第5話 仲間意識

文字数 2,198文字



「で、誰が犯人だと?」

「え?私に訊くんですか?」

 みっともないが、手を掌わせて頼んだ。

「芳枝さんです」

「……芳枝?」

「No.2の」

「……ああ。……しかし、彼女にはアリバイがあったはずだ」

「そのアリバイをしたのは、芳枝さん専属のヘルプをしていた多恵さんじゃないですか?」

「……ちょ、ちょっと待ってくれ」

 俺は急いで、篠崎からFAXで送られた事情聴取のコピーを取りに行った。立場は逆転していた。



 戻ると、裕子は当時のことでも思い出しているのか、遠くを見るような目をしていた。

「確かに、多恵が、芳枝と一緒にいた、と証言してます」

「……やっぱり。多恵さんは、芳枝さんのためなら何でもすると思うわ。多恵さんは若くもないのに、指名客が無くて、いつも、ヘルプをしていた。
 そんな時、芳枝さんが、専属のヘルプにしてあげたの……」

 俺は話を訊きながら、不謹慎だが、なぜだか、裕子と結ばれる予感がしていた。

「……専属のヘルプになると、場内指名といって、本指名の半額の指名料が貰えるの。だから、多恵さんは芳枝さんに感謝したはずよ。
 だから、芳枝さんのアリバイ工作だってしてあげたはず」

「だが、なぜ、芳枝は飛鳥を殺したんだろう……動機は?」

「それも、私に訊くんですか?」

「ついでに頼む」

 掌を合わせた。

「飛鳥が入る前までは、No.1だったのは、芳枝さんだった。飛鳥の商売方法は汚かった。手練手管で他のホステスの客を自分の指名客にしていた。芳枝さんの客も例外ではなかった。
 本来、一度指名になったら最後まで指名になる、永久指名のシステムの店が主流なんだけど、あの店は違ってた。客の好みに合わせて、指名を変えることができた。
 ……そう言えば、こんなことがあったわ。芳枝さんのお客さんで、佐々木さんて人がいたんだけど、ある日、飛鳥が佐々木さんと同伴してきたの。
 そして、待機していた芳枝さんに言ったの、『よかったら座って』って。今まで自分のお客さんだった佐々木さんの席に、ヘルプで座ることになるのよ。でも、芳枝さんは、笑顔で『いらっしゃいませ』って言って座ったわ――」

 裕子は我がことのように無念の表情をした。

「悔しかったでしょうね……でも、それだけじゃないの。芳枝さんの恋人まで奪ったって、聞いたわ。
 ……芳枝さん、病気のお母さんが故郷に居たんですって。それで、頑張ってたのね……」

「あなたのように?」

「えっ?」

 吃驚したように俺を見た。

「ママが言ってましたよ、あなたには何か違う目標があった。だから、問題を起こさないように、丁寧な仕事をして頑張っていた、と」

「……だって、揉めごとを起こして、三面記事の女になりたくないもの」

 その言葉は、裕子の当意即妙だと思った。

「まぁ、いいや。ところで、芳枝が真犯人だと、皆、知ってたの?」

「たぶん」

「じゃ、どうして、黙ってたんだ?客が減るから?」

「それだけじゃないわ。……仲間意識かな」

「仲間意識?」

「そう。飛鳥は皆から嫌われていた。死んでくれて清々したと思ってる人は沢山いたと思うわ」

「ママもか?」

「ママにしたって、No.1の飛鳥が居なくなったんだもの、No.2の芳枝さんに期待するしかないじゃない。逮捕されたら、客は減るし、店の評判も悪くなるもの。 だから、皆が、もしかして芳枝さんが犯人かも、と思っても、わざわざ、言わないでしょ?」

「……なるほどね。話はまた、後で伺います。お腹が空いたでしょ?食事を作ります」

「……ええ」

 芳枝を哀れんでか、裕子は寂しげな目で俺を見上げた。




 ――裕子は山菜の天麩羅を旨そうに食べながら、俺に笑顔を向けた。俺は嬉しくて、ほっとした。



 食後のお茶を飲んでいる裕子に、

「……ところで、一つ確認ですが、事件の翌日、爪を切っていたそうですが、どうして?」

 気になっていたことを訊いてみた。

「爪?」

 裕子が自分の指先に目をやった。

「……ああ。引越の時、何します?」

 逆に問われた。

「……荷物の片付けとか」

「そう、荷造りです。あれって結構、力が要りますよね?重い段ボールを持ったり、ガムテープを貼ったりすると、爪が割れたり、傷付けたりする可能性もあります。だから、切ったんです」

「……なるほど」

 納得して、裕子を見ると、

“刑事のくせに、そんなことも推測できないの?”

 みたいな顔をしていた。

 俺は自分の浅はかさが情けなかった。勝手な解釈によって、裕子を容疑者にしていたのだ。裕子に申し訳なく思った。

「芳枝が今、どうしてるか、電話してみます」

 新しくお茶を淹れてやると、篠崎に電話をした。




 メモ用紙を手にして戻ると、

「鈴木さん、明日、富山に付き合ってください」

 俺は取り急いで言った。

 状況を把握した裕子は、

「……はい」

 と、ゆっくりと頷いた。



 車中、裕子は暫く車窓を流れる景色を追っていたが、やがて、バッグから文庫本を出して読み始めた。

 裕子の不図見せる寂しげな表情が、俺は気になっていた。



 駅前のシティホテルに裕子を置くと、その足で、芳枝の実家に向かった。
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