7、黒衣の巫女

文字数 1,823文字

サイアを載せたワンボックスカーがマンションを去った後、テーブルの下に倒れていたリン・クレトスが意識を取り戻す。
うん? あたしは、いつ、ここに移動した?
サイアを閉じ込めてあった結界に目をやり、驚くリン。
サイアが見えない。結界が破れてる。クソ、あの間抜け姫め、どこへ行った。
バスルーム、クローゼットにサイアを探すリン。サイアを見つけられず、スマホを取り出し、ケン・タウリにかけようとして、手を止める。
クソ、あの生意気な役人にサイアに逃げられた等と、言えるものか。あいつは、経済カンファレンスに行ったんだ。3時間は戻ってこない。奴が戻る前にサイアを捕まえる。
リンが部屋を出ようとした時、マンション前に1台の大型バイクが止まり、黒装束に身を包んだ長身の女性が降り立つ。女性はマンションを見上げ、大きく息を吸い込む。
あら、ここは空気が汚れていますね。ハグレ巫女が放つ、どうしようもない腐ったドブの匂いがします。
黒づくめの女性が目を閉じ、胸の前で両手を組み合わせる。
ドブネズミさん、どこにいるのかしら? 
女性の周囲で空間が揺らぎ始める。歩道を行き交う人々が悲鳴を上げ、頭を抱えてしゃがみこむ。

車道では、コントロールを失ったクルマとクルマが衝突し、金属音を響かせる。

3階の廊下でサイアを探していたリン・クレトス。突然、全身をこわばらせ立ちすくむ。
こ、これは、呪力。サイアか?
ドブネズミさん、3階にいらしたのね。では、さっそくエレベーターに乗っていただきましょう。
リン・クレトスの身体が機械仕掛けの人形のようにエレベーターに向かって歩き出す。
ダメだ、動くな、あたしの身体! あんたの主人は、あたしだ。なぜ、あたしが動くなと言ってるのに勝手に動く。
意に反してエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押すリン・クレトス。

エレベーターが1階につきドアが開くと、中からリン・クレトスが転がり出る。

あら、ドブネズミさん、転んでしまったの? では、私の方から行ってあげましょう。
マンションのエントランス前のオートロック解除ボタンが自動的に作動し、エントランスの自動ドアが開く。黒衣の女性がエントランスに入る。

エレベーター前に転がっているリン・クレトスに近づき見下ろす。

あなたは、ドブネズミさんたちの中でも、とりわけヒドイ匂いがするわ。きっと、生まれた時からハグレ巫女のドブネズミさんね。
(喘ぎながら)サ、サイアじゃないのか。お、お前は誰だ?
あら、言葉遣いには気をつけた方がいいわ。ハグレ巫女が公国巫女会議の巫女を「お前」などと呼んではいけません。「あなた」とおっしゃい。
クソが! 誰が、お前なんかのことを「あなた」だなんて……
黒衣の巫女がつま先でリンに触れる。リンの身体がフロアから10センチほど浮き上がり、激しく痙攣する。
(震える声で)あ、あたしを……痛めつけて……言いなりにさせようったって、無駄だぞ。
あらあら、生意気なドブネズミさんだこと。少し、お仕置きが必要かしら。
黒衣の女性が、クレトスに左の人指し指を向けると、クレトスが1メートルほど宙に浮き、蝶のように両手をはばたかせ始める。
これは、体幹を鍛えるのに、とても良い運動なの。覚えておいてね。あら、ごめんなさい。ドブネズミさんは、自分の力では宙に浮かべなかったわね。
では、落ちなさい。
リン・クレトスの身体がフロアに落ち、どさっと音を立てた。
人をドブネズミ呼ばわりしやがって、お前は誰だ?
あらあら、また「お前」だなんて。躾のつかない子ねぇ。ドブネズミだから、仕方ないか。
私も、ドブネズミさんを躾けるために来たわけじゃないの。ドブネズミさんの頭の中をのぞかせてもらいに来たのね。では、臭いのを我慢して、頭の中に入るとしましょう。
何をする、止めろ、おい、止めろ、ウワッ、ギャッ。
リンがフロアを転げまわる。
あーら、せっかくサイアを捕らえたのに、逃げられたのね。しかも、逃げられた時の記憶を抜かれている。

やはり、ドブネズミは、しょせん、ドブネズミね。

ドブネズミさん、あなた惨めすぎるから、生かしておいてあげる。だけど、この先、私の邪魔をするような事があったら、その時は生かしておかないから、よく覚えておいてね。
マンションを出て、バイクに向かう黒衣の巫女。

サイレンを鳴らしながら二台のパトカーがやってくる。黒衣の巫女がパトカーに左の人差し指を向ける。二台のパトカーが次々と横転する。

バイクにまたがり、悠然と現場を去る黒衣の巫女。

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登場人物紹介

サイア・マロエ


自らの強すぎる呪力を恐れ、祖国アラハルト公国を離れ流浪の身にある巫女。

アラハルト公国筆頭巫女キリア・マロエは、二卵性双生児の姉にあたる。

平和な日々と温かい他者とのつながりを何よりも大切に思っている。

キリア・マロエ


サイア・マロエの二卵性双生児の姉。アラハルト公国国民会議によって公国筆頭巫女に選ばれ、クィン・ナン総理大臣を補佐する。筆頭巫女就任時に筆頭巫女の座を争った妹サイアの呪力を封印したが、完全に封じきれなかったのではないかと不安を抱き続けている。

クィン・ナン


アラハルト公国の若き総理大臣。内政では正体不明の疫病の流行、外交では近隣大国の圧力に脅かされ、難しい政治の舵取りを強いられる。

サイア、キリアの姉妹とは幼馴染。

リン・クレトス


アラハルト公国で、巫女が所属すべきとされる公国巫女会議に属さないハグレ巫女。母親の代に巫女会議から追放された。巫女会議所属の強力な巫女たちに劣らない強力な呪力を持ち、巫女会議への復讐の機会をうかがっている。

ケン・タウリ


キリア・マロエの第二秘書官。本来キリアを全面的に支持すべき立場にも関わらず、サイアをアラハルト公国に連れ戻そうとする。

カレラ・ウィン


アラハルト公国巫女会議の掟に反し死刑を課せられたが、武器商人エル・リケルメに救い出され殺し屋となる。

アラハルト公国を巡る大国の駆け引きに乗じようとするリケルメの命を受け、神出鬼没の動きを見せる。

レン・カレッタ


通常あり得ないとされている父方の遺伝で呪力を得た特異な巫女。アラハルト公国を逃れたハグレ巫女たちの秘密組織リベルタのリーダー。アラハルト公国巫女会議を倒すためなら、誰と手を組むことも厭わないマキャベリスト。特異な生まれゆえに仲間から恐れられかつ軽蔑される複雑な立場にある。

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