プロローグ
文字数 1,009文字
ある春の日の昼下がり。綿菓子のような雲が浮かぶ青空に、夜でもないというのに光の尾を引いた流れ星があった。それはすぐに消えてなくなることなく、徐々に地表に近づきつつある。
太陽が輝く空を望遠鏡でじっと見る人間などいないので誰も気づかないが、実際は流れ星などではなく傷だらけの銀色の鎧を身にまとった、銀髪の男性だった。年齢は二十代前半ほど。左頬に真新しい切り傷がついた彫りが深く美しいその顔立ちは、美術館に飾られた彫刻のようで、背中には白く大きな翼が生えていた。しかし、右側の四分の一ほどは刃物で切り落とされたかのように欠け、羽根と黄色い光の粒子をあたりに撒き散らしていく。明らかに非行能力を失っている彼は、米粒のように見える街並みをエメラルドグリーンの瞳に映しながら、
(ルシファーめ……。ずいぶんと派手にやってくれたものだな)
心の中で、悪魔へ呪いの言葉を吐き捨てる。
(だが、こちらには『後継者』という切り札がある。奴らが先に接触する前に、会わねばなるまい)
そう思った彼が、船の舵のように残るもう片方の翼で落ちる方向を修正しようとしたそのとき、
「ねぇ。ミカちー。そんなに急いでどこ行くのカナ?」
とても楽しそうな、だが悪意に満ちた声が真後ろから聞こえた。
「……っ、ラウム!」
悪魔の名前を呼びながら即座に振り向くと、そこにいたのは、体長一メートルはあろうかという巨大なカラス。こちらを見るその顔は心なしか、ニヤリと笑っているように感じた。
「チッ、しつこいな!」
「我慢してよ。それがボクの今の仕事だから――、ねっ!」
ラウムは大きくクチバシを上下に開くと、体の中からビームのように闇を吐き出した。それと同時に素早く体を回転させてラウムに向き直ると、天使は右手のひらから白い光のビームをぶつける。
「くっ……!」「はあああああっ!」
同じタイミング、同じ強さで放たれた光線は押しつ押されつしながら、やがて光と闇の境目から莫大なエネルギーを発生させ、
「うわあああああっ!」「きゃあああっ!」
天使と悪魔を吹き飛ばした。
力の大部分を使い果たした彼らは、その瞬間、ラウルの姿は一般的な大きさのカラスに。天使の姿は翼の生えた白銀の毛並みを持つ子羊へと変貌した。
「我は、こんなところで終わる訳にはいかない……、の、に――」
自分を遣わした神がおわす空を眺めながら、天使は地表へと落ちていく。
太陽が輝く空を望遠鏡でじっと見る人間などいないので誰も気づかないが、実際は流れ星などではなく傷だらけの銀色の鎧を身にまとった、銀髪の男性だった。年齢は二十代前半ほど。左頬に真新しい切り傷がついた彫りが深く美しいその顔立ちは、美術館に飾られた彫刻のようで、背中には白く大きな翼が生えていた。しかし、右側の四分の一ほどは刃物で切り落とされたかのように欠け、羽根と黄色い光の粒子をあたりに撒き散らしていく。明らかに非行能力を失っている彼は、米粒のように見える街並みをエメラルドグリーンの瞳に映しながら、
(ルシファーめ……。ずいぶんと派手にやってくれたものだな)
心の中で、悪魔へ呪いの言葉を吐き捨てる。
(だが、こちらには『後継者』という切り札がある。奴らが先に接触する前に、会わねばなるまい)
そう思った彼が、船の舵のように残るもう片方の翼で落ちる方向を修正しようとしたそのとき、
「ねぇ。ミカちー。そんなに急いでどこ行くのカナ?」
とても楽しそうな、だが悪意に満ちた声が真後ろから聞こえた。
「……っ、ラウム!」
悪魔の名前を呼びながら即座に振り向くと、そこにいたのは、体長一メートルはあろうかという巨大なカラス。こちらを見るその顔は心なしか、ニヤリと笑っているように感じた。
「チッ、しつこいな!」
「我慢してよ。それがボクの今の仕事だから――、ねっ!」
ラウムは大きくクチバシを上下に開くと、体の中からビームのように闇を吐き出した。それと同時に素早く体を回転させてラウムに向き直ると、天使は右手のひらから白い光のビームをぶつける。
「くっ……!」「はあああああっ!」
同じタイミング、同じ強さで放たれた光線は押しつ押されつしながら、やがて光と闇の境目から莫大なエネルギーを発生させ、
「うわあああああっ!」「きゃあああっ!」
天使と悪魔を吹き飛ばした。
力の大部分を使い果たした彼らは、その瞬間、ラウルの姿は一般的な大きさのカラスに。天使の姿は翼の生えた白銀の毛並みを持つ子羊へと変貌した。
「我は、こんなところで終わる訳にはいかない……、の、に――」
自分を遣わした神がおわす空を眺めながら、天使は地表へと落ちていく。