第22話 お見通し
文字数 2,349文字
【九月三日(土)】
昨日は明け方までファミレスで過ごし、帰宅したのは早朝六時前。目覚まし時計により五時間ほどで無理矢理起きた。
真紀は地元だが咲苗は電車で帰っていったので、きっとまだ寝ていることだろう。
昼をまわってから起きるのは勿体ないと強引に布団から出た俺は、ダルさと眠さをシャワーで流してパソコンに向かっていた。
食パンに目玉焼きとシリアルという軽い食事をしながらキーボードを叩いていると、ドアの呼び鈴が鳴る。
「ツバメ運輸でーす」
「なんだ?」
通販などで買い物した記憶はない。その疑問を解消するために小包の送り主を確認してみた。
「アイさんから?! なんで俺の住所が?!」
そういった驚きもあったが、先日寝ぼけながらメッセージアプリのギフト受け取りの承認をしたことを思い出した。
アイさんの住所がわかるという下心に等しいことを考えた自分が恥ずかしい。
さっそく開けてみると出張先の名産品のようだった。
「へぇぇぇ。こんなのも送れるのかぁ」
緑茶を入れ、個装されたお菓子をひとつ食べたところで携帯の着信音が流れた。
「アイさんだったりして」
俺のこの予測はピタリと当たる。
「はい、晴翔です」
「やぁ晴翔くん、日々精進しているかい?」
いつもタイミングを計ったようにメッセージや電話をしてくるアイさんに感心しつつ、上からとも言えなくない相変わらずな彼女の挨拶なのだが、俺の心はリズミカルに躍り出す。
「ちょっと寝不足気味だけど元気だよ」
「昨夜は素敵な女性と夜更かしをして朝帰りと言ったところかな?」
「なんでっ、それを知ってるの?!」
「図星だったか」
口を滑らせたと俺は後悔した。
「それはさておき、わたしからの贈り物が届いたかい?」
「ちょうど今、受け取ったところだよ。わざわざありがとう。今度俺が贈らせてもらうよ」
「気を使わなくてもいいよ。とは言っても貰ったら返さなきゃと思う気持ちはよくわかる。好意がある人ならなおさらだね」
いつも言わんとすることや思いを見越して返すアイさんの頭の回転やら知識やらに『才女か!』と突っ込みたくなる俺を、彼女はさらに驚かした。
「それで、朝まで盛り上がったのは小説の話なんだろ? どんなことを話したんだい?」
「なんでそんなことまで?!」
「日をまたいで話し込んだんだ。そうとう興味のある内容だったんだろうと予想した結果さ。わたしともそうだったじゃないか」
「アイさんは探偵かよ!」
たしかにアイさんとも小説の話題で二時間近く話したことがあった。
「ふたりとも小説に詳しくてさ。書き手からと読み手からの意見をたくさん聞けたし、くすぶっていた創作論を吐き出して俺もスッキリした」
「ほう、それは驚きだね」
「驚きって、俺が創作論を話したことが?」
「いや、ふたりの女性と朝まで過ごしたことがだよ」
「あっ」
隠していたわけではない。だけど、朝帰りしたうえに女性ふたりと過ごしていたことを俺は自白してしまった。
「わたしと話すようになって女性に慣れてきたのかな?」
「もともと苦手だったわけじゃないの! どこぞの三流小説の主人公みたいに言わないでくれ」
「で、どんな内容で朝まで盛り上がったんだい?」
「それがさ、俺の実話を元にしたんだけど……」
咲苗との出会いを元にした、初の恋愛小説について俺はアイさんに語った。
「なるほど。会社の新人と学生時代の同級生との三角関係か。ありきたりながらも話の展開は面白い。書き手が優秀なら人気が出そうだね」
『書き手が優秀なら』の部分が引っかかるが、アイさんからの誉め言葉に俺はますます書きたい衝動に見舞われた。
「だけど、そのモデルとなる人を前に、よくそんな物語を考えたものだな」
「それがさぁ……、内容というかキャラの特徴や行動は彼女らが考えたんだよ」
「それはつまり、ふたりのヒロインが主人公とどんなことをしていくかとか、相手をどう落としていくかとかって感じかい?」
「おっしゃる通り」
自分がどうやって主人公と親密になるかという内容は、まるで俺との進展を望むように感じたのだが、さすがにそれは妄想が過ぎると思いなおした。
「ふ~ん。そんな話なのだね。ところで……」
ひと通り概要を話したところで、アイさんは少しだけ口ごもった。
「なに? なにか気になる点があるなら遠慮なく言ってよ。
「わたしをモデルにしたキャラクターは登場しないのかい?」
「え? 出たいの?」
「出たくないこともない」
これは思ってもない申し出だ。アイさんにもこんな一面があったのかと、彼女の発言を微笑ましく思う。
「ふたりにはアイさんのこと話してないから、さすがにその場でライバルを出すなんてことは言えなかったよ」
俺は苦笑いをしながらそう返した。
「まぁわたしを登場させるというのはともかく、ライバルを出す展開は良いと思うよ」
「たしかに。物語ならよくある展開だよね。そして盛り上がる。修羅場としてだけど」
でも、現実ではあって欲しくない出来事だ。
このときは考えもしなかったのだが、後日それが現実となって俺を困らせることになる。
「執筆がんばれ!」
「うん、ありがとう。じゃぁまたね」
こうして通話を終え、名残惜しさを感じつつスマホをテーブルに置いたとき、停止していた脳の一部が活動を再開した。
「あっ! アイさんを誘うの忘れた!」
そろそろ本腰入れてアイさんとの距離を縮めたいと思うのだが、どうにも間が悪いく空振りしてしまう。今回はふたりの女性と朝帰りということがあったため、誘う雰囲気としてはよろしくなかった。
日を改めようと頭を切り替え、この日は出掛けずに今朝がたまで真紀と咲苗と三人で話していた新作のアイディアを書き出して、プロットとして組み上げていた。
昨日は明け方までファミレスで過ごし、帰宅したのは早朝六時前。目覚まし時計により五時間ほどで無理矢理起きた。
真紀は地元だが咲苗は電車で帰っていったので、きっとまだ寝ていることだろう。
昼をまわってから起きるのは勿体ないと強引に布団から出た俺は、ダルさと眠さをシャワーで流してパソコンに向かっていた。
食パンに目玉焼きとシリアルという軽い食事をしながらキーボードを叩いていると、ドアの呼び鈴が鳴る。
「ツバメ運輸でーす」
「なんだ?」
通販などで買い物した記憶はない。その疑問を解消するために小包の送り主を確認してみた。
「アイさんから?! なんで俺の住所が?!」
そういった驚きもあったが、先日寝ぼけながらメッセージアプリのギフト受け取りの承認をしたことを思い出した。
アイさんの住所がわかるという下心に等しいことを考えた自分が恥ずかしい。
さっそく開けてみると出張先の名産品のようだった。
「へぇぇぇ。こんなのも送れるのかぁ」
緑茶を入れ、個装されたお菓子をひとつ食べたところで携帯の着信音が流れた。
「アイさんだったりして」
俺のこの予測はピタリと当たる。
「はい、晴翔です」
「やぁ晴翔くん、日々精進しているかい?」
いつもタイミングを計ったようにメッセージや電話をしてくるアイさんに感心しつつ、上からとも言えなくない相変わらずな彼女の挨拶なのだが、俺の心はリズミカルに躍り出す。
「ちょっと寝不足気味だけど元気だよ」
「昨夜は素敵な女性と夜更かしをして朝帰りと言ったところかな?」
「なんでっ、それを知ってるの?!」
「図星だったか」
口を滑らせたと俺は後悔した。
「それはさておき、わたしからの贈り物が届いたかい?」
「ちょうど今、受け取ったところだよ。わざわざありがとう。今度俺が贈らせてもらうよ」
「気を使わなくてもいいよ。とは言っても貰ったら返さなきゃと思う気持ちはよくわかる。好意がある人ならなおさらだね」
いつも言わんとすることや思いを見越して返すアイさんの頭の回転やら知識やらに『才女か!』と突っ込みたくなる俺を、彼女はさらに驚かした。
「それで、朝まで盛り上がったのは小説の話なんだろ? どんなことを話したんだい?」
「なんでそんなことまで?!」
「日をまたいで話し込んだんだ。そうとう興味のある内容だったんだろうと予想した結果さ。わたしともそうだったじゃないか」
「アイさんは探偵かよ!」
たしかにアイさんとも小説の話題で二時間近く話したことがあった。
「ふたりとも小説に詳しくてさ。書き手からと読み手からの意見をたくさん聞けたし、くすぶっていた創作論を吐き出して俺もスッキリした」
「ほう、それは驚きだね」
「驚きって、俺が創作論を話したことが?」
「いや、ふたりの女性と朝まで過ごしたことがだよ」
「あっ」
隠していたわけではない。だけど、朝帰りしたうえに女性ふたりと過ごしていたことを俺は自白してしまった。
「わたしと話すようになって女性に慣れてきたのかな?」
「もともと苦手だったわけじゃないの! どこぞの三流小説の主人公みたいに言わないでくれ」
「で、どんな内容で朝まで盛り上がったんだい?」
「それがさ、俺の実話を元にしたんだけど……」
咲苗との出会いを元にした、初の恋愛小説について俺はアイさんに語った。
「なるほど。会社の新人と学生時代の同級生との三角関係か。ありきたりながらも話の展開は面白い。書き手が優秀なら人気が出そうだね」
『書き手が優秀なら』の部分が引っかかるが、アイさんからの誉め言葉に俺はますます書きたい衝動に見舞われた。
「だけど、そのモデルとなる人を前に、よくそんな物語を考えたものだな」
「それがさぁ……、内容というかキャラの特徴や行動は彼女らが考えたんだよ」
「それはつまり、ふたりのヒロインが主人公とどんなことをしていくかとか、相手をどう落としていくかとかって感じかい?」
「おっしゃる通り」
自分がどうやって主人公と親密になるかという内容は、まるで俺との進展を望むように感じたのだが、さすがにそれは妄想が過ぎると思いなおした。
「ふ~ん。そんな話なのだね。ところで……」
ひと通り概要を話したところで、アイさんは少しだけ口ごもった。
「なに? なにか気になる点があるなら遠慮なく言ってよ。
「わたしをモデルにしたキャラクターは登場しないのかい?」
「え? 出たいの?」
「出たくないこともない」
これは思ってもない申し出だ。アイさんにもこんな一面があったのかと、彼女の発言を微笑ましく思う。
「ふたりにはアイさんのこと話してないから、さすがにその場でライバルを出すなんてことは言えなかったよ」
俺は苦笑いをしながらそう返した。
「まぁわたしを登場させるというのはともかく、ライバルを出す展開は良いと思うよ」
「たしかに。物語ならよくある展開だよね。そして盛り上がる。修羅場としてだけど」
でも、現実ではあって欲しくない出来事だ。
このときは考えもしなかったのだが、後日それが現実となって俺を困らせることになる。
「執筆がんばれ!」
「うん、ありがとう。じゃぁまたね」
こうして通話を終え、名残惜しさを感じつつスマホをテーブルに置いたとき、停止していた脳の一部が活動を再開した。
「あっ! アイさんを誘うの忘れた!」
そろそろ本腰入れてアイさんとの距離を縮めたいと思うのだが、どうにも間が悪いく空振りしてしまう。今回はふたりの女性と朝帰りということがあったため、誘う雰囲気としてはよろしくなかった。
日を改めようと頭を切り替え、この日は出掛けずに今朝がたまで真紀と咲苗と三人で話していた新作のアイディアを書き出して、プロットとして組み上げていた。