第3話 宇佐原市役所危険対策課の終焉

文字数 1,809文字

「あれ、なんで外にいるの」
 はっと振り返ると、いつの間に用意したのか、トレーに四人分のドリンクを載せてリカが立っていた。
「だめよ、リカ。今入っちゃだめ!」
「何するの、ルミ。ドリンクがこぼれちゃう」
 わたしはトレーをリカの手からひったくると、近くにあった台の上に放り出し、リカの腕を取った。とにかくこの場から離れなきゃ!
「どうしたっていうの」
「いいから!」
 ジャンプと思って読んでいたら、ハニーミルクコミックスだったなんていえるわけない。
「ああ」
 合点がいったという声が、リカの唇から洩れた。
「いいのよ、ルミ。わたし、知ってるから」
 わたしは思わず、まじまじとリカの顔を見つめてしまう。
「ユウトとシュウの関係でしょ。わたし、前から気づいてたよ」
「えええっ」
「鈍いのね、ルミって」
 わたしの両手の指に、さりげなくリカの指が絡んできた。
「だから、わたしの気持ちにも気づいてなかったんでしょう」
 リカの顔が近い。近すぎる。
「あ、あなたの気持ち?」
 思わず後退ろうとしたわたしの背が、壁に当たって止まる。
 リカの吐く息が、ふわっとわたしの耳を湿らせた。
「わたし、ずっと見つめていたよ、ルミのこと」
「か、からかわないで! だって、リカはユウトと……」
「あんな暑苦しい男、むしろ苦手なタイプ」
「う、うそ……」
「でも、ユウトはわたしとシュウの二股だから、それを利用して戦闘中ずっとわたしの方に引き止めておいたの。わざとルミを窮地に陥らせるためにね。シュウはユウト愛一途だから、ユウトのいいなり。ねえ、ヘンだと思わなかった? いつもあなただけパトリックの触手に捉えられて、ひどい目にあうことを。あれ、全部わたしのせいなのよ。わたし、苦悶に顔を歪めているルミを見るとぞくぞくしちゃうの……」
「は、はあ?」
 リカの眸を見返したわたしは、秒で理解した。これ、マジやばいやつ。
「さ、最近のリカ……た、隊長とも仲良しみたいだけど……」
「だって隊長には権限があるから、取り入っておけば何かと便利でしょ。実はルミにもっと露出度の高い新ボディスーツを着せるよう交渉中なの。隊長がうまく上に掛け合ってくれれば、開発するのはわたしのパパだもん。ふふ」
 ふふ、じゃないわよ、このサイコパス女! わたしが怒鳴りかけた時、警報音が鳴り響いた。
 パトリック、襲来!
 よりによってこんな時に?
 ユウトとシュウがのろのろとトレーニングルームから出てきたが、ふたりの方へ視線を向けられないほど、まったりした空気を発散している。
 リカはリカで、わたしの手を握って離さない。
 どうすんのよ、この状況!

「おい、何やってんだ。警報音が聞こえないのか、はやく出動しろ」
 シノハラさんが血相を変えて走ってきた。
「うるせーよ、元グリーンのくせに」
 人の恋路を邪魔する奴はパトリックに喰われろ、とばかりユウトが口を尖らす。
「なんだ、隊長に向かってその態度は!」
「隊長なら、たまには自分で出動して戦えよ。いつもオレらばっかり危険な目にあわせやがって」
 シュウもユウトを見ながら頷く。ああ、シュウ……。
「ふざけるな!」シノハラさんが激昂した。「私を誰だと思ってるんだ。私の正体は中央官庁から派遣されてきたエリート官僚なんだぞ。パトリックをこの田舎に足止めしておき、間違ってもゴジラみたいに東京に出現させないことが私の仕事なんだ。東京の平和と安全のために地方が犠牲になるのが、昔からこの国の構造だからな! お前らの代わりなんていくらでもいるんだ、クビになりたくなければさっさと出動しろ!」
「ひでえな、なんだよそれ」
 ユウトがぶつくさいったが、先ほどの勢いはない。男というのは権威と権力に弱いのだ。シュウも、シノハラさんがエリート官僚だと知ってから、明らかにおどおどと視線を泳がせている。
「ねえ、出動しましょうよ。それでルミ、あのパトリックの嫌らしい粘液に塗れた触手でめちゃくちゃにされて!」
 リカの眸が興奮のあまり、じっとりと潤んでいる。
 この時、わたしの中で何かが弾けた。
 わたしはリカの手を振りほどくと、全員の顔をねめつけながら叫んだ。
「ええかげんにせーよ、お前ら!」

 その日、わたしの怒りの月之剣によってパトリックは完全に消滅した。
 敵がいなくなったので、宇佐原市役所危険対策課チームも解散することになったが、わたしはこの課に関わった全ての人を、セクハラとパワハラで告訴することにした。
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