第8話 BJが楽しみ
文字数 1,229文字
実際の人物、団体とは一切関係ございません。
男は会計に立って支払いをしている。札入れと小銭入れを分けて使っているため、札を出した後、札入れを外套のポケットにしまい、がま口の小銭入れを開く。小銭はいつも潤沢にある。今回も勘定をちょうど支払うことができた。
グレイヘアの伸びた前髪が顔の縫い後を隠すように垂れている。
言いながら男が座席を振り向くと、つれの少女が手にべっとりとついたいちごジャムを舐めているところだった。それを見て男は小さくため息をつき、カウンターからおしぼりをとると少女の前にひざまずいた。
男は少女の手をおしぼりで丹念に拭いていく。少女は足をバタバタとさせながらおとなしく男に拭かれている手をじっと見ている。手を拭き終えると、今度はパンくずとジャムのついた口元を優しく拭いてやる。
少女はいつものことなのか黙ってされるままになっている。
手も口元もきれいになったところで男は少女に左手を差し出した。少女は右手を男の手にのせ、勢いよく椅子から降り立つ。
店の出入口に立つと、少女はにっこりと微笑んで、店主に手を振った。
外套姿の男が喫茶店の入り口を開けたのと、黒いキャデラックが喫茶店の前の入り口に停車したのはほぼ同時だった。
運転席の後ろの窓が、静かに開いた。
耳には折り鶴のピアス。
千代紙で作られたそれがかすかに揺れる。
白髪の男はにっこりと微笑んで言ったが、対する外套の男は怒りと憎悪に満ちた表情を静かにたたえていた。
白髪の男は顔の向きはそのままに、言葉だけを運転手に向けて放った。
車はそろりと前進し、店から少し離れて再停車した。
外套の男は何も言わずに店からでると、車の方は見ずに店の戸を閉めた。
ちらりと振り向くと、少女が男の外套をぎゅっとにぎってこちらをみている。少女の顔には道に迷った時のような、心もとない表情が張り付いていた。
男と少女はそのまま、角を曲がって見えなくなった。
駐車を終えたキャデラック一行は順々に喫茶店の前まで来はじめていた。後部座席に寝ていたはずなのにもっとも先頭を歩くのは青いカフスに眼帯の男である。
外套の男と少女を見送りながらあくび交じりに男は言った。肩より少し長い髪が風にさらりと舞う。
その後ろを来ていた白髪の男が言う。またすぐに会える、と。
空はすっかり明るくなり、闇を奪われてしまった。
白髪の男は振り向くとにこりと微笑んで言った。
赤いカフスと青いカフスの男が
取っ組み合い、
お前はなんで酔ってねぇんだ、
といい、
お前が弱すぎるんだろ、
と青いカフスの男がいうと、
赤いカフスが、ふざけんな、
と激高している。
運転していた男は、はあやれやれ、
とあきれ顔で、
青年は白髪の男の腕にしがみついて歩き、
喫茶店の中に消えていった。
彼らのその後は……。