第1話

文字数 5,445文字

明治5年

皇組(すめらぎぐみ)。政府、警察とのつながりを持ち、表立って処理できない厄介ごとを政府、警察に代わり処理することを生業としている、影の守護者。
代々皇組では組長が若頭となる者を指名する取り決めとなっている。それは男でも女でも関係なく。

皇組9代目組長、皇 龍樹(すめらぎ たつき)に呼ばれ私は書斎へと足を運んだ。
「組長、零(れい)です。入ってもよろしいでしょうか。」
「ああ、入れ。」
「失礼いたします。」
「夜遅くにすまんな。」
「いえ、とんでもございません。何か御用でございますでしょうか。」
「まあ、座れ、酒でも飲むか。」
「では、少しいただきます。」
自宅でも部下がいる場合、書斎の中では、組長と部下という関係性でいなければならない。
実の親子であったとしても、組の士気を保つためである。
「お前も20歳になったか、早いものだな」
「組長のおかげでございます。ここまで育ててくださり感謝いたします。」
「うむ。やはり頃合いか」
「頃合い、とは?」
「ああ、お前は来週の会合で若頭に任命しようと思ってな。会合に出るための準備をしておくようにと伝えるためによんだのだよ。」
若頭、組のナンバー2といわれ、組長に次ぐ絶対的権力を持つもの。若頭はここ15年ほど不在としていた。だが父が今の時期に若頭を据えるということは何かあったのだろうか。

「若頭、でございますか。大変光栄でございますが、まだ若輩者の私でよいのでしょうか」
「謙遜するな。お前は組の誰よりも強く、仁義を通すものだ。我が皇組は、表立って行動できないが悪事を働く輩どもを排除する役割をとっている。これは政府公認だ。また日ごろから零の働きは耳に入っておる。お前以上に適任はおらんのだよ」
「おほめにあずかり大変恐縮でございます。仰せのままに来週に向け準備を整えます。」
「うむ。晴れの日の着物はわしが用意しよう」
「そんな、お手間を取らせるわけには…」
「零、娘にそれぐらいはさせてくれ。」
「お父様…!っ失礼いたしました。組長」
「よい、今だけは普通の親子であってくれ、零。こちらにおいで。」
「はい、お父様」
父のもとへ寄ると珍しく、優しい笑顔で頭を撫でてくれた。ここ数年このようなことはなかったが、父のぬくもりを改めて感じると心地いいものだな。そして父は静かに口をひらいた。
「零。お前は強い。だが、強すぎるがゆえに身を滅ぼしかねない。一人で何でもしようとするな。お前にいいところでもあり悪いところでもあるな。」
「お父様、私は大丈夫です。組のみんながいます」
「‥‥‥そうだな。お前ならきっと大丈夫だ」
「はい、お父様、いえ組長。皇組若頭として、より組のためこの国のため、この身を尽くしてまいることをここに誓います」
「ああ、頼む。」

この時から運命は回り始めていたのかもしれない。
過酷で、残酷で、儚く、美しい運命たちが。


会合前日に組長より着物をいただいた。

真紅の着物にあしらわれているのは、白刺繡の蓮、金刺繍での虎、いかにも極道という着物であった。いつも、男物のスーツで出歩いていた私にとっては慣れない格好で合ったが、おなごたちに騒がれながら、翌日の格好についての打ち合わせをした。
これは年頃の子たちには楽しいものなのだろう…。くすりと笑い、和やかな空気を楽しんだ。
「姉さま、入るよ」
「慶(けい)。戻っていたのか。」
「それはそうだろう、姉さまの晴れ舞台に戻ってこない弟がいるかよ。」
「ふふ、ありがとう。」
慶は2つ下の弟であるが、現在隣町の大学に通っている。大学に通いながら、その地区の管轄を持っており、優秀な働きをしている。だが今回より一時休学をすめとのことだった。
「うわ、この着物…。おい組長、姉さまを極妻にしたいだけじゃねぇのか。」
「まあまあ、素敵な刺繍じゃないか。明日は楽しみだろう。」
「ふっ、まあそうだな。明日はお祝いだろうからな。なあ、姉さま。あれいれるのか?」
「あれ?ああ墨か」
「ああ、男どもは好きにしていたが、姉さまは女性だ。組長も無理強いはしていない。きれいな肌を傷つる必要もないだろう。」
父といい、慶といい、心配性な二人に囲まれて幸せ者だな。
「慶。これは私のけじめだ。若頭になること、この世界で生きていくためのけじめだ。意思は変わらない。」
「その凛々しさもいいが、口調もすっかり男っぽくなってしまったし、おしとやかではないな。姉さま、そこらの男より男性らしいぞ。」
「お前が姉さまといっている間は少なくとも女だろう。」
「確かに。」
くくくと笑いながら、心配している様子がうかがえる慶を見て少し気持ちが落ち着くのだった。
「ありがとうな、慶。明日は予定通り私の補佐を頼む」
「かしこまりました。次期若頭。」

会合はここ皇組を本家とした、日本全国の同盟組、分家が集まる。且つ政府、警察の重鎮たちも集まる重要な会合である。そこでは情報共有も含め、全国の組の動き、政府との連携、そして今回のように組の重役の就任時に開かれる。

おなごたちに朝早くから起こされ、湯浴み、化粧、髪結い、着付けとどんどん別人に仕上げられていく。髪を切らずにおいてよかったと少し思った。短い髪では、女性らしい着物を着こなせなかった。中身が大事といわれても、やはり外見に出る人の雰囲気というものはかなり重要である。若頭とあろうものが見下されてはならない。高慢ではなく高潔であり強かでなければならない。
「零様、準備が整いました。」
「ありがとう。お前たち。朝早くからすまなかったね。差し入れを料理人に言ってあるからゆっくり食べておいで」
「そんな、私共が好きでお供させていただいたのに…」
「大事な会合のため、私のためだろう。お礼はしなければな」
「光栄でございます。では、お言葉に甘えさせていただきたく存じます」
「ああ、下がっていいよ」
「失礼いたします。」

準備ができ、慶を呼び補佐として最終打ち合わせを終えたのち、会合会場へ足を運ぶ。
会合の大部屋へ移動中後ろで慶がぶつぶつといっている。
「どうした、慶」
「いや、若頭、これは若い衆が色気に充てられてしまわないかと不安ですよ」
「そんなに美人に見えるか。」
「そうですね、日ごろのスーツ姿とは別人ですので、皆様驚かれるかと。皆さん姉さまが女性だったのだと再確認しますよ。」
「ははっ。そうか、それは楽しみだな」
気合を入れなおしながら会合に向かうのだった。

「皇組、若頭、皇 零様。おなりでございます」

その声と同時に豪奢な戸が開いた。私の若頭としての人生が始まる。
長い着物をするすると音を立てながら進み組長の横に腰を下ろす。

「皆様、本日はお集まりいただき、誠に感謝いたします。本日より皇組 若頭就任させていただく、皇 零と申します。以後お見知りおきを。」

重鎮たちが、一斉に頭を下げる瞬間はかなり圧を感じた。だが、この圧に気圧されるようでは意味がない。ここは若頭としての立ち振る舞いをしなければ。
「皆様、表をお上げくださいませ。」
組長に目をやると小さく頷かれた。このまま進めてよいということだ。
「此度、私は組長 皇 龍樹より若頭の命を賜りました。この組、この国のみなを影の守護者の名に恥じぬよう守り抜くことをここに誓います。皆様へのご健闘を祈るとともに、皇組へのお力添えをどうぞ宜しくお願いいたします。」

「この若頭、零は我が娘であるが、女性の身でありながらこの皇組では剣術、柔術ともに唯一を持っている。凛々しく、強かであり、この国の影の守護者にふさわしいと判断し若頭となった。みな、よろしく頼む。」

と組長挨拶を締めくくり、その後はいつもの情報共有の会議へとうつった。
予定通りことが進み2時間の会合が終わり、補佐役の慶が皆様を別室へ案内する

「皆様、今宵は宴でございます。遠慮なくお楽しみくださいませ」

さて、ここからは、それぞれの挨拶回りか…そろそろ着物を脱ぎたいが、もう少しの辛抱だな。
「慶」
「はい、若頭」
「挨拶回りいこうか」
「かしこまりました」

政府の内閣府、警察の警視総監等の挨拶を済ませ、分家、同盟組の組長などへの挨拶を順にしていく。が皆が皆、膝をつき手の甲に口づけをしていく。慶が後ろで少しため息をしていた。この格好では少し美人補正がかかっているらしい。スーツ姿を見られたらがっかりされるだろうなぁ。と心の中で苦笑いしながら挨拶をしていた。

「零。こちらの部屋にきてくれるかな」
「はい、組長」
組長よりお声がかかり、皆様へ一礼し慶とともに別室へ。
「失礼いたします」
「零、こちら同盟組の若頭、若頭補佐の皆様だ、それぞれ顔合わせをしておこうと思ってな」
「左様で御座いますか」
コツと革靴の音が聞こえた。目の前には同盟組の皆様がずらりと並んでいた。

「関東拠点同盟組 暁組 若頭 暁 連夜(あかつき れんや)でございます。宜しくお願いいたします。」
「関西拠点同盟組 真白組 若頭補佐 真白 潤(ましろ じゅん)でございます。以後お見知りおきを。」
「東北拠点同盟組 冬月組 若頭補佐 冬月 香月(ふゆつき かづき)です。必ずお力になります。」
「九州拠点同盟組 五十嵐組 若頭 五十嵐 神(いがらし じん)と申します。宜しくお願いいたします。」

「ありがとうございます。暁様、真白様、冬月様、五十嵐様、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。皇組は関東に本家がございますが、全国に分家がございますので、かかわりが多くあるかと存じます。どうぞ宜しくお願いいたします。」

「零、実は別室に来ていただいたのには、わけがあってだな。」
「はい」
「実はこの者たちを皇組本家で預かることとなった。」
「皆様をですか…?」
「ああ、以前これは組長同士での会合で決定したのだが、皇組の若頭に補佐として、是非にと各組の組長が申し出てくれたのだ。」
「ですが、補佐として慶がいるのでは?」
「慶は零が組長となった際の次期若頭として今後大学卒業後全国を飛び回ってもらうことになる。」
「組長、そのような話、俺は初めて聞きましたが…!」
慶の焦った声…。私も初耳だ。
「組長、こちらの皆様が補佐としていて下さることは承知しました。ですが、若頭の皆様にいていただいて、同盟組はよろしいのですか?」
「ああ、それは心配には及ばんよ。人員の問題もないという。ここにおる皆も、立候補でここにいるのだからな。」
「そうですか。」
「あの、零様。」
「なんでしょう、真白様。」
「よろしければ、私共のことは下の名前でお呼びください。これからともに過ごすものとしてより近くおそばに参りますので。」
「よろしいのですか?」
「ええ、ぜひ、零様とせっかくお近づきになれるのですから。それに敬語も不要です。慶様と接するようにしていただければと存じます」
「わかりました。それではそのように。連夜、潤、香月、神。これから期待しています」
「はっ」
「では、お前たちは零と同じ離れで生活をし、零の護衛も頼むぞ。」
「かしこまりました、龍樹様」
ん?私と同じ離れで生活をする?ん?組長?私、組で一番強いのですが…少し目をやると、さっと逸らされた。お父様…。全く。事後報告はいつもなしと言っているじゃありませんか…。

「はぁぁぁぁ、やっと終わったか。」
「姉さま、お疲れ様でした。」
「ああ、慶。補佐ありがとう・同盟組の若頭たちについては驚いたが…」
「父上は何を考えらっしゃるのか、護衛など姉さまには不要なのに。」
「慶、私もそう思うのだが、それは誉め言葉でよいのだな…?」
「そ…んなの当たり前じゃないか!!」
にやりと慶に目をやると焦ったようにすみません姉さまと急いで謝罪をしていた。

コンコン
「組長、零です」
「ああ、入れ。」
「失礼します。あの、会合でのことですが、皆様を私と同じ離れに生活していただくというのは、どういうことでしょうか」
「すまないな、いきなりで驚いただろうが、同じ若頭としてよい関係を築けると思ったからだ。」
「それでしたら、同じ離れで生活せずともよいのでは?」
「うむ、本来ならな。」
「といいますと。」
「零、実はな、今後の跡取りが女性となった場合、同盟組から婿養子を取ることとなっている。」
「えっ…ええ…!?」
そんなことは聞いていないですよ、父よ…。まあ女性の若頭は2代目以来だからか…。
「だが、お前は、今まで色恋に現を抜かすこともなく強く育ったが、恋ものになると疎いだろう。だから同時見合いとしたのだ。」
「お、お見合い…ですか…。」
「そう、みな立候補してきているといっただろう、奴らはな、お前に惚れてきているのだよ。今回の着物姿でより惚れたやもしれんなぁ。」
「お父様…、それは事前にいってください。」
「言ったらお前は逃げるだろう」
「ぐっ…わかりました。ですが、皆様の誰とも結婚したくないといった場合はどうなるのですか?」
「相手を変えてお見合いを引き続き続けるぞ?」
「左様ですか…。」
これはあきらめるしかなさそうだな。まあ補佐として働いてくださるのならそれはそれでたすかるからよしとしよう。
「わかりました。では、そのように認識いたします。私の心を動かしてくださる方がいることを願います」
父に一礼し部屋に戻る。若頭たちがいるところへ。

「さて、零はこれから誰を選ぶかのう。若頭となった今これからきっとお前の人生は目まぐるしく進むだろう。支えとなるものを、愛するものを見つけてくれ。これは組長としてではなく父としての心の願いだ。」

組長の願いは誰も知るよしのない父としての願いであった。
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登場人物紹介

【皇組】

皇組 若頭 皇 零(すめらぎ れい)20歳

皇組 若頭へ任命され、父に強制的に補佐達と見合いをさせられる。任務で色恋の真似事で体を張ることはあっても純潔を守り続けている。愛する男はいないと思っているため、色恋には鈍い。毒の耐性があり、ある程度の毒は効かない。弟を守るため護身術を身に着けられるだけ身につけ、剣や銃、体術はどれも皇組トップである。女のみであるため力ではかなわないが、指揮官としての実力は組長折り紙付き


皇組 組長 皇 龍樹(すめらぎ たつき)55歳

皇組9代目当主、慶と零の実の父。零を大事にしすぎる親馬鹿ではあるが、

組としての手腕は頂点に君臨するだけのものはある。

内閣総理大臣、警視総監とは同級生であり、国の3大権力としているがとても仲のいい関係であるため

定期的に皇組で宴をしているらしい


皇組 皇 慶(すめらぎ けい)

皇組 若頭補佐として、零のそばにいる。姉のことを姉として以上に好意を寄せている。同盟組お見合いには

悶々としているが、姉の純潔だけは何が何でも守ろうと徹する、シスコン弟。策略や情報収集に長けていいる

体が少し弱いため、戦闘向きではない。


【同盟】

関東拠点同盟組 暁組 若頭 暁 連夜(あかつき れんや) 24歳

合気道、交渉術を得意とする。交渉に関しては皇組若頭補佐 慶をも凌ぐ。

零のことになると見境なくなってしまう性格がたまに傷。5年前の戦争で零に救われ次は自分が守ると思い立候補。


関西拠点同盟組 真白組 若頭補佐 真白 潤(ましろ じゅん)25歳

真白流剣術師範。だが裏の流派であるため剣術の師範であることを隠している

零とは剣の稽古で師範であることを隠しながら何度か手合わせしている。零の剣技の才に惚れ婿候補に立候補。


東北拠点同盟組 冬月組 若頭補佐 冬月 香月(ふゆつき かづき)20歳

武術は皇組、同盟組の中ではトップクラス。補佐の4人の中では一番若く零と同い年。酒に一番強くいくら飲んてでも酔わない。零とは、ほぼ初対面であるが、2年前の会合で遠くからみた姿に一目ぼれ。組長に嘆願し立候補。


九州拠点同盟組 五十嵐組 若頭 五十嵐 神(いがらし じん)22歳

銃の達人、遠距離狙撃、近距離早撃ちも右にでる者はいない。銃の実力は零よりも上。

女性に対しての免疫はなく、零に対しても常に緊張してしまう。


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