最後の文化祭
文字数 2,385文字
夏休みが終わるとすぐに文化祭になった。
先輩方が最後の文化祭だからと、イラスト同好会との掛け持ちで忙しいはずの竹本美雪が教室を熱心に飾り付けてくれたので、いつもより華やかな感じになった。昨年より本も多く展示した。
やっと文化祭らしくなったと春原が笑った。
文化祭当日、教室は私と春原だけになった。
「2年前はここに壁があるといいって思ってた」
私は春原に言った。
「気まずくて、春原君と何を話せばいいのかわからなかったから」
私の言葉に春原は
「おれもそうだった。ごめんな、その時のおれはぶっきらぼうで怖かっただろ」と言った。
怖いという気持ちはなかった。ただ、異性と同じ空間にいるということがあまりなかったし、人との距離がわからなかったのだ。
私は少し気がかりなことがあった。
「去年は大丈夫だったけど、今年は大丈夫かな。春原君の中学の人が来たら…」
「大丈夫、あいつらが来たとしても無視する。でも、2年前は正直、怖かったな。あれがきっかけでおれの過去を理央に話したけど、その時は理央のこと信頼してない、なんて言っちゃったんだよな」
私はうなずいた。
「今はどう?」
「信用しているよ。何、当たり前のことを聞いているんだ?」
私は顔が少し熱くなった。改めて言葉で聞くと嬉しいこともある。
1日目はあっと言う間に過ぎ、2日目になった。竹本美雪は何回も来てくれ、クラスで提供しているというポップコーンを持ってきてくれたりした。
あともう少しで12時という時、一人の男子が教室に入って来た。春原はトイレに行っており、私一人だった。
男子はきょろきょろと辺りを見回していたが、私に「春原健人君はいますか」と尋ねて来た。
私は春原の中学の関係者だと思い、少し身構えたが、見た目は大人しそうで、2年前の男子とは異なり、嫌な感じはなかった。
「春原君に何か用ですか」
男子が答えようとした時、春原が戻って来た。
「健人…君」
「優斗…?」
男子の名前は奥野優斗といい、春原の中学の同級生とのことだった。話したいことがある、と奥野優斗は言い、私の顔をちらりと見た。それを見た春原が「理央はあの事件のことも知っている」と答えた。
奥野優斗はそれを聞き
「健人君のことを信じてくれる人がいたんだね。僕が言えることじゃ、ないけど、良かった」と安心したように言った。
「話したいことがあるなら、ここでいいよ。あまり人もこないだろうし。誰か来たら、理央、対応してくれる?」
私は、わかったと言い、受付に座った。奥野優斗の話声が聞こえて来た。
「色んな人に尋ねて、ここに行きついたんだ…。まず、謝らせてほしい。中学の時は本当にごめん」
「杉本さんから何か聞いたのか?」
杉本美由、××の親友だ。××の代わりに春原に謝りに来た。
「いや、誰かから何かを聞いたからじゃない。僕の意思で謝りに来た。健人君は知っていると思うけど、僕は小学生の時からいじめられていた。中学でもいじめられそうになった時、健人君が守ってくれた。健人君は僕と友達になってくれて、いじめがなくなった。僕は健人君と友達になって初めての経験をたくさんした。優斗って下の名前で呼ばれたのも初めてだったし、昼休みや給食の時間に一人じゃないことも初めてだった」
そこまで言うと奥野優斗はため息をついた。
「それなのに…。それなのに、僕はあの時、健人君を助けることができなかった。無視されて、殴られて、苦しむ健人君を見ていながら、また、いじめられることが怖くて、怖くて健人君を見捨ててしまった…」
奥野優斗の声は揺れていた。涙をこらえているようだ。その様子を見て春原が言った。
「優斗は、おれが事件の加害者だって信じていた?」
「信じる訳ないじゃないか、健人君があんなことできるわけがないって思っていたよ。僕だけではない。××が嘘を付いているんじゃないかって考えている人もいた。でも、大きな流れには逆らえなくて、皆、黙ってしまったんだ」
後ろを向いていたので姿は見えなかったが、奥野優斗が泣いているのがわかった。
「僕だけでも、僕だけでも、その流れに逆らうべきだったんだ。せめて、健人君にだけでも、その思いを伝えていたら良かったんだ。もう、何を言っても許してもらえないと思う。謝るのだって自己満足じゃないかって何度も思った。でも、ここが最後のチャンスだと思った。健人君に嫌われてもいい。怒鳴られてもいい。僕の思いを伝えたかった」
振り絞るような奥野優斗の声に胸が締め付けられるような気がした。確かに奥野優斗はいじめを止めるべきだったのだろう。でも、奥野優斗の立場だったら、私は春原を助けてあげられただろうか。自信を持ってできるとは言えなかった。
春原は何かを考えるように、話を聴いていた。そして、いきなり「優斗、スマホ持ってる?」と聞いた。
奥野優斗は戸惑ったように「持っている」と答えた。
春原はメモを渡した。
「これ、おれの連絡先。いつでも連絡して」
「どうして…。僕の話、聴いていたよね」
「ああ、全部、聴いた。その上で言っている。優斗、また、友達になってくれ。それと中学の時から言っていたけど、君は付けなくていいよ。こんなこと言うときれいごとになるかもしれないけど、ありがとな、おれのことずっと心配してくれて」
奥野優斗は肩を震わせて泣き出した。その肩を春原が優しく叩く。教室には誰も来なかった。
「今、教室から出てきた人、泣いていたみたいですけど、どうしたんですか」
奥野優斗とすれ違いで竹本美雪が教室に来た。
「久しぶりに中学の友達と会ってな。なんか、感極まったみたいで」
「いいですね。会って泣く程の友達がいるって」
竹本美雪の言葉に春原が嬉しそうにうなずいた。
先輩方が最後の文化祭だからと、イラスト同好会との掛け持ちで忙しいはずの竹本美雪が教室を熱心に飾り付けてくれたので、いつもより華やかな感じになった。昨年より本も多く展示した。
やっと文化祭らしくなったと春原が笑った。
文化祭当日、教室は私と春原だけになった。
「2年前はここに壁があるといいって思ってた」
私は春原に言った。
「気まずくて、春原君と何を話せばいいのかわからなかったから」
私の言葉に春原は
「おれもそうだった。ごめんな、その時のおれはぶっきらぼうで怖かっただろ」と言った。
怖いという気持ちはなかった。ただ、異性と同じ空間にいるということがあまりなかったし、人との距離がわからなかったのだ。
私は少し気がかりなことがあった。
「去年は大丈夫だったけど、今年は大丈夫かな。春原君の中学の人が来たら…」
「大丈夫、あいつらが来たとしても無視する。でも、2年前は正直、怖かったな。あれがきっかけでおれの過去を理央に話したけど、その時は理央のこと信頼してない、なんて言っちゃったんだよな」
私はうなずいた。
「今はどう?」
「信用しているよ。何、当たり前のことを聞いているんだ?」
私は顔が少し熱くなった。改めて言葉で聞くと嬉しいこともある。
1日目はあっと言う間に過ぎ、2日目になった。竹本美雪は何回も来てくれ、クラスで提供しているというポップコーンを持ってきてくれたりした。
あともう少しで12時という時、一人の男子が教室に入って来た。春原はトイレに行っており、私一人だった。
男子はきょろきょろと辺りを見回していたが、私に「春原健人君はいますか」と尋ねて来た。
私は春原の中学の関係者だと思い、少し身構えたが、見た目は大人しそうで、2年前の男子とは異なり、嫌な感じはなかった。
「春原君に何か用ですか」
男子が答えようとした時、春原が戻って来た。
「健人…君」
「優斗…?」
男子の名前は奥野優斗といい、春原の中学の同級生とのことだった。話したいことがある、と奥野優斗は言い、私の顔をちらりと見た。それを見た春原が「理央はあの事件のことも知っている」と答えた。
奥野優斗はそれを聞き
「健人君のことを信じてくれる人がいたんだね。僕が言えることじゃ、ないけど、良かった」と安心したように言った。
「話したいことがあるなら、ここでいいよ。あまり人もこないだろうし。誰か来たら、理央、対応してくれる?」
私は、わかったと言い、受付に座った。奥野優斗の話声が聞こえて来た。
「色んな人に尋ねて、ここに行きついたんだ…。まず、謝らせてほしい。中学の時は本当にごめん」
「杉本さんから何か聞いたのか?」
杉本美由、××の親友だ。××の代わりに春原に謝りに来た。
「いや、誰かから何かを聞いたからじゃない。僕の意思で謝りに来た。健人君は知っていると思うけど、僕は小学生の時からいじめられていた。中学でもいじめられそうになった時、健人君が守ってくれた。健人君は僕と友達になってくれて、いじめがなくなった。僕は健人君と友達になって初めての経験をたくさんした。優斗って下の名前で呼ばれたのも初めてだったし、昼休みや給食の時間に一人じゃないことも初めてだった」
そこまで言うと奥野優斗はため息をついた。
「それなのに…。それなのに、僕はあの時、健人君を助けることができなかった。無視されて、殴られて、苦しむ健人君を見ていながら、また、いじめられることが怖くて、怖くて健人君を見捨ててしまった…」
奥野優斗の声は揺れていた。涙をこらえているようだ。その様子を見て春原が言った。
「優斗は、おれが事件の加害者だって信じていた?」
「信じる訳ないじゃないか、健人君があんなことできるわけがないって思っていたよ。僕だけではない。××が嘘を付いているんじゃないかって考えている人もいた。でも、大きな流れには逆らえなくて、皆、黙ってしまったんだ」
後ろを向いていたので姿は見えなかったが、奥野優斗が泣いているのがわかった。
「僕だけでも、僕だけでも、その流れに逆らうべきだったんだ。せめて、健人君にだけでも、その思いを伝えていたら良かったんだ。もう、何を言っても許してもらえないと思う。謝るのだって自己満足じゃないかって何度も思った。でも、ここが最後のチャンスだと思った。健人君に嫌われてもいい。怒鳴られてもいい。僕の思いを伝えたかった」
振り絞るような奥野優斗の声に胸が締め付けられるような気がした。確かに奥野優斗はいじめを止めるべきだったのだろう。でも、奥野優斗の立場だったら、私は春原を助けてあげられただろうか。自信を持ってできるとは言えなかった。
春原は何かを考えるように、話を聴いていた。そして、いきなり「優斗、スマホ持ってる?」と聞いた。
奥野優斗は戸惑ったように「持っている」と答えた。
春原はメモを渡した。
「これ、おれの連絡先。いつでも連絡して」
「どうして…。僕の話、聴いていたよね」
「ああ、全部、聴いた。その上で言っている。優斗、また、友達になってくれ。それと中学の時から言っていたけど、君は付けなくていいよ。こんなこと言うときれいごとになるかもしれないけど、ありがとな、おれのことずっと心配してくれて」
奥野優斗は肩を震わせて泣き出した。その肩を春原が優しく叩く。教室には誰も来なかった。
「今、教室から出てきた人、泣いていたみたいですけど、どうしたんですか」
奥野優斗とすれ違いで竹本美雪が教室に来た。
「久しぶりに中学の友達と会ってな。なんか、感極まったみたいで」
「いいですね。会って泣く程の友達がいるって」
竹本美雪の言葉に春原が嬉しそうにうなずいた。