「24時50分、どこかの誰かのモノローグ」

文字数 944文字

 二十四時五十分。なんだか喉が渇いて目が覚めた。
 軽く伸びをしてから台所に向かう。神経質な彼は浄水器の取り付けを真剣に考えているみたいだけど、この街の水道水も、そう悪くはない。

 この街に引っ越しをして一か月が経った。彼は転勤でひどく疲れている様子だ。今日も帰ってすぐにベッドに向かい、泥のように眠っている。
 せめて布団ぐらい被ってほしい。ううん、ご飯もちゃんと食べてほしい。お風呂は……まぁいいけど。また風邪でも引いたらどうするのよ。

 彼が体の下に敷いてしまっている布団をどうにか引っ張ろうとするけれど、重すぎて動かない。彼は、ストレスで太るタイプだ。
 諦めずに引っ張ると、薄目を開けて私を見た。見るなり、お尻を撫でてくるんだからたまったもんじゃない。

 ――もう! そんなことする前に上着くらい脱ぎなさいよ。
 私の思いなんて気にもせず、彼は私を抱き寄せる。
 抵抗もできず、その腕のなかに収まってしまう馬鹿な女なのだ、私は。

 どうしてこうも、彼の寝息を聴くと落ち着くのだろう。

 深い呼吸の音が、この部屋を埋めていく。彼よりこの部屋に長くいる私は、この街にも慣れてきていた。
 近所の踏切の音、下校する子ども達の声、遠慮がちなハイヒールの音、何だって聴こえるの。

 ねぇ、知らない女のにおいがするのよ。

 香りが強いシャンプーも、趣味の悪いオーデコロンも、私が気付かない訳ないじゃない。
 せめて、洗い落としてから帰ってきてよね。

 まぁ、泊まってこないだけマシなのかも。
 少しだけ不機嫌なフリをして、仕返しはしてしまうけど。

 彼と一緒になって五年目。この腕のなかは、私だけの場所。
 彼の呼吸の音を聴いて、私もまた微睡んでいたが、彼は唐突に起きて辺りを見回した。
 私もつられて飛び起きると、彼はキャットフードの袋をガサガサと探りだした。

 寝ぼけてるのかしら? 自動餌やり機買ってくれたじゃない。

 一言鳴くと、彼はようやく思い出したようだ。

「やっぱり、ミミのためにも独り暮らしはなぁ……」なんて、独り言。

 彼のスマホに映る女がどうしようもなく憎くなって、手に噛みつく。
 私は甘えたいのよ。鈍感な男なんだから。そんな私の反抗なんて気にもせず、彼は笑顔で頭を撫でる。

 深夜二十五時。首元の鈴がコロンと鳴った。
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