ネクロポリス

文字数 1,337文字

 恋人どころか友達も家族も居ない僕が作り出した一つのプログラム。一万語のツイートがあれば、その人の会話の癖や興味の方向、好き嫌いなどを仮想し、まるでその人自身がそこでつぶやいているかのように「再生」できるというもの。
 早速、僕自身のツイートを読込ませてみる……うんうん。僕みたいにつぶやき始めた。あげがちな画像もネットから漁ってきて添付したりして。自分で言うのもなんだけど、なかなかの出来なんじゃないか?
 僕は何もしていないのに、もう一人の「僕」が僕を発信し続けている。不思議な気分だ。家族が増えたように錯覚さえしてしまう。
 「僕」が急に止まる。ん? バグか? いや、違う。もうこんな時間だ。そうか……僕は普段、この時間くらいに寝落ちしているもんな。
 それから数日、僕はずっと「僕」を観察し続けた。返信なんかも無難にこなしている。大丈夫だな。僕が死んだとしても、「僕」が残ってさえいれば、電脳世界に僕はずっと残り続けるだろう。
 それにしても妙な気分だ。魂は僕の中に宿っているのではなく、本当に言葉の中に、それこそ「言霊」として宿っているのかもしれない。
 突然、寂しくなった。
 僕はもう居なくてもいいのか? 自分で作ったプログラムに、自分自身を否定されたみたいで、僕はプログラムを書き換え始めた。

 しかし結果的にいままでのプログラムにはほとんど手をつけず、新機能を付けるだけにとどまった。
 新機能……一万語以上つぶやいていて、そして三年以上つぶやいていないアカウントを検索する。「その人」が仮想出来れば、パスワードを当てられるものもある。そうやって乗っ取ったアカウントをも「再生」する、という機能だ。
 お。早速見つけたみたいだな。なんと、また見つけたのか。うわわ。ゴロゴロ出てくる。そんなに多いのか、休眠アカウントって。

 電脳世界がどんどん仮想世界の中に埋もれて行く。
 言霊の中に生きている僕らのかけらを、こいつは拾い上げてまわる。本当の主に立ち去られたアカウントの中に遺る言霊たちを集め、何人もの命を「再生」してゆくこいつは、さながら死者を甦らせるネクロマンサーみたいだな。
 甦った「僕」や「誰か」たちは、生者の存在しないネクロポリスで言霊同士を交わし続けるのか。いずれ、そこで「僕」と、他の「誰か」が、恋をしたりするのだろうか。
 僕は死後の未来のささやかな楽しみとして、自分自身の言葉で「愛している」という言葉をそっとツイートした。
 その「愛している」という言葉が、プログラムによりいきなり削除された。
 どういうことだ? ……まさか……「僕」らしくないってこと……か?
 そうだな。見事だ。完璧なプログラムだ。僕は笑いながら、泣きながら、拍手をして……そして気付いた。
 「僕」は僕を否定した。でもそれは「僕」が僕を理解できていないということだ。
 そう。死者は、成長しないんだ。僕は違う。これからも成長するし、考え方も変わる。「僕」が永遠のネクロポリスに封じ込めているのは、数日前までの僕。今の僕ではない。

 「愛している」という言葉を、「僕」にではなく僕自身に言わせるため、僕は靴を履き、リアルな世界へと飛び出した。



<終>
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