第1話

文字数 1,730文字

銀河ステーションにて

ある年の夏に岩手に帰省した折
萬鉄五郎の絵を見るために
彼の故郷である土沢で途中下車した
八月の初めの平日だったと思うが
意外にも電車は混んでいて
降りる際にも多くの人が私の前にいた
この小さな駅でこんなに多くの人が
この時間帯に下車するのだろうかと驚いた
どう見ても観光客ではないようだったし
そして 汽車から降りるまさにその瞬間 
私はバランスを崩し思いっきり前につんのめった
なんと 扉の前に段差があり一段低くなっていた
その勢いで前にいた若い女性の肩に
しがみつくような恰好になってしまった
その瞬間 すいません と大きな声で詫びたが
これは大変なことになったと思った
しかし 返ってきた言葉は意外なものだった
振り向きざまに 大丈夫ですか と
心底からこちらを気遣う瞳と言葉だった
あのとき 女性が悲鳴をあげていれば
私はどうなっていたのだろうかと思う

そういえば 土沢という駅は確か
『銀河鉄道の夜』の銀河ステーションのモデル
であるという話をどこかで聴いたことがある
どうも あの日ことが霞んだように思い出される
なぜ 平日の夏の夕暮れにあんなに多くの人たちが
あの小さな何もない駅で降りて行ったのか
今思えば 不思議なほど
誰もが穏やかで親切そうだった
見知らぬ男に突然背後から抱きつかれても
真っ先にこちらの身を案じたあの若い女性
あの人たちは今 どこにいるのだろう
そして 何をしているのだろう


ファンレターの紹介と私のコメント

 心に柔らかな風が吹き込んで来ました。ここは銀河ステーション、ブリーラ リベエーロ土沢…とアナウンスが聞こえて来そうです。プリーラリベーロ(光る川)で下車する人々は穏やかで優しいのでしょう。突然のハプニングで、さぞかし驚かれたことでしょう。お怪我はありませんでしたか?咄嗟に何かにしがみついてしまうのは誰にでもあることだと思います。しがみつかれた若い女性はとても驚いたと思いますが、素晴らしい反応でしたね。真っ先に相手の身を案じ、大丈夫ですか?と振り向きながら言えるなんて、なかなか出来るものではありません。驚きと恐怖で言葉を失い、曖昧な言葉を発するのがやっとで、人によっては嫌な顔をして文句を言うかも知れません。イーハトーブの小さな駅で起きた、優しい出来事。ここは本当に優しい人達が住む星なのかも知れません。比較することではありませんが、私は昨日、都会の電車に乗っていて短時間ではありましたが、立ちっぱなしでした。席が空いたなとヨタヨタと移動しても、若い人達が我先にと狙っていたように席に着くのです。そしてすかさず、スマホいじり。私も決して年寄りには見えない年齢で見た目は至って健康体(膝を患っていますが)痛くて困っている訳ではなかったし、まぁこんなものでしょうと揺れる車内で立っていました。人それぞれ、自分も若い頃はこうだったかも知れません。話が逸れましたが、穏やかな優しい瞬間に触れると、自分もいつか誰かに同じことをしてあげようと思うのです。私も銀河ステーションの、その若い女性のようになれたらいいなと思いました。また、素敵なエピソードをお聞かせ下さいね。


 お便り、ありがとうございました。かなり以前のことですが、妙に記憶に残っています。  何か夢の中の住人のように不思議な人たちで、みんなとても親切で穏やかな若い人たちだったというふうに。若い女性は小柄な人で肩の華奢な感触も残っていますので夢ではなかったと思いますが。見知らぬ他人に親切にされた記憶は美しい思い出として永遠に残ります。あの人は、今、どこで何をしているのか、決して知ることが出来ない故に。私もそのようにちょっとした親切ができたたらいいなと願っています。一方、都会の電車内は目をそむけたくなるような光景が多くて、スマホに支配された若い人が傍若無人にエゴ丸出しで席を陣取っています。公的な空間と私的な空間の区別がつけられず、自分の部屋でやっていることを平気で電車内などでも行ってしまう。これは若い人だけではありません。本当に恥ずかしいことだと思いますが、彼らは一向に平気らしいです。それだからこそ、いきなり背後から肩を掴まれても真っ先に赤の他人の身を案じてくれた心根を尊く思い出すのです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み