第1話

文字数 899文字

 こんなに味のしない冷やし中華は初めてだ。
 味覚の話ではない。
 矛盾しているように思うかもしれないが、そうではない。話の流れは以下のとおりである。

 その日は日曜日で、仕事が休みだった。
 三十過ぎて独身貴族の俺は、朝から惰眠をむさぼり、朝寝坊を満喫していた。このところ残業続きだったこともあり、休日は寝て過ごしたかったからだ。
 それでも昼過ぎには空腹を覚え、ようやくベッドから這いずり出る。欠伸をしながら台所を物色するが、ろくな食べ物がない。
 買い出しに行くのも面倒くさく、外で昼食を取ろうと俺は身支度を整える。

 クーラーを切りアパートを出ると、蝉の鳴き声が耳をつんざく。途端に汗が噴き出し、急いで階段を降りるや、サウナと化したマイカーに飛び乗った。エンジンをかけるなり、エアコンのダイヤルを限界まで捻る。

 とりあえず国道に出たものの、特に食べたい物も思いつかず、アクセルをだらだらふかしてしていると、ふと一軒のラーメン屋が目に留まった。二年ほど前にオープンした個人経営と思われる小さい店だ。美味かったという記憶もなく、かといって不味いと感じた思い出もない。なんとなくニ、三か月に一度くらいの頻度で訪れる、ごく平凡な店という印象しかなかった。
 今日、そこで食べようと決めたのに深い意味はない。ただ他の店に行くのが面倒だったからだ。

 駐車場に車を乗り入れて、看板を見上げると『白龍ラーメン』とある。何度も見ている筈だが中々覚えられない。
 ガラガラと音を立てながら引き戸を開けて店内に入る。意外なことに満席だった。これまで半分すら埋まった覚えがないというのに、今日に限ってどうした事だろう。

 まあこんな日もあるさ、以前来店した時は、たまたま空いていただけかもしれない。さては昨日テレビかなにかでラーメン特集でもやってたのか。ひょっとしたらこの店が紹介されていたりして……そんな訳ないよな。
 少し不思議に感じたが、理由はどうあれ、実際に満席なのだから仕方がない。店を出ようと背を向けかけたタイミングで、カウンターの中央付近に座っていた作業服の男性が席を立った。
 しめたとばかりに俺は素早く腰を滑り込ませる。
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