文字数 3,866文字

 サンタクロースなんていない。
 本当は知っている。
 でも周囲にはサンタは実在すると話している。
 私のお父さんが、私のサンタだと言うことは恵子ちゃんと悟くんは知っている。
 だから、私がサンタはいないなんて言うと、お父さんがいないことを肯定してしまうことになる。
 それを拒絶する私はサンタは実在すると言う。
 お父さんが死んだ事実を信じたくないから。


 恵子ちゃんと悟くんが教室でボソボソと何か秘密の会合を開いている。
 手芸部の活動も終了し、教室に失念したノートを回収しに戻ると二人がいた。
 私と恵子ちゃんと悟くんは幼稚園からの幼馴染みだ。
 家も近所で、よく昔はそれぞれの家にお泊まりに行ったりもした。
 最近はお泊まりは無いけれど、それでも二人は私の大切なお友達だ。
 恵子ちゃんと悟くんは、二人のときが多い。
 私が二人といる時間より、二人は二人でいる時間が多い。
 仲間外れではないけれど、二人を見ていると私はたまにぽつんと一人で輪の外にいるような、疎外感を感じることがある。
 今がまさにそうだと思う。
 二人の中には、すっと入って行けない繋がりを私はひしひしと感じてしまう。
 私は私の気持ちを伝えられないまま、このまま終わるのかもしれない。
 ふう、と溜息を吐くと、中から激しい轟音が鼓膜を突き破り、私はたまらず教室の引き戸を開いた。
「な、なにごとなの!?」
 中ではボクシング部No.1でポニーテールをふわりとたなびかせた恵子ちゃんが右の拳をビシッと突き出していた。
 私はこれを知っている。
 恵子ちゃんの十八番、右ストレートだ。
 それはさておき、理由を聞かないと。
「ど、どうしたの恵子ちゃん!?何かあったの!?」
「バカを折檻したところよ」
 パンパンと手の汚れをはたきながら、恵子ちゃんは床を指した。
 恵子ちゃんが指した先には、机と椅子にもみくちゃにされた悟くんが倒れていた。
「さ、悟くん!どうしたの!?また恵子ちゃんを怒らせるおバカなことを言ったの!?」
 悟くんは時々すごいアイデアを出すけど、画竜点睛を欠くように肝心なところが抜けていることがある。
 だから恵子ちゃんにはいつも『バカ』と言われている。
 ちょっとしょうがないのかなと思うところはある。
「ねぇ、凛。明日はクリスマスイブでしょ。うちでパーティやるから泊まりに来ない?」
「恵子ちゃんの家で?」
 突然のお誘いに、私は天にも昇る気持ちだった。
 けれどお母さんを一人にはできない。
「ごめん……明日はサンタさんが来るから。家にいないと……」
 こう言えばいいかな。
 私がサンタの存在を信じていると、二人は多分思っているし。
「あ、あのね、凛、サンタは……」
 恵子ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 わかってるよ、恵子ちゃん。
 サンタはいないんだよね。
 でも私はそれを肯定できないの。
 だから、いまはこう言わせていて。
「そうだな!サンタが来るからな!」ゴミのように積み上がった机と椅子の中から、ガラガラと音を立て悟くんが勢いよく起き上がった。「きっと、明日も来るぞ!凛!」
 悟くんはおバカだけど、思いやりがあってとても優しい。
「そうだよね!悟くん」
「おう!」
 ありがとう悟くん。
 いまはその優しさがなにより嬉しい。
「悟、ちょっと」
 恵子ちゃんが悟くんを引っ張っていく。
 二人でボソボソと何か話をしている。
 まただ、また輪の外にいる。
 感じる疎外感と嫉妬の念。
 いや……あまり近づかないで……。
 話が済んだようで、恵子ちゃんがこちらに踵を返す。
「ねぇ凛?じゃあ、あたしが明日凛のとこに泊まっていい?」
 とても嬉しい申し出。でも私は困惑する。
「うちに?それは構わないけど、パーティはいいの?」
「いいの、いいの!あたしがいなくても勝手にやるし。それに凛と過ごす方が楽しいし」
「け、恵子ちゃん……私、嬉しい。ありがとう」
 久しぶりに恵子ちゃんが家に来る。
 すっごく嬉しい。
 どうしよう。私、ウキウキしてる。
 舞い上がってる。
 お父さんの件で、今はお母さんも元気がなくなってる。
 でも恵子ちゃんが来てくれたら、お母さんも少しは元気を出してくれるかもしれない。

 そうと決まれば急いで明日の準備をしなくっちゃ。

 恵子ちゃんが来てくれたことで、案の定お母さんは元気がとっても出た。
 お母さんは昔から元気な恵子ちゃんと悟くんが大好きだったから。
 三人だけでもパーティーは盛り上がり、私達は日が替わる前には床に就くことにした。
 心が昂ってる私は、まだしばらく眠れそうもないけれど。
「ねぇ、凛」
「なに?恵子ちゃん」
「あんたさ、悟のことどう思ってんの?」
 恵子ちゃんの顔が紅潮している。
 どうしたんだろう?急にこんな質問をして。
「どうって、お友達だよ」
「その~、す、好きとか、嫌いとか、は?」
「好きだよ!」
「そ、そう……わかった……あ、あたしもう寝るわ」
 そう言うと、恵子ちゃんは頭からすっぽりと布団を被ってしまった。
 あ、好きって、ひょっとしたら。
 私は恵子ちゃんの言わんとしたことがピーンと来た。
「その好きって、付き合いとかの、そういう好きのこと?」
「……う、うん」
 布団の中から、くぐもった声の恵子ちゃんが返事をする。
「それだったら、違うよ!」
「え?」
 恵子ちゃんは布団を剥いで顔を覗かせた。
「だって私、他に好きな人がいるから……」
 もうドキドキするよ~。
 好きな人の前で言うなんて、恵子ちゃん気づいてないのかな?
 顔に出たりしてないかな。
「そ、そうなの?」
「うん。悟くんのことはお友達として好きだけど、お付き合いとかそういうのは違うよ」
「そうなんだぁ、よかった~」
 恵子ちゃんはほっと肩を撫で下ろしている。
「なにがよかったの?」
「い、いやこっちのこと!じ、じゃあ寝よっか」
「そうだね」
 私達は布団に潜ることにする。
 私はベッドで、恵子ちゃんは床だ。
 恵子ちゃんにベッドを譲ったけれど、彼女は遠慮した。
 瞼を閉じて5分程経った頃、恵子ちゃんの方からガサゴソと何かを漁っているような音がする。
 なんだろうと思い、私は薄目で確認する。
 恵子ちゃんはスマホを見ていた。
 LINEかな?
 何度か通知音がしたので、誰かとやり取りをしているようだ。
 しばらく声を殺し観察を続けた。
 すると今度は布団からバッと勢いよく飛び出し、ガラッと窓を開けた。
「あんた!なにやってんの!?」
「助かったぜ、恵子!」
 私はベッドに潜ったまま様子を窺っていた。
 外からは悟くんの声もしている。
 どういうことだろう。
 二人の声があまりに切羽詰まってる。
 私も只事ではないと、体を起こした。
「悟!」
 焦燥に駈られた声を出す恵子ちゃんの前を何かが落下したように目に映った。
 いまのは一体なに?
 シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン。
 綺麗な楽器音がする。
 これは鐘の音かな。
「嘘!?」
「マジ!?」
 悟くんと恵子ちゃんの声がとても上ずっている。
 吃驚仰天という言葉がピタリだと思う。
 何事かと思い、私も窓の外を覗こうと顔を出そうとした。
 リーンリーンリーンリーン。
 深夜に差し掛かる時間だというのに、家の電話がけたたましく音を鳴らした。
 電話に出ようとして部屋の外に出ると、お母さんが素早く取ってくれた。
 踵を返し部屋を覗くと、いつの間にか悟くんが部屋の中にへたり込んでいた。
 恵子ちゃんと悟くんは目が点となっている。
 かなり呆然として、視点が定まっていないように見える。
「り、凛!」
 お母さんが形相を変えて部屋に入って来た。
「どうしたの?」
「お、お父さんが……」
「お父さんがどうしたの?」
 お母さんはカタカタと震えて、目には大量の涙を溜めている。
「おじさんは生きてるよ、凛」
 悟くんがボソッと呟いた。
「その電話なんでしょ?おばさん」
 恵子ちゃんも事態を把握したような口ぶりで、お母さんに尋ねた。
 どういうこと?
 私は脳内で疑問符がぐるぐるとメリーゴーランドのように回転している。
 お母さんは二人の言葉を肯定するように、首を縦に何回も振り、咽び泣きながら座り込んだ。
「お、お母さん!」 
「生きてるの、お父さん生きてるって。電話に出てごらんなさい」
 お母さんは私にそっとコードレスフォンを渡す。
「も、もしもし?」
 私はおそるおそる電話を耳にあてる。
「凛か?」
 幼い頃から聞くとても心を穏やかにしてくれる声が耳に入る。
「お、お父さん?」
 私は声の主を確かめるように呼ぶ。
「ああ、お父さんだよ。連絡をするのが遅くなってすまないな。事故の後に中国の漁船に助けられてな。さっき、ようやく日本大使館まで来れたよ」
「帰って来れるの?」
 私の視界がぐにゃりと歪む。
「ああ、帰れるよ。待ってておくれ。お母さんに代わってくれるかい?」
「うん!」
 私は床で嗚咽を漏らすお母さんに電話を渡す。
 涙を拭い、私は嬉しさのあまり二人にそれを報告する。
「恵子ちゃん、悟くん!お父さん生きてた!」
「よかったなぁ~。その電話が凛へのクリスマスプレゼントだとよ」
「いまでも信じらんないけどね……」
「そんなこと言っても、実際そう言ったじゃねえか!」
「言ったけど!にわかに信じられるわけないでしょ!」
「俺は実際にソリに乗ったんだぞ!」
「あたしもトナカイが浮いてるの見たけどさ!」
 二人はなにを言っているんだろう。
 私は首を傾げてしまう。
「「凛!」」
「な、なに!?」
「「サンタはいる!」」
 もう二人して、声を揃えて大声で何を言ってるの。

 サンタクロースなんているわけないでしょ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み