第5話

文字数 4,545文字

【5】
 まず、第1便である。正月休みの間に原稿を作り、仕事始めの日に投函した。「この間はありがとう。」「久し振りに話ができて、とても楽しかった。」といったような、当たり障りのない内容である。一週間ほどすると返事が来た。十日頃だったように思う。それには「私も楽しかったです。」「覚えていて下さって、ありがとうございました。」「今、大阪で働いていますが、自分にはバリバリ働くキャリアウーマンになるつもりは全くありません。料理の上手な、かわいい奥さんになるのが夢です。」などと書かれていた。理想的な内容ではないか。感触としても、間違いなく好意的なものだった。機は熟した。みんな、こんな風に進んでいたのか。数年遅れたが、自分にもやっと同じ波が来た。そう信じて疑わなかった。
 続いて、第2便を出した。1月中旬頃だった筈である。今回は一段レベルを上げて、「今度、君に会いにそちらへ行こうと思う」とはっきり書いた。それに加えて、自分が就職一年目の時の経験も併せて書き添えた。元旦に電話で話した際、彼女が社会人一年目だった時のことを色々と話してくれていたからである。

 返事はしばらく来なかった。返事が来たのは、2月上旬だったと思う。土曜日だったことははっきり記憶している。当時はまだ完全週休二日制になっておらず、土曜日も隔週で半日だけ仕事に出ていた。仕事を終えて、昼頃に帰宅した時のことだったのを今でもよく覚えている。
 帰宅すると、郵便受けに手紙が届いていた。裏返して差出人を見ると、彼女の住所と名前が書いてあった。「遅いよ!」と思わず小さな声を上げた。一日千秋の思いで返事を待っていたのだから、無理もないことだった。2月の連休に、プライベートな理由で大阪へ出向く予定にしている-家族にもそう話していたため、返事が遅いのは色々な意味で都合が悪かったのである。手紙を手にしたまままっすぐ二階に上がると、急いで封を切って読み始めた。しかし、その内容は全く思いもよらないものであった。
 手紙は、まず「お手紙ありがとうございました。○○さんは私よりずっと大人だと感じました。」と始まっていた。これは僕が書いた社会人一年目のストーリーに対する反応だったと思われる。「大人?この僕が?そうかな?」と思いながら先を読み進めた。ただ、これは単なる前置きに過ぎなかった。
 そして、その直後。まず結論として、僕の来訪を断る次のような文言が書かれていた。「今度こちらに来られるということですが、お会いできません。」
 「お会いできません」-それは残念だ。仕事の関係だろうか。この時期は都合がつかないのか・・・というのがその時点での感想であった。しかし、読み進むにつれて、容易ならぬ事態の深刻さに気づき始めた。
 先の「都合がつかない」説はすぐに否定された。手紙は次のように続いていたのである。「この日に都合がつかないというわけではありません。今、私には特定の男性がいるので、不要な誤解を受けることのないようにしているんです。」とあるではないか。そして、更に次のように続いていた。「なぜ私にこうして色々声をかけて下さるのか分かりません。」「あなたのことはとても尊敬しています。社会人一年目に色々教えていただいたことも、今でも大変感謝しています。このままずっと、いい先輩でいて下さい。お願いします。」-これは紛れもなく、これ以上のアプローチは避けて下さいという、やんわりとした断りの文面である。
 そして末尾は、「明日、朝早く仕事があって、神戸まで行かなければなりません。もうこのあたりで失礼します。」と結ばれていた。明日が早いのに、こうして時間を使って手紙を書いている・・・暗に迷惑だと言っているようにも取れる締めくくり方であった。
 大体こんな内容だったと思う。かれこれ20年も前のことなのに、今でもかなり鮮明に覚えている。
 読み終わるや否や、居ても立っても居られない動揺が波のように押し寄せてきた。かつて経験したことのない動転だった。「えらいことになった」「どうしよう」・・・言葉にならない感情が次々と頭に浮かんできた。口にも出したように思う。ほとんど意味のない声だった。ただ、声を出さずにはいられなかった。
 車に乗り、家を飛び出した。用事があるわけでも、行くあてがあるわけでもなかった。ただ、じっとしていられなかった。まるで何かに追われているかのように車を急発進させ、僕は猛スピードで走り出した。そして、そのままひたすら走り続けた。よく事故が起きなかったものだと思う。その時つけていたカーラジオで、女性DJが軽妙なトークをしていたことを覚えている。そして、なぜかゲラゲラ笑い出してしまった。「生きているな、自分!」-そんな思いだった。
 そこから先は、どこをどう走ったかよく覚えていない。気がつくと、海辺の国道を西へ西へと走っていた。前述した通り、あの「特急おき」の車内で始まった今回の一件である。ちょうど電車が島根県の益田市付近を走っていた時だった。そのあたりに向かって走っていた。なぜかは自分でも分からない。終わりが近づいた今、もう一度始まりの場所へ戻りたいと無意識のうちに思ったのかもしれない。

 どれくらい走っただろうか。いつの間にか、日はもうとっくに落ちていた。ふと見ると、真っ暗な中、左手に大きな駐車場が見える。車を寄せ、その駐車場に車を停めた。別に、ここが目的地だったわけではない。家を出たのが昼過ぎで、真っ暗になるまでノンストップで走り続けたのだから、何時間も走ったことになる。さすがに疲労感を感じたのだろう。 
車を停めた時、僕の目に日本海の荒波と砂浜が見えた。半年前、特急列車の車窓から見たものと同じ海である。ただ、夕日が反射して輝いていたあの時の美しい夏の海と異なり、今日はあかり一つない中でうねっている真っ暗な冬の海だった。僕は車のドアを開け、車外へ出ると、そのまま海に向かってゆっくりと歩き出した。
 2月上旬にもかかわらず、この日の夜はとても暖かかった。その暖かい夜の中、僕は国道を横切って砂浜へと歩いていった。道路を渡り、防波堤を超えるとすぐに砂浜だった。街路灯や照明などが何一つない、一面真っ暗な海岸だった。砂浜に出ると少し歩いたが、歩けたのはほんの数歩に過ぎなかった。そこでがっくりと膝をつき、そのままその場に座りこんでしまった。
 認めたくはないが、駄目なのは明白だった。涙は出なかった。言葉も出なかった。ただ、事実と絶望感だけがあった。半年間自分一人の中でずっと温め続け、ほんのひと月前にやっと始まったばかりなのに、もう終わってしまうのである。この半年間、何だったのだろう。みんなうまくいっているのに、なぜ自分だけうまくいかなかったのか。一体、これからどうすればいいだろう。次から次へと、色々な疑問が浮かんでは消えていった。
 ただ、これは決して不意を突かれた展開でもなければ、予想外のどんでん返しでもない。「向こうで誰か好きな人ができたりしていないだろうか」というのは、待っていた半年間で色々と考えているうち、思い当たったことがあった。その意味では、想定していたことの一つだった筈である。しかし、いざ実際に起きてみると、その打撃は予想以上だった。
 何分くらい砂浜にひざまずいていただろう。再び立ち上がると、海を背にして歩き出し、僕は車へと戻った。そして再び車内に戻ると、真っ暗な駐車場の車の中で考え始めた。もちろん、今後のことについてである。これからどうすればよいだろうか。

 どうすれば、とは、具体的には手紙である。出すか出さないか。仮に出すのであれば、どんな内容にするか。何を書くか、書かないか。どこまで書くか。それをどう伝えるか。或いは、手紙ではなく電話にするか。または、出向いて直接話すか。そして何よりも、ここで身を引くか、それとも更に前に進むか。考えることは山ほどあった。
 まず、最も根本的かつ重要なことから始めなければならない。撤退か、続行か。これについては、なぜか迷いは全くなかった。ここで撤退する発想は一切浮かんでこなかった。前進あるのみである。勝ち目があるとかないとか、そんなことは考えなかった。自分に自信があるとかないとか、そういう問題でもなかった。また、これ以上進めると相手が困るとかいうことも全く念頭になかった。ただ必死だった。
 次に、手段である。手紙か、それとも電話か。あるいは、大阪まで出向いて直接話をするか。これについても、それほど迷うことはなかった。これまで通り手紙である。今ここで電話しても、自分の思いをきちんと伝えられる自信はとてもなかった。
 大阪の住所は教えてもらったので、いっそのこと直接出向くこともやってやれないことはない。もともと大阪へ行く予定にしていたのである。当時はまだ「出待ち」「入り待ち」「ストーカー」といった言葉はなかった。しかし、現時点でそこまでするとやり過ぎではないか。これら3つを比べてみると、やはり手紙である。手紙なら推敲に推敲を重ねて、納得のいくものを出すことができる。
 あとは内容である。「案ずるより産むがやすし」という言葉がある。実際に書き始めてみよう。そして、それをもとに手直ししていくほうが現実的であるように思う。そこまで方針が決まったら、あとは取り掛かるだけである。待つ理由はない。次に出す手紙の文面について、僕は原稿を作り始めた。この時点では、心身ともにかなり疲弊していたが、これが終わらないことには何も手につかない感じだった。というよりは、頭が自分で考え始めていた。思考をやめようと思っても、頭のほうで勝手に考えていた。そして、ペンを持った手が、その思考を次々と書きつけていった。頭や手がひとりでに動き始めるような、不思議な感覚だった。
 真っ暗な車の中で車内灯だけつけて、文面を考えていった。伝えたい言葉やフレーズを思いついたら、その都度紙に書き留めていった。繰り返し繰り返し頭の中で推敲して、原稿を考えた。最後には、全文をほぼ完璧に暗唱できるくらいまで練って練って練り直した。あとは自宅に戻って清書するだけである。当時、パソコンはもとよりワープロもまた普及していなかったため、手紙類は全て手書きだった。その中身は・・・本来は大阪で直接告げていた筈のプロポーズであった。
 日暮れから更に時間は進み、夜も次第に更けようとしていた。家を出たのは、そろそろ昼食を取ろうかと思っていた矢先のことだったので、昼食も夕食も食べていなかったことになる。それにもかかわらず、食欲が全くなかった。夕食を取ったのは、再び家の近くに戻ってからのことだった。自宅近くのコンビニで、パンとコーヒーを買って、真っ暗な車の中で一人食べた。レストランなど、人のいるところでは食べたくなかった。誰にも会いたくなかった。ちょうど、その時の店内には、高校生くらいに見える男女数人のグループが買い物をしていた。これから夜遊びでもするのだろうか。いいなあ君達は、遊びで。こちらはもっと真剣なんだ。一生がかかっているんだ。そんな風に思いながら、僕は彼らを横目で見ていた。
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