第11話 タカユキ

文字数 1,524文字

 あの頃の自分を、どういったらいいのでしょう。
 はじめは、たんなる好奇心でした。
 めったに外に出ることもなかったのですが、その日はどうしても買いたいものがあり(いま思えば、当時どうしてあんなにも欲しかったのか、まるでわかりません。いまは、まったく興味がなくなってしまいました。)、外に出ていました。
 声をかけられ、いつもであればすぐに逃げるのですが(声をかけられるのが、とても苦痛でした。)、なぜかそのときだけ、話を聞いてしまったのです。
「ほんとうは植物になりたいんじゃないですか?」
「えっ」
 それは、まさしく自分が考えていたことでした。本当になりたかったわけではありません。ですが、なにかというと、そのことを考えていました。
「やっぱり。あなたは植物のような繊細さがあるもの」
 自分に声をかけてきた女の人(たぶん自分よりも10歳くらい上の人)は、半ば強引に自分を連れていきました。正直いって自分はうれしかったのだと思います。たとえ無理矢理にであっても、だれかに誘われるという経験はしたことがありませんでしたから。
「ここにはあなたのような心のきれいな人がたくさんいるのよ」
 女の人が連れてきた場所は、あまり大きくない一軒家でした。中に入ると畳の部屋があり、そこには十人以上の人が座っていて、真ん中にいた年を取った男の人の話を聞いていました。
「きみもここへ来て座りなさい」
 男の人はやさしくいいました。自分はまだ、ためらいはあったのですが、女の人にうしろからおされ、座ってしまいました。
「植物になりたいのだろう?」
 男の人はたずねました。自分は小さくうなずきました。
「なってはいかん」
 男の人はいいました。
 その言葉を聞いて、自分は涙が出てきてしまいました。どうしようもなく、うれしかったのです。初めて、他人にわかってもらえたと思いました。
 男の人の周りにいた人たち(ぼくより若い人も、年取った人もいました。男の人も女の人もいました。)も、いっしょに泣いてくれました。自分は、それがまたうれしくて、いつまでも泣いていました。
 その日から自分はそこで暮らすようになりました。その男の人の言葉を聞き、その男の人の言葉を、もっと多くの人に聞いてもらいたいと思いました。それ以外のことはなにも考えられなくなりました。自分は朝から夜まで、人のいるところを歩き回り、自分と似たような人に声をかけて回りました。自分と似たような人というのは、なんとなくわかるものです。自分と似た人間を探し、男の人に会わせ、同じように泣く姿を見て、心の底からの満足を覚えました。
 ですので、警察が来たときは、驚きましたし、何よりも腹が立ちました。自分は、カッとなりやすいほうで、かなり暴れました。
 刑務所の中に入れられ、いろいろなことを聞きました。自分はたしかにあの男の人にお金を渡していました。しかし、それは自分からしたことで、まったく問題はありません。ただし、自分の両親、祖父母からも勝手にお金をもらっていたことは、少し怒りました。自分に一言くらい相談してもよいのではないか、と思ったからです。自分が誘った人たちからや、その家族、ときには友人たちからもお金を集めていたときも、また少し腹が立ちました。
 しかし、いちばん許せなかったのは、警察から逃れ、男の人と、自分を誘った女の人が、自分が暴れて、刑務所に入っている間に植物になってしまったということでした。あの二人は、ただ二人だけのことしか考えていなかったのでした。
 自分は、まだ刑務所にいます。
 植物になりたいという気持ちはありません。おそらく本当になりたいと思ったことはなかったのです。この先どうしたらいいか、まだわかりません。
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