文字数 2,290文字

 サンタクロースは本当にいる。
 俺の幼馴染みは、高校生のいまでもそれを本気で信じている。
 海上保安官のおじさんが、毎年彼女の枕元へプレゼントを用意していたからだ。
 それが理由でいまでも幼馴染みはサンタがいると信じ続けている。一般的な常識のサンタ=家族という図式は、幼馴染みの中にはない。
 でも、今年はとうとう幼馴染みの中のサンタ像も壊れるかもしれない。
 おじさんが海の事故に巻き込まれ、先日その捜索もとうとう打ち切られたからだ。
 幼馴染みのサンタ像が壊われて、また泣かせるにはいかない。
 俺が必ずサンタをやりきってみせる。


「くっそ~恵子のやろう、力一杯殴りやがって」
 昨日殴られた頬が冷たい夜風に晒されて、ズキズキと痛みがぶり返している。
 あいつまたパンチ力が上がってやがる。建築家より絶対プロボクサー向きだろ。
 俺はぶつぶつと文句を並べながら、バックパックからスマホを取り出し、LINEを起動する。
「まだ未読か」
 恵子に送ったLINEの返信はまだない。
 10分前に送ったから、そろそろかと思ったが、女子同士の話で盛り上がってるのだろうか。
 ピューっとまた冷たい風が俺を通り過ぎる。
 頬に染みる夜風が体全体に染みてきて、否応なしに俺から体温を奪っていく。
「テントでも持ってくればよかったな」
 水筒から茶を出し、ごくごくと一気に飲み込む。
 喉を火傷することなど気にしない。
 寒さ対策が優先だ。
 喉を通る熱が全身へ巡り、体温を気持ち高めてくれる。
 ふと、ふわっと目の前をなにかが舞った。
 虫かと思うも、この季節のこんな時間に虫なんかいやしない。
 ふわふわと舞う何かは次第に数を増やし始めた。
 空を見上げると、ふわふわと白い粒が降って来る。
「マジかよ~」
 バックパックから急いでカイロを取り出し、ポンッと袋を破く。
 備えあればなんとかなしってやつだな。
「ホワイトクリスマスか~」
 俺のお気に入り貼るカイロを腹にペタリとくっつけ、徐々に積もる雪に眉をひそめる。
「恵子~まだかよ~」
 俺の悲痛な叫びと、スマホが通知を鳴らしたのはほぼ同時だった。
 『凛寝た……』
 恵子からメッセージが入った。
 『了解!』
 とスタンプを返すと、またすぐ返信が来た。
 『あんた、諦めた方がいいわよ……』
 あん?なんのことだ?
 いまさらサンタを諦められるわけねぇだろ、何言ってんだ恵子のやつ。
 『俺は諦めねえぞ!』
 と返信し、準備していたロープを握る。
 下が駄目なら上からだ。
 そう、俺はいま凛のマンションの屋上にいるのだ。
 作戦はこうだ。
 まずフェンスにぐるぐるぐるぐるとロープを巻き付け、落ちないように固く結んでぎゅっと固定する。
 そのロープを命綱にして体に巻き付け、壁を颯爽とアクション映画のように降りるのさ。
 そして、凛の部屋の窓を恵子に開けてもらい、プレゼントを置く。
 完璧だ。
 完璧過ぎる。
 ふっふっふ。かっこいいぜ。
 俺はいまからト◯·クルーズになる。
 これぞ、ミッションインポッシブル。
「片結びでいいか」
 俺はいそいそとフェンスにロープを結びつける。
 反対のロープは俺の体に巻いて命綱にする。
「これも片結びでいいか」
 ロープは30mを買ってきた。余裕だろう。
 さあ、舞台は整った。
 待ってろよ、凛。
 バッと俺は屋上からロープを垂らす。
 シュルシュルと音を立て、ロープが落下していく。
 フェンスと俺の体に巻きついたロープは、丁度凛の部屋の辺りまで垂れている。
 完璧な長さだ。
 やっぱ俺って天才だな。
 恵子のやつはバカバカ言ってるが、こんな完璧な作戦を考えるやつがバカなはずがない。
「よっし、行くぜっ!」
 俺はフェンスに巻きつけているロープを力一杯引く。
 グッと抵抗され、その頑丈さがわかる。
 ト◯のようにカッコよく手を広げて飛び降りたいが、そこは堪えよう。
 失敗したら恵子に何を言われるかわからん。
 ここは、ゆっくり壁をつたって降りることにする。
 石橋を叩いてなんとやらだ。
 摺り足でゆっくり体を降ろしていく。雪のせいもあって、視界はあまり良くない。
 焦りは禁物だ。
 壁に足をつけ、まずは最上階の窓を横目に過ぎていく。次の階も過ぎた。そしてその次とどんどんと下っていく。
 一歩一歩後退するごとに、ロープを持つ手が悴むが、そこは根性で耐える。
 安◯先生も言っていた『諦めたら、そこで試合終了だよ』と。俺は諦めません!
 15階建てのマンション。凛の部屋は7階なので丁度半分あたりだ。
「あれ?いま何階だ?」
 数えていたのに、完全に記憶がとんでしまった。
 ヤバい。
 俺はロープを片手で握り、空いた手でバックアップからスマホを取り出そうとした。
 が、どうもおかしい。
 手がむなしくスカスカと空を切る。あるはずの物がない。
 俺は顔から血の気が引く気がした。
「バッグ屋上だ~」
 やばい。
 プレゼントもスマホもバックパックの中だ。
 一旦戻らないと、とそう思った瞬間だった。
 ガクン、と強い衝撃が来た。
 体がズリズリと少しずつ落ちている。
 ロープがほどけかけているのか。
 まずい!どこだ~!凛の部屋は~!?
「あんた!なにやってんの!?」
 恵子の声だ。
 下から聞こえる。
 おお!救いの女神よ!
 首を捻ると、丁度真下から恵子が窓から顔を出していた。
「助かったぜ、恵子!」
 と言った瞬間、フワッと俺の体が宙に浮いた。
 完全にほどけた。
「悟!」
 ロープを掴んでも無意味だった。
 抵抗がないロープは完全にフェンスからほどけていることを意味していた。
 落下の際に恵子の顔が横に見えた瞬間。
 やばい死ぬかも。

 俺は本気でそう思った。

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