第1話

文字数 990文字

 今を去ること10年ほど前の大晦日、病院内で年越しをした。
 「放射線科の休憩室で年越しのおでん鍋をやっていますから、よかったら来ませんか?」
と、元放射線技師長から誘いがあった。毎年、院内で年を越す職員の有志が集まって年越しの行事をするらしい。外は深深と雪が降る大晦日、一人で院内で年を越すのは如何にも寒々しい。残っている職員で集まろうという訳だ。
 職場の休憩室では派手な煮炊きはできないがどんな鍋なのだろう?と興味津々(しんしん)で行ってみた。すると大きな鍋一杯のおでんが湯気を立てている。食べるとこれが熱くて味が染みて美味しい。
 「これ、みんなコンビニのおでんです。」
 「えっ?! 自分たちで作ったんじゃないんだぁ?」
 「先生、庄内ではおでんは作るもんではなくて、コンビニから買ってくるもんなんですよ。」
 自分はおでんは好物なだけに、その言葉は少なからずショックだった。

 雪の夜、日本海から吹き付ける容赦ない吹雪は人から体温を奪う。積もった雪に足元を取られながらよろよろと歩いていると、街灯の先に「おでん」の赤提灯が激しく揺れている。建物の軒下から一点でぶら下がっている提灯は風に吹かれて今にも千切(ちぎ)れそうだ。
 ガラスの引き戸から明かりが漏れる。湯気で曇っているが暖簾をかき分けて中を(のぞ)く。テレビはついてはいるが客は誰もいない。中に入る。
 割烹着を着た女将が、
 「はい、いらっしゃい。」
 「う~~、さぶ。熱燗とおでんを適当に見繕(みつくろ)って。」
 高倉健になったつもりで一人カウンターに座る。

 なんていうおでん屋は確かに庄内にはない。また、おでんの屋台もない。
 写真は 2015年8月6日、庄内に1軒あったおでん屋のおでんだ。

出汁(だし)が効いた上品な味で美味しかった。が、この店も程なくなくなってしまった。
 豊穣な土地と豊かな自然、歴史と文化のあるここ庄内で、何故、おでん屋が定着しないのだろう? 「庄内から消えたもの(その壱)」(NOVEL DAYS 一般小説:2022年9月8日 更新)で、庄内から地方銀行の ATM が消え、皆、コンビニの ATM を利用していることを述べた。おでんもコンビニで買うものになった。庄内の経済、食文化の一部がコンビニに大きく依存している。
 どうしてかなぁ? あ~でもない、こ~でもない。こんな筈はない。
 ひとり、酒を飲みながら思案すること(しき)り…。

 んだ。
(2022年9月)
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