おれはどんな顔をして物事を判断しているのか
文字数 5,003文字
タイトル:おれはどんな顔をして物事を判断しているのか
書いた人:甘 らかん(かん らかん 真面目と言われると腹が立つ)
「ショージィって、冷たいよね~」
とチャランに言われて、
「お前に言われる筋合いはない」
おだやかに返した。
「どうせ、おれっちはチャランポランのチャランですよっ」
昨日パーティーに加わった男は唇をとがらせる。
(お前にはなにも言いたくないし言われたくない)
思うだけで言わない。チャランと会話のラリーをするのは時間の無駄だ。
「とにかく、おれは引き返してバズーカ砲を購入してから立ち向かうべきだと思う」
おれはリーダーであるネッケに冷静に物事を判断しろと言った。
「ショージィの言うことが正しいんだろうな」
燃えるような赤い髪を逆立てているネッケが燃え上がる赤い目を向ける。
「だけどよ、それじゃ間に合わないと思わないか?」
おれはネッケの目つきから、彼がなにを言いたいかを理解した。
「なぁショージィ。俺たちガキのときからの付き合いだよな」
それが幸なのか、不幸なのかおれにはわからない。
「沈着冷静、機械頭脳のショージィ。猪突猛進、燃える戦車のネッケ。よそ様はよく言ったもんだよな」
おれは自分のことをそう思ったことはない。いつもそばにいるネッケが後先考えない性格だからそう見えるだけで、おれはただ現状を把握して物事を冷静に捉えているだけだ。
「俺バカだからよくわかんねぇけど」
おれのこめかみがピクッと動いた。ネッケがその枕詞から発する続きを、ガキの頃から何度も聞かされてきたから。
「いま動かなかったら、きっと後悔する」
「さすがネッケさん! そうでなくっちゃ!」
チャランはここで叩き斬ってしまいたい。
「ネッケ、いまの装備ではパーティーは全滅する」
おれは間違ったことは言っていない。10人中9人は頷く意見だ。それが10人中10人にならないのは、ネッケのような型破りの擬人化みたいな奴が存在するせいだ。
ネッケは一呼吸おいて語る。
「ショージィ、お前はいつだって正しいよ」
否定するくせに正しいと言う。
「けどさ、いつもそれが100%の答えだとは限らないぜ」
確率の問題ならその通りだ。100%はあり得ない。せいぜい99%だ。
「俺は、たった1%でも可能性にかけたいんだ」
おれは額の汗をチーフで拭った。もう深夜になるのにとても暑い。この国は、はじめての上陸だから余計に慎重になるべきだとも思う。
「死ぬぞ、ネッケ」
「いままで死んでないだろ」
強烈なアタックボールを額に受けた気分になる。
「やめてください」
涙声の少女のが割って入った。
ヒローインという名の依頼人の下の娘だ。下の、ということは上の娘がいる。いや、いた、なのか。
「おふたりが仲違いするなんて、つらいです」
ドラゴンの花嫁として差し出された姉を助けるために勝手についてきた。
はっきり言ってこういう女は邪魔だ。家でおとなしく待っているのも闘いだと思わないのか。
「大丈夫、お姉さんはかならず助ける」
少女の頭をポンポン叩くネッケ。
微笑みが戻る少女。
「ということだ、ショージィ」
どういうことかサッパリわからない。
「早くしないとヒローインの姉さんはドラゴンに食われてしまうんだ」
それもひとつの事実ではある。
「だが確実にドラゴンを仕留めるにはバズーカ砲が必要だとわかっただろ」
彼女の姉を助けることは依頼ではある。しかし、事態はもっと深刻だった。
そのドラゴンは、ただのドラゴンではなかった。
確実に倒さないと、この世界は木っ端微塵になる。
それを知ってなお、ネッケは無茶をすることが正しいと言うのか。
「ショージィは、世界とヒローインのお姉さんと比べたら、世界の方が重いと言うんだよな」
そういう言い方をするよな、子供の頃から。おれはそのたび舌打ちをこらえてきた。
「俺は違うと思うんだ。秤になんかかけられない。両方救う」
腹がたつのは、それで毎回毎回ネッケは両方救ってしまうことだ。
「おれは、一度たりとも間違ったことは言っていない」
なのに、なんで運命も人々もネッケを支持するのか。
「おれっち、ネッケの兄貴について行きますぜ!」
チャラン。おれは腰巾着を見ると叩き斬って金をいただいて立ち去りたくなると常に思っているような人間なんだ。
「ありがとう。私も、役に立つかわからないけど。お姉さんも世界も救いたい」
ヒローイン、一生気が合わないだろう。
おれはほかの仲間に目をやった。どっちに着くか、決めかねていた仲間があと2人いた。
そのうちの一人、力自慢のカイリキーが尋ねる。
「村に戻って、バズーカ砲を手にして戻った場合、何日かかるね?」
「少なくとも4日」
おれは正直に答えた。
「それじゃあ、間にあわねぇ。ヒローインの姉ちゃんはアウトだ。ワイは熱血兄ちゃんと闘うわ」
「カイリキー! 頼りになるぜ!」
嬉しそうだな、ネッケ。
「仕方ない。あたいも敵に背中向けるのは性にあわないから、1%の賭けにのるよ」
女盗賊ボ~ヨン。ギャラに目がくらんで参加しただけあって冷静に物を考えるオツムは持ち合わせていないようだ。
よかったな、ネッケ。今回もみんなお前を支持だ。
だれもおれの声をきいてはくれない。
それでも、お前はまた奇跡を起こすのかもしれないな。
それでも。
それでもおれは、自分の真面目な意見が、今度こそ世界を救い、正しかったと証明したい。
「わかった。こうしよう」
みんなが白い目で振り返った。
おれはドラゴンに打ち勝つために自分が選ぶ道をいく。
「おれは4日かけてバズーカ砲を買いに戻る。おれが戻るまで持ちこたえてくれ」
そのときの冷めきった奴らの顔はいまでも記憶の隅に貼り付いている。あぁ、わかったよ、お姉さんは見捨てるんですね。でもバズーカ砲は必要になるかもだからそれはそれで頼むとするか。
そんな顔だ。
「そのときにはネッケの兄貴がドラゴンの首かっ切ってるけどよ~」
チャラン、お前はどうなってもいい。
おれはなにも言わずにドラゴンの谷を下った。振り返ることはしなかった。
※ ※ ※
「こちらです」
遠い町の山奥にある療養所。
世界が救われてから2年の月日が流れていた。
「あの、患者様とはどういったご関係ですか」
看護師が尋ねる。親族なら引き取って欲しい。そういうことなんだろう。
「知り合いかどうかを確かめに来ました」
そう答えると看護師は残念そうに頷いた。
「お知り合いだといいですね」
それはどうだろうか。
おれがなにも答えないから、看護師からは愛想笑いも消えていた。
「こちらのお部屋になります」
ありがとうとだけ言って静かに引き戸を開けた。
春の風は花の香りがする。
患者が横たわるベッドの上にも舞い込んだ花びらが数枚。
2年も経てば外傷は治るか。顔だけはあのときのままだ。
おとなしい顔をしているのは薬で眠らされているから。眠りからさめるとおだやかな顔が恐怖でゆがみ、不自由な体で暴れだすという。
全滅したと思っていたよ。
いまでもあの日のことは忘れていない。
おれは最強の武器を携えて4日後に戻ってきた。出迎えてくれたのは誰でもなく、凍てついた瞳をむけるドラゴンだけ。
「だから言ったんだ、糞がっ」
だれもいない荒地でおれは毒づいた。だれもいなかったから汚い言葉使いができた。
おれは渾身の一発を奴の眉間に打ち込んだ。
そこを狙ったのはネッケが大切にしていた炎の聖剣が目印のように突き刺さっていたからだ。まるで、ここを狙えとばかりに。
おれはネッケのおかげでドラゴンを仕留めることができ、世界は救われ英雄になった。
「おれが正しい位置に立つことができたのは、それでもネッケのおかげなのか」
おれの声が届いてしまったのか。患者が目をあけようとしている。
おれを見て暴れだすだろうか。そもそも、おれを覚えているだろうか。
夜が明けるように開くまぶた。
「おれがわかるか」
それでもおれは聞きたい。
「ヒローイン」
ネッケの最期を。
「……」
深い緑の瞳は、しばらく現実と夢の境をさまよい、現実をみようと色が戻ってきて。
「ネッケ、あなたなの」
大粒の涙を流しはじめた。
「眠り薬の影響か」
おそらく、彼女の頭は成分の強い薬で霧がかっている。あまりに暴れるから過剰投与していると看護師が言っていた。
「ネッケ、よかった。生きていたのね」
お前がついて来なければネッケは生きていたかもしれない。と口にだしてもよかったのだろう。この様子ではおれの声など届かないだろうから。
彼女の目に、少しの生気が戻っている。
「君だけでも生きていてよかったよ」
真面目男の常套句だ。本当にそう思って言ったのだろうか。
「珍しいですわ。同じ日に二人もお見舞いに来るなんて」
さっきの看護師の声だ。
カツッという音が背後でした。松葉杖をついているのか。
「ショージィ、おまえなのか?」
名前を呼ばれて、おれのほうは一生分の驚きを真空パックで届けられた気持ちがして息が詰まりそうになった。
「……ヒローイン。君が生き延びていたなんて」
かつての英雄は右足と右腕をなくしていた。
「ネ、ネッケ」
50年も老けたように見える赤髪のネッケ。髪だけはいまでも燃えるように逆立って……。
「信じられない。なんて日だ」
感動が抑えられないのか涙するネッケ。
おれは椅子をさしだした。ありがとうと言ってネッケはゆっくり腰をおろした。
幽霊といわれてもおかしくないし、驚かない。しかし、左の足は存在しているネッケだ。
「ここまで回復するのに2年かかった。やっと、行方不明になっていた仲間を探す旅にでたんだ」
「よく生きてたな」
「ドラゴンに飲まれていたんだぜ。死んだと思ったよ」
弱点である眉間に、最後の力を振り縛っての一刺し。そのまま飲まれたという。手足はそのとき噛みちぎられたと。
「そのあとすぐショージィが戻ってきてくれたからな。吹っ飛んだ頭の下から這い出せた。まだ胃の中に落ちてなかったから」
なんで助けを待たずにその場から立ち去った。というのはこの男には無用な質問。そういう男だ。
「噂は聞いたよ。はじめてだよな、おまえが英雄になったのは。しかもはじめてで世界を救ったんだものな。どうりでいい服着ているわけだ」
褒められている気がまったくしない。おれは命の恩人なんだろ?
「彼女のお姉さんはどうなった」
「生きてたよ」
そのあとをなかなか喋ろうとしないところから。あらすじが読める。そういう男でもある。
「生きてはいたが、彼女の目の前で死んだんだな」
それぐらいのトラウマが与えられてのいまの彼女なんだろう。
「いちどは助けたんだ。だけどヒローインをかばって」
ドラゴンの牙に胴体をまっぷたつにされ食われた。
「私のせいでお姉さんは死んだの。カイリキーさんもボ~ヨンさんも。頭が割れて、内臓が飛び出して」
ベッドのうえのお姫様が悲鳴をあげはじめた。
「ヒローイン、もう終わったんだ、大丈夫だ、俺はここにいるから」
どんな困難に遭ってもネッケはネッケのままだ。
「私だけ生き残って……」
「ちがう俺もいる、俺は燃える戦車のネッケ! ここにいるぞ!」
左手で彼女の手をかたく握る。
「ネッケ、生きていたの?」
彼女の意識は戻ったり遠ざかったり。
「ヒローインが生きていてくれた。俺はこんな体になっても死ななくてよかったと心から思える」
「ネッケ……ネッケ。ほんとうにあなたなのね」
ネッケの生存が明らかになったいま。彼女の瞳は明るさを取り戻していくのかもしれない。
妙なハッピーエンドを見せられてしまった。
おかしいな。主役はおれではなかったのか。
おれはバズーカ砲を取りに戻ったことを後悔などしていない。正しい選択だったと誇りにすら思っている。
抱きしめ合う傷だらけのふたり。
おれはいま、どんな顔をしている?
〈完〉
書いた人:甘 らかん(かん らかん 真面目と言われると腹が立つ)
「ショージィって、冷たいよね~」
とチャランに言われて、
「お前に言われる筋合いはない」
おだやかに返した。
「どうせ、おれっちはチャランポランのチャランですよっ」
昨日パーティーに加わった男は唇をとがらせる。
(お前にはなにも言いたくないし言われたくない)
思うだけで言わない。チャランと会話のラリーをするのは時間の無駄だ。
「とにかく、おれは引き返してバズーカ砲を購入してから立ち向かうべきだと思う」
おれはリーダーであるネッケに冷静に物事を判断しろと言った。
「ショージィの言うことが正しいんだろうな」
燃えるような赤い髪を逆立てているネッケが燃え上がる赤い目を向ける。
「だけどよ、それじゃ間に合わないと思わないか?」
おれはネッケの目つきから、彼がなにを言いたいかを理解した。
「なぁショージィ。俺たちガキのときからの付き合いだよな」
それが幸なのか、不幸なのかおれにはわからない。
「沈着冷静、機械頭脳のショージィ。猪突猛進、燃える戦車のネッケ。よそ様はよく言ったもんだよな」
おれは自分のことをそう思ったことはない。いつもそばにいるネッケが後先考えない性格だからそう見えるだけで、おれはただ現状を把握して物事を冷静に捉えているだけだ。
「俺バカだからよくわかんねぇけど」
おれのこめかみがピクッと動いた。ネッケがその枕詞から発する続きを、ガキの頃から何度も聞かされてきたから。
「いま動かなかったら、きっと後悔する」
「さすがネッケさん! そうでなくっちゃ!」
チャランはここで叩き斬ってしまいたい。
「ネッケ、いまの装備ではパーティーは全滅する」
おれは間違ったことは言っていない。10人中9人は頷く意見だ。それが10人中10人にならないのは、ネッケのような型破りの擬人化みたいな奴が存在するせいだ。
ネッケは一呼吸おいて語る。
「ショージィ、お前はいつだって正しいよ」
否定するくせに正しいと言う。
「けどさ、いつもそれが100%の答えだとは限らないぜ」
確率の問題ならその通りだ。100%はあり得ない。せいぜい99%だ。
「俺は、たった1%でも可能性にかけたいんだ」
おれは額の汗をチーフで拭った。もう深夜になるのにとても暑い。この国は、はじめての上陸だから余計に慎重になるべきだとも思う。
「死ぬぞ、ネッケ」
「いままで死んでないだろ」
強烈なアタックボールを額に受けた気分になる。
「やめてください」
涙声の少女のが割って入った。
ヒローインという名の依頼人の下の娘だ。下の、ということは上の娘がいる。いや、いた、なのか。
「おふたりが仲違いするなんて、つらいです」
ドラゴンの花嫁として差し出された姉を助けるために勝手についてきた。
はっきり言ってこういう女は邪魔だ。家でおとなしく待っているのも闘いだと思わないのか。
「大丈夫、お姉さんはかならず助ける」
少女の頭をポンポン叩くネッケ。
微笑みが戻る少女。
「ということだ、ショージィ」
どういうことかサッパリわからない。
「早くしないとヒローインの姉さんはドラゴンに食われてしまうんだ」
それもひとつの事実ではある。
「だが確実にドラゴンを仕留めるにはバズーカ砲が必要だとわかっただろ」
彼女の姉を助けることは依頼ではある。しかし、事態はもっと深刻だった。
そのドラゴンは、ただのドラゴンではなかった。
確実に倒さないと、この世界は木っ端微塵になる。
それを知ってなお、ネッケは無茶をすることが正しいと言うのか。
「ショージィは、世界とヒローインのお姉さんと比べたら、世界の方が重いと言うんだよな」
そういう言い方をするよな、子供の頃から。おれはそのたび舌打ちをこらえてきた。
「俺は違うと思うんだ。秤になんかかけられない。両方救う」
腹がたつのは、それで毎回毎回ネッケは両方救ってしまうことだ。
「おれは、一度たりとも間違ったことは言っていない」
なのに、なんで運命も人々もネッケを支持するのか。
「おれっち、ネッケの兄貴について行きますぜ!」
チャラン。おれは腰巾着を見ると叩き斬って金をいただいて立ち去りたくなると常に思っているような人間なんだ。
「ありがとう。私も、役に立つかわからないけど。お姉さんも世界も救いたい」
ヒローイン、一生気が合わないだろう。
おれはほかの仲間に目をやった。どっちに着くか、決めかねていた仲間があと2人いた。
そのうちの一人、力自慢のカイリキーが尋ねる。
「村に戻って、バズーカ砲を手にして戻った場合、何日かかるね?」
「少なくとも4日」
おれは正直に答えた。
「それじゃあ、間にあわねぇ。ヒローインの姉ちゃんはアウトだ。ワイは熱血兄ちゃんと闘うわ」
「カイリキー! 頼りになるぜ!」
嬉しそうだな、ネッケ。
「仕方ない。あたいも敵に背中向けるのは性にあわないから、1%の賭けにのるよ」
女盗賊ボ~ヨン。ギャラに目がくらんで参加しただけあって冷静に物を考えるオツムは持ち合わせていないようだ。
よかったな、ネッケ。今回もみんなお前を支持だ。
だれもおれの声をきいてはくれない。
それでも、お前はまた奇跡を起こすのかもしれないな。
それでも。
それでもおれは、自分の真面目な意見が、今度こそ世界を救い、正しかったと証明したい。
「わかった。こうしよう」
みんなが白い目で振り返った。
おれはドラゴンに打ち勝つために自分が選ぶ道をいく。
「おれは4日かけてバズーカ砲を買いに戻る。おれが戻るまで持ちこたえてくれ」
そのときの冷めきった奴らの顔はいまでも記憶の隅に貼り付いている。あぁ、わかったよ、お姉さんは見捨てるんですね。でもバズーカ砲は必要になるかもだからそれはそれで頼むとするか。
そんな顔だ。
「そのときにはネッケの兄貴がドラゴンの首かっ切ってるけどよ~」
チャラン、お前はどうなってもいい。
おれはなにも言わずにドラゴンの谷を下った。振り返ることはしなかった。
※ ※ ※
「こちらです」
遠い町の山奥にある療養所。
世界が救われてから2年の月日が流れていた。
「あの、患者様とはどういったご関係ですか」
看護師が尋ねる。親族なら引き取って欲しい。そういうことなんだろう。
「知り合いかどうかを確かめに来ました」
そう答えると看護師は残念そうに頷いた。
「お知り合いだといいですね」
それはどうだろうか。
おれがなにも答えないから、看護師からは愛想笑いも消えていた。
「こちらのお部屋になります」
ありがとうとだけ言って静かに引き戸を開けた。
春の風は花の香りがする。
患者が横たわるベッドの上にも舞い込んだ花びらが数枚。
2年も経てば外傷は治るか。顔だけはあのときのままだ。
おとなしい顔をしているのは薬で眠らされているから。眠りからさめるとおだやかな顔が恐怖でゆがみ、不自由な体で暴れだすという。
全滅したと思っていたよ。
いまでもあの日のことは忘れていない。
おれは最強の武器を携えて4日後に戻ってきた。出迎えてくれたのは誰でもなく、凍てついた瞳をむけるドラゴンだけ。
「だから言ったんだ、糞がっ」
だれもいない荒地でおれは毒づいた。だれもいなかったから汚い言葉使いができた。
おれは渾身の一発を奴の眉間に打ち込んだ。
そこを狙ったのはネッケが大切にしていた炎の聖剣が目印のように突き刺さっていたからだ。まるで、ここを狙えとばかりに。
おれはネッケのおかげでドラゴンを仕留めることができ、世界は救われ英雄になった。
「おれが正しい位置に立つことができたのは、それでもネッケのおかげなのか」
おれの声が届いてしまったのか。患者が目をあけようとしている。
おれを見て暴れだすだろうか。そもそも、おれを覚えているだろうか。
夜が明けるように開くまぶた。
「おれがわかるか」
それでもおれは聞きたい。
「ヒローイン」
ネッケの最期を。
「……」
深い緑の瞳は、しばらく現実と夢の境をさまよい、現実をみようと色が戻ってきて。
「ネッケ、あなたなの」
大粒の涙を流しはじめた。
「眠り薬の影響か」
おそらく、彼女の頭は成分の強い薬で霧がかっている。あまりに暴れるから過剰投与していると看護師が言っていた。
「ネッケ、よかった。生きていたのね」
お前がついて来なければネッケは生きていたかもしれない。と口にだしてもよかったのだろう。この様子ではおれの声など届かないだろうから。
彼女の目に、少しの生気が戻っている。
「君だけでも生きていてよかったよ」
真面目男の常套句だ。本当にそう思って言ったのだろうか。
「珍しいですわ。同じ日に二人もお見舞いに来るなんて」
さっきの看護師の声だ。
カツッという音が背後でした。松葉杖をついているのか。
「ショージィ、おまえなのか?」
名前を呼ばれて、おれのほうは一生分の驚きを真空パックで届けられた気持ちがして息が詰まりそうになった。
「……ヒローイン。君が生き延びていたなんて」
かつての英雄は右足と右腕をなくしていた。
「ネ、ネッケ」
50年も老けたように見える赤髪のネッケ。髪だけはいまでも燃えるように逆立って……。
「信じられない。なんて日だ」
感動が抑えられないのか涙するネッケ。
おれは椅子をさしだした。ありがとうと言ってネッケはゆっくり腰をおろした。
幽霊といわれてもおかしくないし、驚かない。しかし、左の足は存在しているネッケだ。
「ここまで回復するのに2年かかった。やっと、行方不明になっていた仲間を探す旅にでたんだ」
「よく生きてたな」
「ドラゴンに飲まれていたんだぜ。死んだと思ったよ」
弱点である眉間に、最後の力を振り縛っての一刺し。そのまま飲まれたという。手足はそのとき噛みちぎられたと。
「そのあとすぐショージィが戻ってきてくれたからな。吹っ飛んだ頭の下から這い出せた。まだ胃の中に落ちてなかったから」
なんで助けを待たずにその場から立ち去った。というのはこの男には無用な質問。そういう男だ。
「噂は聞いたよ。はじめてだよな、おまえが英雄になったのは。しかもはじめてで世界を救ったんだものな。どうりでいい服着ているわけだ」
褒められている気がまったくしない。おれは命の恩人なんだろ?
「彼女のお姉さんはどうなった」
「生きてたよ」
そのあとをなかなか喋ろうとしないところから。あらすじが読める。そういう男でもある。
「生きてはいたが、彼女の目の前で死んだんだな」
それぐらいのトラウマが与えられてのいまの彼女なんだろう。
「いちどは助けたんだ。だけどヒローインをかばって」
ドラゴンの牙に胴体をまっぷたつにされ食われた。
「私のせいでお姉さんは死んだの。カイリキーさんもボ~ヨンさんも。頭が割れて、内臓が飛び出して」
ベッドのうえのお姫様が悲鳴をあげはじめた。
「ヒローイン、もう終わったんだ、大丈夫だ、俺はここにいるから」
どんな困難に遭ってもネッケはネッケのままだ。
「私だけ生き残って……」
「ちがう俺もいる、俺は燃える戦車のネッケ! ここにいるぞ!」
左手で彼女の手をかたく握る。
「ネッケ、生きていたの?」
彼女の意識は戻ったり遠ざかったり。
「ヒローインが生きていてくれた。俺はこんな体になっても死ななくてよかったと心から思える」
「ネッケ……ネッケ。ほんとうにあなたなのね」
ネッケの生存が明らかになったいま。彼女の瞳は明るさを取り戻していくのかもしれない。
妙なハッピーエンドを見せられてしまった。
おかしいな。主役はおれではなかったのか。
おれはバズーカ砲を取りに戻ったことを後悔などしていない。正しい選択だったと誇りにすら思っている。
抱きしめ合う傷だらけのふたり。
おれはいま、どんな顔をしている?
〈完〉