第23話 流行の店で
文字数 2,075文字
【九月四日(日)】
今朝も早起きしたのは就寝時間が早かっただけではない。一年前から再開した執筆はアイさんと出会って熱意に油が注がれ、再会した真紀も小説を書いていることを知り、同僚の咲苗がラノベの熱心な読者だと知ったことで、執筆意欲がさらに燃え上がったからだ。
昨日作ったプロットを元にして、細かな描写を抜いた流れを書いていく。だいたい半分を書きおえた頃、時計の針は十一時を刺していた。
最近は旧作の改稿作業が多かったため、新作に取り組む楽しさによって四時間はあっという間に過ぎていた。
「あとは昼を食べてからにするか」
後半戦に入る前に昼食を食べようと冷蔵庫を開けたところで、呼び出しのバイブがスマホを揺らす。その相手がアイさんかと頭を過ったのだが、表示されている名前は真紀だった。
心臓の高鳴りを抑えながら俺はスマホを手に取った。
「おはよう」
昼を迎えようかという時間ではあるがそんな挨拶をすると、真紀もいつもの穏やかな声で「おはよう」と返してくる。
「花火のときに話したお店が先週オープンしたから行ってみない?」
そこはパイで有名なお店で、チェーン展開で近くに出店したばかりだった。
「あの店か? うん、いいね。行ってみたい」
小説の続きも書きたいが、せっかくのお誘いなので俺は出かけることにした。
「女性からの誘いなんて少し前からは考えられないな」
その女性が学生時代の想い人の真紀であり、その真紀は恋心を持って俺とマッチングした……。したのか?
たしかに真紀は俺とマッチングしたと咲苗に対してマウントを取るように言っていた。これはたぶん勢いで言ったわけではないはずだ。そうなると俺たちは両想いということになる。その答えに行き着いた俺に横から茶々を入れるのはアイさんの存在だ。
再会してから何度か食事や花火に出掛けたことで俺への想いが生まれたとして、その想いはどれほどのモノなのか。『私もちょっとだけ気になる人がいる』と言っていたその人との関係が終わったことで、近しい存在になった俺を意識するようになった。この考えが自然な気がする。
こういった経験も作品にいかせるかと考えつつ、俺は電車に乗ってからも携帯にネタを書き込んでいた。
駅に着いた俺は、引き続き携帯で小説を書きつつ真紀を待っていた。待ち合わせの時間より二十分も早く到着したのだが、真紀も十五分前にやってきた。
「お待たせしちゃったね」
「いや、俺が早く着いただけだから」
「昔は時間ギリギリだったのに。社会人になって成長したのかな?」
「どうしたの?」
真紀はそう聞いてきたのは俺の表情の変化に対してだろう。
俺が驚いたのは学生時代の俺の時間のルーズさを彼女が知っていたことにだ。
「昔のことを覚えているのもそうだけど、学級委員はクラスメイトをよく見ていたんだなって」
「見られることを意識していたからね」
この回答の意味がわからない。それが俺の悪い癖を覚えていたことに関係するのだろうかと聞き返した。
「どういう意味?」
「言葉の通りよ」
そう笑顔で言った真紀だが、結局このことの意味は俺には理解できないままだった。
時刻は十三時四十八分。予定よりも少し早いが俺たちはお目当ての店に向かう。今日も真紀はスマートにオシャレな服装で、並んで歩くのが恥ずかしく思う一方、一緒にいることの優越感も覚えてしまっていた。
俺がそんなふうに考えている隣で真紀はなにやらキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「え、いや、なんでもないよ。ちょっと懐かしいなぁって」
なにか誤魔化している気はしたが、彼女の言っていることに俺も共感して街並みを眺めた。
「ここのお店まだあるんだね」
「学校帰り、食べに来てたなぁ」
「あのお店なくなっちゃってる」
「向かいに競合店ができたからかな」
高校の最寄り駅だったこの街はしばらくぶりで懐かしく、その変化を楽しんでいた。するとそこに、アイさんからのメッセージが届いた。
『時間があるときでいいのだけど、吉祥寺にでも出掛けたときに、人気マスコットのプオンのアニマート限定版があるか見てきてくれないか?』
という内容だった。
「タイムリーだなぁ。今その吉祥寺だよ」
このつぶやきに真紀が反応して俺の顔を見た。
「知り合いがね、プオンのアニマート限定があるか見て来て欲しいって」
「そうなんだ。ほぼ通り道だから先に行って教えてあげたら?」
「いや、あとでもいいと思うけど」
アイさんからのお願いであるため、優先順位を上げづらく俺はそう返すのだが、内情を知らない真紀はそんなことは意に介さない。優しさからか率先して足を向けてアニマートへ歩き出した。
三分ほどで到着し、限定版の在庫を確認した俺はすぐにメッセージを返した。
『ありがとう。吉祥寺に遊びに来ていたんだね。デートかい?』
「ぐっ」
何気ない返事だったのかもしれないが、俺は通話じゃなかったことに感謝した。
『友人と食事だよ』
今度は『級友』という言葉は使わずにさらりと返し、俺と真紀はパイのお店に向かった。
今朝も早起きしたのは就寝時間が早かっただけではない。一年前から再開した執筆はアイさんと出会って熱意に油が注がれ、再会した真紀も小説を書いていることを知り、同僚の咲苗がラノベの熱心な読者だと知ったことで、執筆意欲がさらに燃え上がったからだ。
昨日作ったプロットを元にして、細かな描写を抜いた流れを書いていく。だいたい半分を書きおえた頃、時計の針は十一時を刺していた。
最近は旧作の改稿作業が多かったため、新作に取り組む楽しさによって四時間はあっという間に過ぎていた。
「あとは昼を食べてからにするか」
後半戦に入る前に昼食を食べようと冷蔵庫を開けたところで、呼び出しのバイブがスマホを揺らす。その相手がアイさんかと頭を過ったのだが、表示されている名前は真紀だった。
心臓の高鳴りを抑えながら俺はスマホを手に取った。
「おはよう」
昼を迎えようかという時間ではあるがそんな挨拶をすると、真紀もいつもの穏やかな声で「おはよう」と返してくる。
「花火のときに話したお店が先週オープンしたから行ってみない?」
そこはパイで有名なお店で、チェーン展開で近くに出店したばかりだった。
「あの店か? うん、いいね。行ってみたい」
小説の続きも書きたいが、せっかくのお誘いなので俺は出かけることにした。
「女性からの誘いなんて少し前からは考えられないな」
その女性が学生時代の想い人の真紀であり、その真紀は恋心を持って俺とマッチングした……。したのか?
たしかに真紀は俺とマッチングしたと咲苗に対してマウントを取るように言っていた。これはたぶん勢いで言ったわけではないはずだ。そうなると俺たちは両想いということになる。その答えに行き着いた俺に横から茶々を入れるのはアイさんの存在だ。
再会してから何度か食事や花火に出掛けたことで俺への想いが生まれたとして、その想いはどれほどのモノなのか。『私もちょっとだけ気になる人がいる』と言っていたその人との関係が終わったことで、近しい存在になった俺を意識するようになった。この考えが自然な気がする。
こういった経験も作品にいかせるかと考えつつ、俺は電車に乗ってからも携帯にネタを書き込んでいた。
駅に着いた俺は、引き続き携帯で小説を書きつつ真紀を待っていた。待ち合わせの時間より二十分も早く到着したのだが、真紀も十五分前にやってきた。
「お待たせしちゃったね」
「いや、俺が早く着いただけだから」
「昔は時間ギリギリだったのに。社会人になって成長したのかな?」
「どうしたの?」
真紀はそう聞いてきたのは俺の表情の変化に対してだろう。
俺が驚いたのは学生時代の俺の時間のルーズさを彼女が知っていたことにだ。
「昔のことを覚えているのもそうだけど、学級委員はクラスメイトをよく見ていたんだなって」
「見られることを意識していたからね」
この回答の意味がわからない。それが俺の悪い癖を覚えていたことに関係するのだろうかと聞き返した。
「どういう意味?」
「言葉の通りよ」
そう笑顔で言った真紀だが、結局このことの意味は俺には理解できないままだった。
時刻は十三時四十八分。予定よりも少し早いが俺たちはお目当ての店に向かう。今日も真紀はスマートにオシャレな服装で、並んで歩くのが恥ずかしく思う一方、一緒にいることの優越感も覚えてしまっていた。
俺がそんなふうに考えている隣で真紀はなにやらキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「え、いや、なんでもないよ。ちょっと懐かしいなぁって」
なにか誤魔化している気はしたが、彼女の言っていることに俺も共感して街並みを眺めた。
「ここのお店まだあるんだね」
「学校帰り、食べに来てたなぁ」
「あのお店なくなっちゃってる」
「向かいに競合店ができたからかな」
高校の最寄り駅だったこの街はしばらくぶりで懐かしく、その変化を楽しんでいた。するとそこに、アイさんからのメッセージが届いた。
『時間があるときでいいのだけど、吉祥寺にでも出掛けたときに、人気マスコットのプオンのアニマート限定版があるか見てきてくれないか?』
という内容だった。
「タイムリーだなぁ。今その吉祥寺だよ」
このつぶやきに真紀が反応して俺の顔を見た。
「知り合いがね、プオンのアニマート限定があるか見て来て欲しいって」
「そうなんだ。ほぼ通り道だから先に行って教えてあげたら?」
「いや、あとでもいいと思うけど」
アイさんからのお願いであるため、優先順位を上げづらく俺はそう返すのだが、内情を知らない真紀はそんなことは意に介さない。優しさからか率先して足を向けてアニマートへ歩き出した。
三分ほどで到着し、限定版の在庫を確認した俺はすぐにメッセージを返した。
『ありがとう。吉祥寺に遊びに来ていたんだね。デートかい?』
「ぐっ」
何気ない返事だったのかもしれないが、俺は通話じゃなかったことに感謝した。
『友人と食事だよ』
今度は『級友』という言葉は使わずにさらりと返し、俺と真紀はパイのお店に向かった。