第1話

文字数 1,131文字

 私は産業医の仕事もしている。先日、産業医の研修会に参加した。テーマは「職場における心の健康づくり」であった。感想を述べる。
 ハラスメント予防のスライドで、1.「背中を見て覚えろ」というような、修業的な教育のやり方、これはパワハラに該当してしまいます。2. 職場の女性に、「今日は肌艶(はだつや)がいいね」「あなた格好いいね」「あなたかわいいね」これ全てセクハラです。悪意がなく、潤滑油のつもりでかけた言葉が今はセクハラになってしまいます。とあった。確かにそうだと思うし、自分もそれ以上に気を使っている。古き良き昭和の時代は終わったのだ。
 自殺防止対策の話題では、相手の不調に気が付いた段階で、「大丈夫ですか、あなたのことが気になって声をかけました」と伝えることが必要である。挨拶、世間話などで「あなたは一人ではないよ」というメッセージを確実に伝えることが重要だそうだ。あなたに寄り添う姿勢が大切なのだ。これももっともだと思う。しかし、ある疑問が残った。
 翌日の朝礼でこの疑問について職員に尋ねてみた。それは自殺を予防するための言葉かけ、「大丈夫ですか?あなたのことが気になって声をかけました。」はセクハラにならないか?ということだった。若い女性職員たちは、(とら)え方によっては、「ず~っと私のことをマークして観察していたんだ」と思えばセクハラになるかも知れない、との答えだった。声をかけられた本人が、セクハラだと感じたらセクハラが成立する、100対0の世界なのだ。
 成る程…。同じ言葉でセクハラになったり、自殺予防になったりする、この違いは何だろう。その日一日、考えていた。
 そして至った結論は、要はそこに「エロ(じじい)」のいやらしい雰囲気があるかどうかだ、だった。皆さん、この結論はどうでしょうか?
 コロナ禍でなくなってよかったと思うものに会社の忘年会、新年会、職場の飲み会を上げる若者が7~8割に達すると聞く。かといって彼らの意思伝達の手段はもっぱらスマホの画面からが多いような気もする。コミュニケーションの機会は減り、かと言ってその内容はますます煮詰まり、まさに真のコミュニケーション能力が問われる時代なのだとしみじみ思う。

 さて写真は2014年12月、東京湯島にある老舗バー〇〇で飲んだドライ・マティーニである。

 マスターはミキシンググラスに氷、ジン、ドライ・ベルモットを目分量で入れ攪拌してグラスに注ぐ。表面張力になったグラスの液面に最後の一滴が落ちる。機械より正確な手先の動きに声もなく見惚(みとれ)れる。マスターが私の鼻先でライム片を絞る。匂いを楽しんでグラスを口に運ぶ。マスターとの言葉が要らない、極上のコミュニケーションが成り立つ瞬間である。
 んだんだ!
(2021年12月)
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