四、シラン

文字数 3,821文字

「貴方、『混ざり者』?」
 女はレンを見据え、低く尋ねる。首を縦に振ろうとして、レンは顎が切られそうだと直感した。やむなく口頭で、自分がライニア人の母と果昇(かしょう)人の父を持つと明かした。この国よりずっと東にある父の故国を、レンはまだ一度も訪れていない。それでも独特な文化を持つ遠方の島国に、憧れは抱いていた。
 二つの異なる地域に由来を持っていても、別に自分が特殊だとは思ってこなかった。同級生にも同じような人は割といる。それほど身近だからだろうか、女の蔑むような呼び方はどこかレンは気に入らなかった。
「同類ね。私も貴方と同じ出自よ。実の父とは、ほとんど接点がなかったけれども」
 レンは目を丸くして、女の顔を眺めた。レンより濃い肌の色は、東方の血を感じさせる。シランと名乗った女は、自らを「ライニアでも果昇でもない、曖昧な存在」と称した。どちらの国からも疎まれる、と吐き捨てる彼女をレンは睨み返す。
「そんなこと言うな! わたしは、ライニアでも果昇でもあるんだ! 曖昧なんかじゃない!」
 そう叫んではみたが、証拠を挙げてみろと言われたら難しいだろう。何も続けないこちらを前に柄を握る手を緩めず、シランは溜息をついた。批判と呆れが混じった表情で、今回の騒ぎに介入するつもりか問うてくる。「虹筆」を探すことを伝えると、すかさず厳しい声がレンの耳を穿った。
「貴方には無理よ」
 たった一言が、レンの心を燃やしていく。反発してやりたい一方、自分の無計画さもレンは思っていた。急にアーウィンのもとへ加わり、リリを困らせてしまった。戦闘でも全く貢献できていない。身の浅はかさを思っているうちに、シランの言葉がさらに追い打ちを掛けてくる。
「貴方、魔術が使えないのでしょう?」
 突き放すような口ぶりへの苛立ちを抑え、レンは銃弾を錬成してみせる。シランは眉一つ動かさず、その過程を見て口を開いた。
「その魔術、恐らく特別な時にしか使えないでしょうね」
 今起きている消却事件が「特別」なのか、レンは考え込む。学校で教わっても出来なかった魔術が、急に使えるようになったのはなぜだろう。昨日爆弾のそばにいながら消却されなかったことと関係はあるだろうか。
 それはともかく、自分は魔術が使えてまだ日が浅い。長く習熟してきた同級生より遅れている。レンも分かっているその事実を、シランは並び立てては厳しく言い付けた。レンの魔術が未熟だとも彼女は吐き捨てる。
「貴方は幼いんだから、使い慣れていない物で戦う事はやめなさい」
 そう言われると、レンは刀を突き付けられているのも忘れて反撃してやりたくなった。子ども扱いされている気がして、怒りが収まらない。そもそもこちらは、「白紙郷」の団員と交戦するつもりなどないのに。
 年齢を聞かれて正直に答えたが、確かに「子ども」だと断定されてしまった。下に見られている悔しさが、レンの中に湧き上がる。
「こんな子供を戦わせる事態にさせたのが異常よ。軍と……元大魔法使い・インディね」
 憧れる人物の名が出てきたかと思えば、彼をこてんぱんにこき下ろされた。かつて政府から認められた大魔法使いは、十八年前に首都で大乱を引き起こした。その理由が軍への反発だと、レンは記憶している。インディは軍の即時解散と政治腐敗を訴え、他の大魔法使いや賛同者を率いて蜂起した。四日にわたって首都は占拠されたが、最後は大魔法使いの一人がインディを裏切って終わった。
 今もインディは、逃亡を続けている。大乱の後、彼に感化されて全国で似たような暴動が起きた。また安全のため、一定の年齢に達した国民へ武器の所持が義務付けられた。「大魔法(だいまほう)(らん)」と呼ばれるあの騒動が起きた結果、人々は自己防衛をしなくてはならなくなった。そうして個人同士が争い、やがて国が自滅する。このような事態になるのを許容するのかとシランは問う。
 レンの答えを待たないうちに、相手の刃が動いた。薄く打たれたそれは首横に触れ、今にもレンの頭を胴から切り離そうとしている。
「おい、やめろ! いい加減、武器を下ろせ!」
 レンは目だけを動かしてアーウィンを見た。つかつかとシランに歩いていく彼は、険しい顔で相手を責める。しかしシランは刀をレンに向けたまま、平然としていた。
「貴方は確か、周りの意見も聞かないで勝手に動く人だったわね。仲間にも配慮なんてしないのでしょう。人を信頼させて裏切るなど、まさに愚かな『人間らしい』わ」
「アーウィンさんに、ひどいこと言うな!」
 レンの叫びに振り返るシランは、アーウィンを指差して言う。
「苦い目に遭いたくなければ、彼から離れなさい。それが身の為よ」
「はぁ!? まだ会ったばかりなのに、そんなこと出来ない!」
 レンがすかさず断ると、シランはリリにも同じ話をした。リリは言葉にならない声を呟いて首を振る。
「人を信用しても、裏切られるだけよ。その信頼が、命取りになるわ。せいぜいもがき苦しみなさい」
 この物騒な女は、人の不幸を望んでいるようだ。それに疑いを持ったレンは、不意に推測を口に出す。
「あんた、この国が消却で消えても良いなんて思っているんじゃない?」
「ええ、その通りよ」
 果たして、シランは肯定してきた。何て無責任な人だと思った直後、拳銃を持つレンの腕は上がっていた。そのまま正面のシランに銃口を向ける。だがすぐに、武器はレンの手から消え去る。シランが銃を奪い、自分の背後へ投げようとしていた。
「やれるのであれば、魔術で攻撃してみなさい?」
 それに乗って、レンも何か攻撃にまつわる魔術を使ってみようとする。しかし授業で方法を覚えたはずにもかかわらず、どうするべきか分からなかった。頭が真っ白になり、指一本動かない。その隙にシランが拳銃を捨て、刀を構えた。片手で優雅に刃を振り上げるのが見えながら、レンは避ける動きも出来なかった。間一髪、攻撃はシランの足元に飛んできた矢に阻止される。
「レンちゃんを……私の友だちを、殺さないで!」
 リリを一瞥したシランが、ゆっくりと首を振った。なぜレンについて行くのか疑問を述べる女に、リリは「友だちが心配だから」と当たり前のように返す。レンが応えたいと思った友情を、シランはばっさり否定する。
「元は他人だったのに、いつから仲が良くなった。いつから気を許すようになった。今は仲が良くても、いつ裏切るか分からないでしょう。貴方は友と思っていても、果たして相手は同様に考えているかしら?」
 初めはぼうっと聞いていたリリも、次第に目を潤ませていった。彼女を悲しめたシランが許せず、レンは声を張り上げる。
「リリは大事な友達だよ!」
「それなら、わざわざ危険な旅に同行させない方が良かったのではなくて?」
 今の状況を恐れていた、昨夜のリリが想起させられる。「虹筆」探しへ巻き込む形にはなったが、一人にさせるのは忍びない。これで良かったと、レンは自分に何度も言い聞かせる。
「嗚呼、村を出たのは賢明だったかもしれないわね。今朝、あそこは消されたそうよ。まぁこの道すがらで、貴方がたもいずれ消されるでしょうけれども」
 リリが顔色を蒼白にして、弓を落とした。彼女へシランが刃を突き付けようとした時、アーウィンが横笛に息を吹き込んだ。三拍子の速い旋律と共に、周囲の葉が空中へ巻き上げられる。先端の鋭いそれらは、一気にシランへ飛び掛かってくる。刀を振り回して彼女が葉を切り落としている間に、レンは拳銃を拾った。迷わずシランの背後へ発砲する。しかし彼女が即座にこちらを向き、刀を振るった。続けて撃ってもシランは負傷したようには見えず、かといって銃弾を避けてもいない。シランの刃から、光るものが二つに分かれて飛んでいる。三発目に発射した弾の動きを見て、レンはようやく把握した。シランは銃弾の速さをものともせず、刀で叩き斬っていたのだ。
「アーウィンだったかしら。いつまでも仲間の振りをし続ける事は出来ないわよ」
 シランが後ろのアーウィンへ話している間に、レンは銃弾を装填しようとした。だが弾を入れる前に、拳銃を取り落とす。それを拾うことさえ、出来なかった。右の手首から先がほぼ直角に折れ、気が遠くなりそうなほどの痛みが襲う。元々一つであった場所からは、止めどなく血が噴き出していた。間近で見てこなかった量の出血から目を逸らし、鼓動の騒ぎをレンは感じ取る。自分が今、何をすべきか分からない。辛うじて皮一枚で腕と手は繋がっていたが、少し触れただけで離れてしまいそうだった。
 シランがレンを見もせずに、弓を構えかけたリリの左頬を斬る。軽く刃先が掠っただけのようだったが、リリはそれ以上攻撃しようとしなかった。
「哀れに思って殺してあげようとしたけれども、やはり貴方達は野垂れ死にするのがお似合いね」
 シランの後ろ姿は、獣道の奥に消えていく。追うどころか立ってもいられず、レンは地面に崩れ折れた。それをアーウィンが駆け寄って支え、リリに切断面を繋げて押さえるよう頼む。
「俺の魔法なら元通りに治せる。だから二人とも、心配しないでくれ」
 リリが顔を真っ赤に泣き腫らすも、アーウィンに従った。夢を見ているような甘い旋律が、ぼんやりとしてきたレンの意識に入り込んだ。右手が使えなくなるのではという恐怖も、痛みでさえ曲を聴いているうちに薄れていく。シランに斬られた辺りを光が覆っていると見えたのが、最後の光景だった。
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