼻歌混じりに鏡の前ではしゃいでいる少女・南去美亜 も幼稚園らずっと通っている生徒の一人である。
同級生の顔ぶれも校舎や制服のデザインも、公立の学校に進学している子どもたちに比べればあまり変化はないのだが、それでもやはり入学式というのはワクワクするようだ。
「ママ―、パパ―、見て見てー」
嬉しさのあまり、美亜は制服姿のまま一階にいる両親の元まで階段を下りていった。
「おー、似合ってるそ。美亜」
黒髪をツーブロックにした、筋骨隆々とした四十歳に手が届きそうな年齢の男性が、ソファでテレビを見るのをやめて娘の方へと振り返る。
バレリーナのように、リビングでくるりと回って見せる娘を
「うふふふ。はしゃいじゃってー。美亜ちゃん可愛いー」
ウェーブのかかった栗色の髪をもつ三十代半ばぐらいの女性がスマートフォンで娘の写真を撮りながらのんびりと微笑んだ。
「だってー。楽しみなんだもん。新しい制服に、新しい教室! 新しい教科!」
「気持ちはわかるぞ。新しいことってなんかワクワクするもんな。美亜がそんなに楽しみにしてるなら明日のビデオ撮影、パパ頑張るぞー!」
「ママは、美味しいご飯作るのと、美亜ちゃんとお友達の写真撮影頑張っちゃおうかしら」
「わーい! じゃあ、何作ってもらおうかなぁ……。唐揚げ、ハンバーグ、ムニエル、グラタン、カレー、手巻き寿司……。ママの作るご飯どれも美味しいから、迷うー!」
そんな和やかな時もつかの間。
ガシャンッ
二階から、何か大きな石を窓ガラスに投げつけられたような音がした。
「きゃあっ!」
「なっ、何だ?」
「二階から……だよね。まさか、泥棒?」
「そんな、まさか」
そんなことを話しながら、母・茉莉 はフライパンを。父・寄夫 は仕事道具の中から金槌を。美亜はお玉を。それぞれ思い思いの武器を持ちながら、慎重に二階への怪談を上る。
「二階の、どこから音がしたのかしら」
「俺たちの寝室は特に問題がなさそうだから、残るは……」
三人が美亜の部屋まで行くと、案の定部屋の窓ガラスが大きく割れていた。フローリングの床にはガラスの破片が太陽に反射してキラキラと輝き、そのガラスに混じって謎の物体が転がっていた。体長が十五センチほどのそれは、一見羊にとてもよく似ていたが背中には鳥のような翼が。
「何、これ……」
美亜が近寄ってみてみると、胸のあたりがわずかに上下に動き、
「う、うう……」
成人男性のようなうめき声まで聞こえる。どうやらぬいぐるみではなく、生き物のようだ。右側の翼はボロボロで、見たところ血は出ていないが体のいたるところから黄色い光の粒子が漏れ出し、体の色が徐々に薄くなりつつあった。直感で、この生き物が傷ついているのだと判断した美亜は、生き物を抱きかかえ後ろにいる両親へ振り返ると、
「パパ、ママ! 大変! この子、ケガしてる! 今すぐ病院に連れて行かないと!」
そう訴えた。
「美亜ちゃん、何言ってるの? 病院?」
「おい、見せてみろ。ガラスで手、切ったのか?」
「違う、ケガしてるのは私じゃなくて! この子だよ! 見たことない動物だけど、羊っぽいから動物病院に行けば大丈夫だとおもうけど……」
必死に訴える美亜のことを両親は心配そうな顔で見返す。そして二人とも声をそろえてこう言った。そんな奇妙な動物はこの部屋のどこにも見当たらない、と。
「んふふ、私もいよいよ中学生かぁ」
彼女が身に着けているのは赤いラインの入ったセーラーブラウスに薄い紺色のノーカラージャケット、黒いプリーツスカートを合わせた、「セーラーブラウス」とでも形容すべき制服。いよいよ入学式が明日にせまる、
教信学園は幼稚園から大学まで所有する私立で、毎朝の礼拝や聖書の授業が行われたりするキリスト教系の学校である。かくいう鼻歌混じりに鏡の前ではしゃいでいる少女・
同級生の顔ぶれも校舎や制服のデザインも、公立の学校に進学している子どもたちに比べればあまり変化はないのだが、それでもやはり入学式というのはワクワクするようだ。
「ママ―、パパ―、見て見てー」
嬉しさのあまり、美亜は制服姿のまま一階にいる両親の元まで階段を下りていった。
「おー、似合ってるそ。美亜」
黒髪をツーブロックにした、筋骨隆々とした四十歳に手が届きそうな年齢の男性が、ソファでテレビを見るのをやめて娘の方へと振り返る。
バレリーナのように、リビングでくるりと回って見せる娘を
「うふふふ。はしゃいじゃってー。美亜ちゃん可愛いー」
ウェーブのかかった栗色の髪をもつ三十代半ばぐらいの女性がスマートフォンで娘の写真を撮りながらのんびりと微笑んだ。
「だってー。楽しみなんだもん。新しい制服に、新しい教室! 新しい教科!」
「気持ちはわかるぞ。新しいことってなんかワクワクするもんな。美亜がそんなに楽しみにしてるなら明日のビデオ撮影、パパ頑張るぞー!」
「ママは、美味しいご飯作るのと、美亜ちゃんとお友達の写真撮影頑張っちゃおうかしら」
「わーい! じゃあ、何作ってもらおうかなぁ……。唐揚げ、ハンバーグ、ムニエル、グラタン、カレー、手巻き寿司……。ママの作るご飯どれも美味しいから、迷うー!」
そんな和やかな時もつかの間。
ガシャンッ
二階から、何か大きな石を窓ガラスに投げつけられたような音がした。
「きゃあっ!」
「なっ、何だ?」
「二階から……だよね。まさか、泥棒?」
「そんな、まさか」
そんなことを話しながら、母・
「二階の、どこから音がしたのかしら」
「俺たちの寝室は特に問題がなさそうだから、残るは……」
三人が美亜の部屋まで行くと、案の定部屋の窓ガラスが大きく割れていた。フローリングの床にはガラスの破片が太陽に反射してキラキラと輝き、そのガラスに混じって謎の物体が転がっていた。体長が十五センチほどのそれは、一見羊にとてもよく似ていたが背中には鳥のような翼が。
「何、これ……」
美亜が近寄ってみてみると、胸のあたりがわずかに上下に動き、
「う、うう……」
成人男性のようなうめき声まで聞こえる。どうやらぬいぐるみではなく、生き物のようだ。右側の翼はボロボロで、見たところ血は出ていないが体のいたるところから黄色い光の粒子が漏れ出し、体の色が徐々に薄くなりつつあった。直感で、この生き物が傷ついているのだと判断した美亜は、生き物を抱きかかえ後ろにいる両親へ振り返ると、
「パパ、ママ! 大変! この子、ケガしてる! 今すぐ病院に連れて行かないと!」
そう訴えた。
「美亜ちゃん、何言ってるの? 病院?」
「おい、見せてみろ。ガラスで手、切ったのか?」
「違う、ケガしてるのは私じゃなくて! この子だよ! 見たことない動物だけど、羊っぽいから動物病院に行けば大丈夫だとおもうけど……」
必死に訴える美亜のことを両親は心配そうな顔で見返す。そして二人とも声をそろえてこう言った。そんな奇妙な動物はこの部屋のどこにも見当たらない、と。