第8話

文字数 1,330文字

【8】
 そして、4月。手紙が来た。4月中旬の月曜日だったと思う。雨の日だった。夕方仕事から帰り、郵便受けを見ると、ビジネスレターやジャンクメールに混じって封書が一つ見えた。見覚えのある筆跡である。慌てて手に取り、封筒を裏返すと、果たしてそこには彼女の住所と名前が書かれていた。
 長かった。一つ前の手紙が来たのが2月上旬だったから、あれから2ヶ月以上待ったことになる。元日の「START」から3ヶ月以上が経っていた。「特急おき」の車内からは9ヶ月近くが経っていた。夏に始まった思いだったが、季節が一巡りしていつしか春になったのである。
 ちょうどこの前日だったように思う。昨年まで同じ職場だったSさんが亡くなられたとの訃報が入った。一同、言葉を失った。Sさんはまだ40代という若さだった。病気とのことだったが、昨年まで一緒に働いていた時は、そんな様子は微塵も感じられなかった。してみると、人間いつどうなるか分からないものである。そして同時に、人間いつかは必ず死ぬのである。その時、悔いのない人生だったと思える生き方をしたい。今、こんな追い詰められた状況にあるが、だからこそ尚更その思いを強くした。
 その点では、今回のことについて悔いは一切ない。人から見れば無謀だったと思うが、自分の中では十分に納得づくの行動だった。今後同じ場面に100回遭遇したとしても、やはり同じことをするだろうと思える9ヶ月だった。
 特急列車の車内でひらめいた今回の想い-すぐに行動できていれば、これほどのことにはならなかったのではないか。半年間も温めていたため、その間にどんどん大きくなってゆき、引っ込みがつかなくなったようにも思う。しかし、それも全てやむを得ないなりゆきでそうなったことばかりだったのである。やはり後悔はない。
 終わった。もう、郵便受けや電話に神経をとがらせる必要はない。ただ、自分の人生はこれからも続いていくのである。今日、これからどうしようか。これからどうしようか。あるのは夢の後始末だ。
 そして何よりも・・・この手紙には何と書かれているのだろう。結論そのものは分かっているが、どう書いてあるかは読んでみないと分からない。
 この手紙、読むのはやめよう。このまま読まずに取っておこう。未開封のまま、ずっと閉じ込めておくのである。そうすれば、今回の一件は永遠に終わらない。終了の笛を封じてしまう以上、いつまでも終わらないまま続いていくことになる。
 もちろん、彼女がせっかく書いた文面を見ずにしまうことに対して、良心の呵責を感じないわけはない。あるいは、万一何か想定外のことが書いてあったら-例えば「一度、大阪まで来てください」や「お電話ください」など。そして更には・・・。その際は、チャンスを自らの手でみすみすふいにしてしまうことになる。しかし、だからこその封印である。
 終わってゆく今回の思いを、永遠に終わらせない。僕の最後のわがままである。最後となったこの手紙とともに、今回の恋心はこのまま一緒に朽ち果てていくのである。
 外は雨である。昨夜からずっと雨が降っている。いつやむのだろうか。このまま永遠に降り続くように思える。
 雨がやんだら、外に出よう。やまない雨はない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み